祈りと誇り
「孫たちが世話になったね。
ありがとう。
私からも君に話さなければいけない事があるんだ。
私は君の事をずっと「ヒムロ君」と、出会った時から呼んでいたね。
何故だか分かるかい?」
「…僕とそのヒムロさんという方が似ている、からでしょうか」
「そうだね。
君たち2人は本当に良く似ている。
まるで本当の親子のようだ」
「…ちょっと待ってください。
話が良く…」
「では、何故この古書店で、私は君を雇ったか。
この店は長い間私1人で切り盛り出来た。
お客さんもそう多くはない。
手伝いなら孫たちもいる。
なのに私は君をアルバイトとして採用した。
その答えが分かるかい?」
確かに疑問には思っていた。
仕事は本棚の整理や掃除。
たまに休憩として店主の話に付き合うだけ。
それなのに、他よりも高い給料。
どういう事だ。
疑問が、答えが、1つの線で繋がる。
「……僕をここで働かせたかった、から」
「…正解だ」
「だ、だけど何故…
僕と貴方はあの日偶然出会っただけで…」
「…私は昔教師をしていてね、定年退職するまで多くの生徒を教えてきた。
娘の婿も、高校時代私が担任だったんだ。
この店は私の父の代から続く店で、教師を辞めた後父から譲り受けたんだ。
20年以上前、私の元に教え子が1人訪ねてきた。
彼はとても優秀で、周りからの信頼も高いとても良い生徒だった。
彼が訪ねてきた理由は、私への結婚の報告でね。
お相手が1人娘だからと、苗字も相手のものに変えたのだと、そんな事を嬉しそうに話していたよ。
もう少しで子供も生まれる、父になる。
自分は男の子が良いけど、妻は女の子が欲しいと言っている。
けれど幸せに大きくなってくれるのならどっちでも構わない。
…好きなだけ聞かせて、それじゃあまた、なんて。
あの時の彼の幸せそうな顔は今でも忘れられない。
だけど幸せは長くは続かなかった。
奥さんが不慮の事故に遭い、お腹の中の子と共に帰らぬ人となった。
彼は、生きたまま死んでいるようだった。
…見ていられなかったよ。
まるで別人のように感情や心をなくしてしまった。
そんな時彼の兄夫婦に男の子が生まれた。
すくすく育つ甥の成長を見て、彼の目には生気が戻った。
実の子は守れなかった。
だからせめて甥だけは、実の子の分も幸せになってほしい。
切に彼はそう願っていた。
彼の兄夫婦は甥を育てる事を止めてしまい、彼が甥を引き取る事になった。
元気をなくしてしまった甥をかつての自分と重ね、彼なりに精一杯甥の成長を見守り続けた。
…彼は少し体調を崩しやすくてね、自分の余命が少ない事を何となく悟っていた。
最後に彼がここを訪れたのは甥の高校卒業を控えた2月。
彼は私に頼みがあると言った」
「僕がいなくなれば、あの子はまた1人になってしまう。
だからどうか、あの子が1人で歩き出せるよう、先生にあの子の事をお願いしたい…
あの子は、私の大事な、息子だから…!!」
店主が優しげに目を細めた。
「ヒムロというのは、彼が自分の子供につける予定だった名前、「緋室」。
君の大切な、叔父の宝物だ」
…涙が、止まらない。
「叔父さん…ッ」
「…君が立ち上がり、前を向いた時に全てを話してくれと頼まれたよ。
良い父を持ったね」
「ッ……」
貴方の息子になれた事を、僕は誇りに思う。




