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姫(パパ)を守護せよ、思春期ムスメ‼  作者: 藤尾香夜
第一章 新世界の幕開け
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ep.09 小さな小屋の中に

「ねぇ、レオンの師匠って何者なの?」

 私は、草木をかき分けながら前に進む。


 遠くにぼんやり浮かんでいた小屋の灯りも、気づけば間近に迫っていた。


「こんな深い森の中に一人で住んでいるなんて、よっぽどの変わりも……」

「てんこっ、お前は本当に失礼なことを言うぅっ」


 後ろから慌てた声が飛んできたかと思うと、次の瞬間、パパがむにっと私の頬を掴んで上に持ち上げた。

「むんっ⁉」

 無理やり上を向かされ、挙句の果てにパパと目が合う。


 ……


「ひぃっ」

 パパは私の殺意がこもった漆黒の瞳に気づいたのか、小さく悲鳴を上げて、そっと手を離した。


 マジでさぁ、素手で触んないでよねぇ。

 私は手の甲で頬を拭いながら、生い茂る木の葉をくぐる。

 すると、それまでぼんやり見えていた小屋がようやく全貌を現した。


 ……ほぅっ。

 額に手を当て、小屋を見上げる。


 小屋は二階建ての木造建築だった。

 古びてはいるけど、森の中にあるにしては立派だ。煙突からは灰色の煙が立ち上がり、窓からはあたたかな灯りが漏れている。


「まあ、師匠は」と、レオンが玄関に続く数段の階段を上りながら口を開いた。


「――常人じゃないことだけは確かだな」

 レオンは何か思い返すかのように、引きつった笑みを浮かべた。

 なんだか嫌な予感が背筋を這い上がる。


「「……え゛?」」


 パパと声が重なり、思わず顔を見合わせた。


 ――ゾワ


 私は即座にパパから目を離す。


「最悪、なんで目が合うのかねぇ」

 親子だからって、こんなところでシンクロすんなよぅ。


「あのな、てんこ。“最悪”っていう言葉は、人生で最も嫌な気持ちになった時に使うのであって、ただパパと目が合っただけで使うものでは……」

「パパはメデューサ同然の存在なので、パパと目が合うということは人生で最も嫌なことなんですぅ」

 私の即答に、パパは一瞬で仏像みたいな顔になる。


 目が合うたびに、こっち見んなって気持ちが心の奥底から湧き上がってくるもん。

 私の視界にパパが入ってほしくもないし、パパの視界にも入りたくないんですぅ。


 そんな私たちをよそに、レオンは玄関の脇に吊るされた真鍮の鈴へ手を伸ばす。

「あー」

 鈴を鳴らす手前、レオンはマントのポケットに手を突っ込み、私たちを振り返った。


「今から俺は、変なこと言う」

 なんだ、その宣言。

「変なことって?」

 私は、トントンと階段を駆け上り、レオンの横に立った。


 レオンは「合言葉、俺と師匠の」と頭を搔き、

「これ言わねぇと、師匠入れてくんねぇの」


 そこでレオンはコホンと咳払いをして、


 ――キャンディーちゃん、あそびましょ


 チリン。


 冷たい鈴の音が、静まり返った深い夜の森の中に溶け込む。


 ……


 ……え、ごめん、何、キャンディーちゃんって何?

 せっかく、あらかじめ宣言してくれてたところ、突っ込んでしまって申し訳ないんだけど。


「ねぇ」とレオンの肩に手をかけた、次の瞬間、


 ギィィィィ……


 古びた扉がひとりでに、きしんだ音を立てる。


「「……え、何なになにっ⁉」」

 不気味な音に思わず肩を上げ、私はレオンの背後に隠れる。

 そしてまたも同じタイミングで悲鳴を上げたパパも、私の背後に回って――

「……だぁかぁらぁ、私に触んないでって言ってるでしょ!」

 ペイっとパパを剥がす。


「2人ともいちいち騒ぎすぎだろ。魔法だっつの」と、レオンは呆れたような細い目で振り返った。


「しかも親子ともども同じ顔で同じ動きしてたぜ」

 さすがぁと、レオンがおどけて見せる。


 ……はぁっ?


