小鳥遊リョウ 二十三歳②
「僕は、悠、きみを愛してる。だから離さない」
そう言って兄貴が悠を抱きしめるのを、特等席で俺は見ていた。
これは、罰なのか。
あの日確かに触れた唇の感触が甦る。
「ショウ、愛してる」
そして、悠は俺の存在を忘れて、ショウにキスをする。
あの日の俺のキスとは違う、激しいキス。
「悠ちゃん、よく話し合おう」
「……うん、ごめんなさい」
俺は何も言えなかった。昔からそうだったように。
こうして小鳥遊家は、一家初めてのがん患者の療養に、巻き込まれていった。
「ごめんね、せっかくの休みにお見舞いに来させて」
悠は入院していた。
がんは既に全身の至る所に転移していて、今は出来る限りの治療でその進行を遅らせているらしい。
「純ちゃんは?来てくれると思ったのに」
「別れたから」
「嘘でしょ、いつの間に」
悠は驚いた。俺だって驚いたんだから、当然か。
純と別れて少しして、俺は反省していた。悠の結婚式を境にして、俺は純の中に悠を探していたことを。
それを悟らないほど、純は馬鹿じゃなかったし、盲目にはなれなかったんだろう。
「純ちゃんになにしたの〜この色男め」
すっかり俺が悪役になっている。
「俺なんてつまらない男ですから」
「そっか〜純ちゃん……元気かなぁ」
「会いたかったら呼ぼうか?」
俺はついそう言っていた。俺は気まずいが、それはそれ、だ。
悠の願いはたとえ小さくても叶えておきたい。そう思っていた。
俺たち二十三歳の身体に、がんの進行は早い。医者からもいつ何があってもおかしくないと、常々言われているらしい。
「うん、リョウくんの悪口でも聞いてあげよっかな」
「じゃあ、俺のいない時に来るように言っとく」
「ちゃんと別れた原因、聞き出しといてあげるから。そーゆーの解らないで別れるの、辛いよね」
「そーゆー気遣いなら、余計なお世話」
「もう、なによ余計なお世話って」
ポカリと腕を殴られる。昔の悠のようだ。
でも顔を見ると蒼白いし、髪が抜けてるのでウィッグと帽子は必須だった。抗がん剤治療の副作用は、凄まじいらしい。
「ショウ……」
悠の呟きで病室の入り口を見ると、ショウが立っていた。
普通のショウじゃない。頭を丸刈りにしたショウだ。
「兄貴、頭どうした?」
「悠とお揃いにした。どう?」
悠はその言葉を聞く前から、察してポロポロ泣いていた。
その涙の一粒が、乾いた悠の唇に吸い込まれてゆくのを見ながら、俺は思った。
罰なら受けるから、長引かせないでくれよ、と。
「すっごくカッコいいよ、ショウ」
そして悠はショウに抱きついて泣く。
「似合ってるぜ、兄貴」
"悠が会いたがってる
もし良かったら、ここに連絡入れてあげてくれ
悠は余命宣告を受けてる
会うなら早いほうがいい"
迷いに迷って純に、ラインを送る。
余命宣告だなんて、余りにもドラマチック過ぎただろうか。
でも俺から連絡するくらいだ、切羽詰まってるのは伝わる筈だ。
ティロリティロリ。着信音だ。タイミング的に純かなと思ったらやはりそうだった。
「もしもし」
「リョウ?」
「純、元気か?」
陳腐な一言が飛び出した。俺は赤くなって恥ずかしがった。
「……元気に、してるよ」
「ライン見た?」
「見たから電話してる。余命宣告ってなに?」
やっぱりそう来るか、と俺は思った。
「がんだって。身体中に転移してる」
ハッと息を呑む音がした。次に口を開いた時、純は泣き声になっていた。
「悠さん、死んじゃうの?」
「まさか。必死に治療してるんだ、死なないよ」
実際には棺桶に片足突っ込んでる、とは言えなかった。
「そう、そうだよね」
「一人で会いに行けそう?俺がついてっても良いけど」
「……一人で行けるよ」
「そう」
気まずい沈黙。俺は何か言わなければ、と焦った。
「悪かった」
「へ?」
「振られた意味、俺だって反省はする。悪かった」
「もう、大丈夫だから」
「ああ、そうだよな」
また落ちる沈黙。今度は互いが、切るタイミングを模索してるのがわかった。
「あのね、わたし、彼氏できたから。もう連絡してこないで。じゃあね」
純は早口で畳み掛けるように呟くと、ぷつりと電話を切った。
俺は呆気にとられた。そして思い出した。純は嘘が下手だった。嘘をつくとき、必ず早口になる。
だから俺は何も言わずに携帯を伏せた。




