門が通れなければ壁を通って
「……来るだろうと思ってたよ」
拘置所から出され、面会室へと連れてこられたショウキが目にしたのは、自身を追い詰めた少年だった。
相変わらずの無表情は仮面か、それとも素か。
クランドが激した所を目撃したショウキには、そのいつも通りなはずの顔が不自然に見えた。
「色々と納得いかないので、話を聞きに来ました」
「だろうね。さて、何から話したものか」
そう言って悩む素振りを見せるショウキは、どこか楽しげだ。
もしかしたら、拘置所が暇だったのかもしれない。
「……何故盗作を? 貴方ほどの実力があれば、必要なかったはず」
「やっぱそこだよね。話すのは良いけど……人間不信になるかもよ?」
陰湿な、しかし寂しげな笑みで言うショウキ。それにクランドは、相変わらずの鉄面皮で答えた。
「まあ、くだらない反抗心からなんだよね。父さんを困らせてやろうって、子供の癇癪みたいなもんだよ」
子供の癇癪。ショウキから出た言葉は、彼には似合わないものだった。
「……宮藤さんは、宮藤先生が嫌いだったんですか?」
「うん。昔から嫌いだったけど、決定的だったのは深山さんの扱いだね。深山さんを後継者なんて吹聴しなければ、僕と彼女の関係はここまで捩れなかった」
宮藤セイジ自身がユウリを後継者扱いしていた。その事実に、クランドはどうしようもない違和感を覚えた。
ショウキの言った通り、それはユウリもショウキも辛い扱いだ。ショウキが無能だったならともかく、彼は父の名に恥じない実力を持っているのだから。
「最初に気まずくなって、距離をとられ、最後には敵視された。周りの人間も、ここぞとばかりに対立を煽ってたしね。
辛かった。いや今でも辛い。彼女に嫌われてそばに居られないなら、ピアノなんてやめようかと思ったこともある」
しかしやめられなかった。その気持ちはクランドにも分かる。
例え死にたくなるほど辛くても、自分たちのような人種にとってピアノは己の一部なのだ。
大切なもののために己の体を引き裂いても、その先に救いはない。
「だから、深山さんが怪我をしたときは、心配する一方でチャンスだとも思った。これで彼女は父さんの後継者じゃなくなるって。
……我ながら最低だよね。自分は彼女のために傷を負う覚悟がなかったのに、彼女が傷付いて喜んだ。
それに気付いて悟ったよ。僕は彼女を好きになる資格なんて無かったって」
そう言って笑うショウキの姿は痛々しかった。
「でもね、それでもリハビリを諦めない深山さんを見て思ったんだ。もし彼女が元通りに、戻ってこられるなら、今度こそ道を譲ろうって」
「……それは深山先生に失礼では」
「だよね。まあ良いんじゃないかな。最後まで僕は最低な七光りの馬鹿息子で」
そんな仮面はとうの昔に暴露しているというのに、ショウキは苦笑しながら言った。
だがそれほどまでに、嫌気がさしたのかもしれない。
「だから僕は父さんに言ったんだ。深山さんを本気で後継者として面倒見ろって。
……そしたら何て答えたと思う」
その問答を思い出したのか、カラカラと笑うショウキ。だがクランドは笑えなかった。
ショウキは笑っている。だがそれは可笑しいからではない。
その笑みは、とんでもなく怒りに満ちた歪みだった。
「『当て馬にそこまでするつもりはない』……そう言ったんだよ父さんは」
言われた言葉が信じられなかった。
あの穏やかで、クランドの相談にも親身になってくれた宮藤セイジが、そんな暴言じみた事を言うはずがない。
だと言うのに、ショウキの歪み崩れた顔は、それが事実であると告げていた。
「僕のためだと言ったんだ。実力はあっても後ろ楯の無い深山さんを僕にぶつけて、万が一僕を上回るなら梯子を外す。
そんな下らない事のためにユウリさんは振り回されたんだ」
怒りに悲痛な色を滲ませて、ショウキは言葉を絞り出す。
クランドも疑問に思うことはあった。
何故セイジはリハビリがうまくいっていないユウリを、変わらず後継者として扱い続けたのかと。
ユウリの復活を信じているのだと思った。しかしそれでも、静かに見守るべき時期であったはずだ。
だがショウキの話を聞いた今なら分かる。
単に当て馬を最後まで使い潰すつもりだったのだ。
そら、後ろから奴が追ってくるぞと、ショウキにプレッシャーをかける。そのためだけにユウリを……。
「全部分かって、頭に血がのぼるのが分かった。……後はよく覚えてないんだ。気付いたら父さんを殺してて、必死に偽装工作をした」
言って笑う顔に力はない。
ただ諦めと、やるせなさだけがあった。
「……クランドくん。ユウリさんを頼む」
「え?」
突然のショウキの頼みに、クランドの鉄面皮が崩れた。
そんなクランドを微笑ましく見ながら、ショウキは言う。
「ユウリさんがもしも復活を遂げたなら、必ず今の君を上回るピアニストになる。そしてユウリさんにとって、君は自分を色眼鏡で見ない、可愛い後輩だ。
きっと君に負けないように努力し、君が大成するように導き、君が自分を追い越しても笑って認めてくれる」
「……そんなものですか?」
「そんなものだよ。君は君で、口でとやかく言いつつもユウリさんを慕ってるよ。ま、君たち二人は相性が良いってことだ」
「……そんなものですか?」
「そんなものだよ」
繰り返し、納得いかないとばかりに聞くクランドに、ショウキは朗らかに言って見せた。
「あ、相性って言っても音楽的、人間的にだからね。男女としての相性は悪いと思うから、流されてお付き合いとかしないように」
「しませんよ」
無表情に言うクランド。それにショウキは苦笑しながら思う。
ああ、まったくこの子は何も分かってない。
「……そろそろ面会時間もありません。何か伝言とかありますか?」
「そうだね……」
何やら悩む素振りを見せ、黙りこむショウキ。
焦れることもなくクランドが待ち続けていると、ふと何かを思い出したように呟いた。
「楽譜」
「?」
「伝言じゃないんだけど、あの『パンドラ』は第二楽章だったんだろう。なら第一楽章を見てみたいんだけど。一番曲を理解してるだろう、君の演奏のデータ付きなら、なお良し」
「……深山先生に伝言は無いんですか」
「無い。言える立場じゃないし、弁解は今更だ」
キッパリと言い切るショウキに、クランドは無表情ながらもどこか不満な様子を見せる。
そんな子供じみたクランドに、ショウキはニヤリと笑った。
「どれくらいかかるかは分からないけど、塀の外に出られたら自分で言うよ。これからのつまらない人生に、それくらいの楽しみは残しといてくれ」
「……分かりました」
明らかに納得していないクランドだったが、口ではそう言って見せた。
元よりそれほど世話をやくつめりも無かったのだし、二人の関係に口をだすつもりもない。
「じゃあねクランドくん。君の活躍を楽しみにしてるよ」
「……では、また」
笑顔で見送るショウキに無愛想に返して、クランドは面会室を後にした。
これにて一時閉幕といたします。
先のプロットはあるのですが、勢いで書くものではないと反省し凍結。
気力がわけばもっと面白い作品になるよう足掻きたいと思います。