 私は顔をカクンと傾げ、顎を突き出すようにして、レオンを睨んだ。


 私はね、

 パパと似てるだの、濃い遺伝子引き継いでるだの、そういう言葉が世界で5本の指に入るほど嫌いなのぅっ。

 ていうか、パパもパパよ、なんでいちいち私と同じ反応なのっ――。


 私がジトっと睨み上げると、パパはまったく話を聞いていなかったらしい。

 驚いた表情を浮かべ、小屋の扉を指さしていた。


「なんか、扉ちっちゃくない?」


 もう、なんだって言うの、よ……。


 私もくるりと扉の方を向く。


 確かに、ちっちゃい。

 ……ちっちゃいっていうか。

 ちっちゃすぎる。


 扉自体は、パパの背丈より少し高いくらいだった。

 しかし、実際に開いた隙間は、犬か猫がようやく通れるスペースしかない。


「何これっ、こんなのどうやって入るのよぅ!」

 私は両手の拳をブンっと振り下ろす。

「だから言ってるだろ、この世界は何でもかんでも魔法だっつの」と、レオンがやれやれと肩をすくめた。


 レオンがマントの奥から取り出したのは、透き通った小さなガラス瓶だった。

 親指ほどの大きさの瓶の中で、淡い紫色の液体が揺れている。


「じゃーん、博士特製、縮小薬☆」


 ……怪しい。

 ものすごく怪しい。

 怪しすぎる。

 その名の通り、身体を縮める薬なんだろうけど。

 この小さな扉を通り抜けるには、身体を小さくしないといけないんだろうけど。

 何その、明らかに商品レビュー低そうな。


「え、嫌だ、私絶対に飲みたくないっ」

 ふるふると首を振ると、「何わがまま言ってんだよ」と、レオンに小突かれた。


「……ていうか、博士っていうのはどなた?」

 と、パパが隣で首を傾げている。


「あー、俺の師匠は研究者なんだよ。それで、博士ってあだ名で」

 レオンがガラス瓶の蓋を緩めながら、話を続ける。

「博士は、アルメシア国と同盟を結んでいる連合国の中でも、トップクラスの研究者なんだ。世界的な賞を山ほど獲っててさ」


「ほへぇ」

「すごー」


 思わず感心して、アホ面かましていたのが運の尽きだった。


 次の瞬間、


 ぼんやり開けていた口の中に、レオンがその縮小薬をそっと垂らした。


 ……垂らした。

 ……垂らし、た。


 ゴクリ。


 ……お、っとぅ?


「「……の、飲んじゃったぁぁぁぁ‼」」


 私とパパはハッと手を口に手を当て、大声で叫ぶ。


 やばい、反射で飲んじゃった。

 しかもまた、パパと同じタイミングで、同じ反応しやがって、パパめぇ……。

 しかし、それどころではない。

 ねっとりとした、甘い液体が喉の奥を通り過ぎていく。


「な、何勝手に飲ませてんのよ!」

 私はレオンに詰め寄る。


 こういう時は一言詫びてから飲ませるもんでしょ!

 体に合わなかったりしたらどう責任取るのよ!

「あのねぇ、レオン! こっちだってねぇ、心の準備ってもんがあるのっ」


 パパなんて、真っ青な顔で自分の喉を締めてオエェェとか言っちゃってるし。

 顔の色はないわ、しわくちゃだわ、女装してるわ、情報量多すぎて気持ち悪い。

 もう、見てらんないよぅ。


「大丈夫、副作用今のところ感じた事ねぇし」

 と、レオンが顔の横で掌を立てる。

 ……今の所とは!


 しかし、おかしい。

 そんなレオンの声も、いつの間にかかなり上の方から浴びるように遠くから聞こえている。


 何が起きている、の?

