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彼に目を向けなさい

「参考になりました。お話ありがとうございます」

「お役にたてたなら幸いだよ」


 クランドの礼に、片手をあげて応えるショウキ。その際に、袖の隙間から白いものが見えているのにクランドは気付いた。


「腕……包帯ですか?」

「ん? ああこれかい。飼い猫と遊んでたらざっくりやられてね。意外に深くて大出血しちゃってかなりテンパっちゃったよ」


 言いながらショウキが見せた左手には、確かに白い包帯が巻かれていた。


「まあ指に問題なくて良かったよ。猫のせいでピアニスト生命断たれたら笑えないしね」

「貴方の家の猫はどんだけ爪が鋭いんですか」


 ショウキの微妙なボケにクランドがつっこみ、その場の会話を終えて二人は別れた。


・

・

・


「お久しぶりです神前さん」

「この間会ったばっかりじゃん」


 次にカフェで出会ったのは神前ユイ。出会ったというよりも、ショウキに頼んで呼び出してもらったのだが、相変わらず大和撫子な外見に似合わない話し方が残念だった。


「それで、何のようなの?」

「お話を聞きたくて。おごるのでご注文どうぞ」

「後輩におごらせんわ」


 そして相変わらずクランドが気にくわないようだが、扱いはいつの間にか『後輩』になったらしい。

 懐が深いというか、普段の言動があれなため、イマイチよく分からない女性だ。


「で、話って?」

「最近宮藤先生に絡んで変わった話を聞きませんでしたか?」

「……何で私に聞くかね。あんま縁が無いッてか、ユウリに聞いた方が早いし」

「深山先生は、宮藤先生と懇意にしていたんですか?」


 やはり出てきた名前に、クランドは話題を乗せる。


「んー、最近はユウリの方から距離とってたかな。でもアンタ連れてきたからさあ、関係修復かと期待したんだけどね」


 やはりユウリは、セイジとは疎遠になっていたらしい。にも拘わらずクランドを紹介しようとしたのは、余程気に入ったからなのか、あるいは。


「ユウリが指悪くしたのは知ってる?」

「はい」

「そのせいでね、ちょっと学内の雰囲気悪かったんだよね。ったく、一番辛いのはユウリだってのに、周りが勝手に期待したり落胆したり、黙って去ねっての!」


 話しているうちに感情が昂ったのか、悪態をつくユイ。

 この場合の『去ね』は『死ね』と同義なのだろう。不快な様が伝わってくる。


「リハビリも上手くいってないみたいだし、教育実習行かされたのも、息抜きみたいな意味もあるんじゃないかな。……そこでアンタ拾ってきたのは予想外だったけど」

「教育実習は関屋教授が?」

「え? ああ、うん。ユウリが声楽に転向してからは、関屋教授が世話してたからね。本人の希望もあって、宮藤先生から引き離すためらしいけど」


 なるほどと納得はしたものの、それにしてはユウリの行動が妙だとクランドは思う。

 宮藤セイジやピアノから距離を置きたかったのなら、何故クランドに干渉したのだろうか。果たしてそれは彼女の意思だったのだろうか。


「……そういえば、宮藤先生が亡くなったとき神前さんは何をしていましたか?」

「何その意図が丸分かりな話題転換。失礼な事聞いてると分かってるならおごれ」


 いっそ清々しいほどの理不尽さに、クランドは何故かユイが好きになってきた。

 自分はマゾでは無いはずだがと思いながら、話を続ける。


「不本意ながらショウキと一緒だったよ。人が練習してたらいきなり絡んできてさ」

「宮藤さん……何か変わった様子はありましたか?」

「あいつはいつも変だよ。まあ珍しくミスタッチしてたけど」

「ミスタッチ?」

「演奏会で弾いてた……神無月の嵐だっけ。あれ弾けって言ったらミスってた。何か怪我してたみたいだけど」

「腕を猫に派手に裂かれたそうです」

「……どんだけ凶暴な猫さそれ」


 話を聞いて、ユイもまたクランドと似たようなつっこみをいれた。


「神前さんも指先怪我してます?」

「ああこれ。ちょっと爪が割れた。痛くてちょっとピアノ弾きづらいね。演奏会終わってて良かったよ」

「……そうですか」


 掲げたユイの指先には、茶色い絆創膏が貼られていた。

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