小鳥遊リョウ 二十三歳④
ティロリティロリ。
無意識に俺は待っている。真夜中の着信、やはり悠だ。
「……もしもし?」
俺は上半身裸のまま、ベランダに出る。ベッドのシーツでは、眞弓が下着姿で寝ていた。
「リョウくん、わたし。今平気?」
「平気だけど。なんかあった?」
他の女を抱きながら、悠からの着信を待っていた、なんて言えなかった。
「リョウくん、わたし……ショウに出会えて良かった。でも出会わなかったら良かった。そればっかり考えちゃうの」
「うん、そう」
先日泣き声で、電話してきてから、こうしてたまに深夜に着信がある。
「ねえ、夏祭り、楽しかったね。四人で行ったやつ」
「ん?そんなことあったっけ」
俺は嘘をついた。あの日の悠の着物の儚さまで全て覚えている。
あの日も俺は、悠への捨てられない気持ちと、年相応の性欲を抑えきれず涼子にぶつけたことを思い出した。
「あったよ、浴衣着てさ……あの日が、初めてだったんだ」
「なにが?」
「ショウとエッチしたの。浴衣着直すの大変だったんだから」
そんなこと聞きたくなかった。あの日の悠の泣き顔が、笑顔が記憶の中で変な揺れ方をした。
「わたしもう、誰にも抱かれずに死ぬのかな」
「兄貴がいるだろ」
「もう身体は女じゃなくなったのに?」
「悠はずっと、女だよ」
「リョウくんには、わかんないよ」
沈黙が落ちる。
「……ごめん、八つ当たり」
「いいよ。好きなだけ当たれよ」
「リョウくんはずっと、優しいね」
「だろ?」
「ありがとう、リョウくん」
またかけるね、と言って通話は切れた。
それでも暫く、動けずにいた。
「リョウくん、寒くない?」
ガラリと戸を開けて、下着姿の眞弓がベランダに出てきた。
「ひゃ、冷た〜い」
そのまま無邪気に俺に抱きつく。触れ合った箇所から眞弓の体温が俺に流れ込む。
「ねぇ、キスして」
せがまれるままに、眞弓にキスをする。
脳裏には、あの日の浴衣姿の悠がチラつく。生々しく、その浴衣を剥がしてゆく兄の姿と共に。
翌朝。眞弓はいつも通り出勤支度をしつつ、朝食の準備をしてくれた。
眞弓の淹れた珈琲に口をつけていると、とん、と携帯を指さされた。
「悠さんって、だぁれ?昨日夜中に電話してた」
「同級生で、兄貴の嫁さん」
「ふーん。それだけ?」
訝しげな表情。
「がんが全身に転移してて、治療中」
俺が何気なく言うと、眞弓は固まった。
「……ごめん、わたしったら、てっきり浮気かと……」
あながち間違ってない。俺の心にはいつも悠が居るからだ。
「たまに夜中に泣きながら電話してくるんだ」
「そうだったの」
眞弓の動揺が俺に余裕をくれた。
「眞弓が嫌ならもう出ないよ」
「嫌じゃないわ。支えてあげて」
「ありがとう」
それからも数回、眞弓といる時に悠から着信があった。
この年でがんに罹る残酷さを眞弓はよく知っているのか、行為の最中でも電話に出るように勧めてくるので、助かった。
面会はショウと一緒に行くので、悠は弱音を吐けない。
泣けるのは、俺との電話の時だけだと、ハッキリ悠は言うようになった。
歪んだ形をしてる俺の愛が、もうすぐ悠の中にも嵌りそうだなと、期待していたのかもしれない。
治療の甲斐なく、悠は死んだ。
最期は看取れなかった。
兄貴はそばに居たらしいから、きっと笑って逝けただろう。
空虚な涙の味が、俺の舌を刺した。