 かつて体験したことのない感覚が体にまとわりつく。


 視界が歪んで見える。

 地面がものすごいスピードで近づき、

 小屋の周りに生える木や草が伸び、

 小屋が夜空に向かって、みるみる高くなっていく。


 見えるものだけじゃない。

 草木の揺れる音、鳥や虫の鳴き声、空気の揺れる音でさえ、耳を劈くように次第に大きくなっていく。


「何これ、何これ、何これぇぇぇぇっ⁉」


 ……そうか、

 私の身体が小さくなってるんだ⁉


 だって、ほら。

 気づけば、さっきまで小動物しか通れなかったはずの小さな扉が、立派な玄関サイズになっている。


 小人のようになった私とパパは床に膝をつき、ぜぇぜぇと荒い息を立てる。

 やっばい、この世界、イレギュラー多すぎて体もたんぞ。


「な、大丈夫そうだろ」

 と、いつの間にか同じミニマムサイズになったレオンが得意げに笑う。


「はは」

 もう笑うことしかできんわ。


「大丈夫だよ。しばらくたったら、目も耳も慣れるから」

 そんなセリフを置いて、小屋の中に足を踏み入れるレオンの背中を、私たちはふらつきながら後を追った。


 そして中に入っても尚、

「はは」

 私たちは、やはり笑うことしかできなかったのである。


 だって。

 何、この異空間。


 外から見た小屋の何十倍も広い。

 そりゃそうか、私たちの身体が縮んでるんだ。


「眩しいな」

 パパが目の前に手を掲げ、目を細める。


 白い壁に、白い床、白い天井。

 まるで巨大な箱の中に閉じ込められたような不思議な空間だった。

 壁のパネルが規則的にあちこちで白く光り、無機質な白さをさらに際立たせている。


「ていうか、何あれ」

 私は、さっき部屋に入った瞬間から視線を持っていかれた物体を見上げる。


 部屋の中央に浮かぶ、圧倒的な存在感を放つ物体――


「……でっかぁっ」

 そこには、巨大な立方体が、ゆっくりと回転しながら宙に浮かんでいた。

 赤、黄色、緑、青、紫、黒。


「――ルービックキューブ⁉」


 色とりどりの小さな正方形のピースがごちゃまぜになった状態で、ブロック同士が嚙み合わないまま、軽々と宙に固定されている。

 まるで、誰かが遊んでいる途中で放り投げたみたいに。


「ルービックキューブ型のエレベーターだよ」

 レオンがマントのポケットに手を突っ込んだまま、顎でその物体を指す。

「この小屋は地下にも部屋が続いていて、あのエレベーターで移動するんだ」


 あんたの師匠、遊び心ありまくりでしょっっ!

 なんなの、この無駄に凝った設計は!


「ちなみに、まさかだけど、あの中に入るとか……」

 私が引き気味に聞いたところで、

「そのまさかだよ。博士に会いに行くっていうのに、どうやって移動するって言うんだ」


 やっぱり。

 しかし私が憂鬱な気分を漂わせる一方、レオンの返答に、ひとり猛烈なワクワクオーラを噴出させる者がいた。


 ……くそぅ。

 無視しきろうと思ったのに。

 興奮してごつい体を揺らすたびに、ピンク色のドレスがふわふわと、視界の端を横切る。

 根負けして振り返ると、その子供心を隠せないのか、隠す気がないのか、パパの瞳には、ルービックキューブと、過剰摂取しすぎなハイライトが浮かんでいた。


「実は俺、昔からは誰よりもルービックキューブ得意でさ、“回し屋”と言われたこともあるんだ」

 そう胸を張るパパは、“見て”と言わんばかりに今度はぴくぴく耳を動かしている。

「ちなみに、これが1番の特技」


 しょーもねぇ。

 クラスの男子にもいるよ、手を使わずに耳を動かせるやつ。


 私が面倒になって適当に相槌を打っていると、レオンがにこりと笑った。


「それは助かる」


「「……うん?」」


「あのエレベーター、面を揃えないと作動しないからさ」


「「……うん⁉」」

 私とパパは思わず固まる。

 数秒前まで浮かれていたパパの耳もぴたりと動きを止めた。


「だから、面を揃えなきゃいけないの」

 レオンはなんでもないことのように話を続ける。

「揃わないと扉も開かないし、階層移動もできないの」


 ……待って待って。

 私たちは、いやいやと、両手のひらをレオンに向ける。


 難易度高すぎでしょっ!

 それ、もはやエレベーターの機能果してないし。

 移動するたびに脳トレは、自分を追い込みすぎてるって。

 あれかな、天才って変人と紙一重なのかな。


「で、自信のほどは?」

 回し屋さんよぉ。

 私は白い目でパパを見上げる。


「あ、いやさっきのは最盛期の話で……なかったことにしてくれ」

「パパの役立たずっ」

 私は軽く舌打ちをして、頭上に浮かぶルービックキューブを見上げる。

 ……もとより期待してなかったけどっ。


 色とりどりの面は、まるでこちらを試すように、ゆっくり回転していた。


 果たして、静寂の島の前に、博士のもとへ辿り着けるんだろうか?


 いや。


 でも、こんなところで突っ立っていても、仕方がないのよ。

 この国の未来、ついでに私たち3人の命もかかっている、状況としては、本当に本当に大ピンチなんだ。


「物は試し」

 案外、うまくいくかもしれないし。

 私はギュッと拳を握る。


 巨大なルービックキューブが、そんな幸先不安な私たちを見下ろすように静かに回転し続けていた。

最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます。

楽しんでいただけましたでしょうかっ。


次回、ep.10は【遊び心(怒)】です。

ぜひ、お手すきの際に、よろしくお願いいたします。


今後とも、どうぞよろしくお願いいたします♪

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