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姫(パパ)を守護せよ、思春期ムスメ‼  作者: 藤尾香夜
第一章 新世界の幕開け
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8/24

ep.08 パパの回想、その2

 ――俺は世良祐介。


 健康には気を使っているつもりだったが、40代に突入してからは、ちゃんと老いを感じるようになった。

 近くの文字は見えないし、週2でジムに通ったってお腹も出てきて、髪だって、残っているものでも白い毛がちらほらしている。

 キラキラの“キ”の字もない、正真正銘のおっさんだ。


 そんな俺の1日ルーティーンは、朝6時に目を覚ますところから始まる。

 出勤前には妻の機嫌を損ねぬよう、キッチンのシンク、洗面台、トイレ、風呂。欠かさず、家中すべての水回りを掃除する。朝ご飯だって俺が担当している。

 家を出るのは7時半。交通機関が発達したところに住みたいという、妻と娘の希望を優先した結果、俺は毎日片道50分もかけて通勤する羽目になった。

 会社では、口うるさい上司と、何かとハラスメントを盾にしてくる部下に挟まれ、神経をすり減らす日々。おかげで俺は、部下全員が昼休憩に入るまで仕事に没頭する癖がついたし、退勤時も部下より先に帰る日は、妙に気を遣うようになった。

 そしてまた50分車を飛ばして帰宅すれば、反抗期真っ只中の娘に“げっ”と露骨に嫌な顔をされる。

 唯一の趣味は昔からの友人と組んでいるバンド活動だが、先日娘に“おっさんズが、浮気の歌ばっか歌ってキモいんだよ”と、一言食らった。


 絶賛、そんな人生だよ。

 だからまさか、誰かに、こんな愛おしい目を向けられる日が来るとは、夢にも思わなかった。


「愛娘よ、今日も一段と美しさの輝きが増しとるのぅ」

 と、目の前の男は俺を見つめて、そう言った。


 あなたが座っているその玉座と冠のほうが何倍も光輝いていますよ。

 ……とまぁそんなことを心の中で唱えながら、俺はすっと背筋を伸ばし、口元に手を添える。

「父上、お褒めいただき、嬉しゅうございます」


 ……あっっぶねぇ、親父って言っちゃうところだった。

 いい年したおっさんが、こんな言葉遣い、急に慣れるわけがないでしょうがぁっ。

 でも、見た目は可憐なプリンセスだし、無理やりにでも中身も着飾らないと。

 ていうか、あんた、父親でしょ、国のトップでしょ、娘の違和感くらい気づきなさいよっ。


 俺は、次々に浮かんでくる言葉たちをグッと押し込めながら、目の前の男に向けて最上級の可憐な微笑みを送った。


 結局俺は、そのままカロッソに連行され、アルメシア国王のもとを訪ねていた。


 しかしこの王室がまた、もう本当になんていうか、すげぇ。

 視界いっぱいが金色で、映画の世界みたいだ。


 天井はやたら高く、部屋の広さもシャンデリアの数も、先ほどまでいた部屋の比ではない。

 背後の巨大な窓はステンドグラスになっていて、丸天井には見事な絵画が描かれている。

 床は磨き上げられた大理石。その上を、真っ赤な絨毯が部屋の中央をまっすぐ伸びている。

 その絨毯の先に、一段高くなった壇上、その玉座に、俺とアルメシア国王は並んで腰かけていた。


 俺は、アルメシア国王からゆっくりと目線を外し、赤い絨毯の上で小さく片膝をついて頭を垂れているカロッソに、ちらっと目配せする。

 するとカロッソは俺の視線に気づき、ニコリ♡とした。


 ……その胴体どこから湧いてきたんだよ。

 さっきまで生首だっただろ。


 どこまでも気味の悪い世界だ。


 まぁ、それはいいとして。


 俺は、改めてアルメシア国王へ視線を投げた。


 イメージしていたアルメシア国王とは、あまりにも想像の斜め上すぎて、俺は戸惑いを隠せないでいた。

 ……いや、実際は、さっき脳内にデータぶち込まれたから知ってたけどさ。


「おふふ。横顔もよいが、やはり真正面から見つめた方が愛しいのぅ」


 親バカすぎて恐怖っ。

 俺はブンッと首を振って、国王から顔を背ける。


 親バカはまだ百歩譲っていいや。

 俺だって娘を想う気持ちはわかるから。


 俺はね、この世界に迷い込んでまだ数時間しか経っていないの、何もかも新鮮味がありすぎるの、でも流石に彼の見た目はショックで、言葉を失った。


 俺は再度、国王の方にゆっくりと飛び切りの笑顔を向ける。


 ……ああ、本当に気味が悪い。


 なんと、アルメシア国王には、首から上がなかったのである。


 いや、ただなかった、だと説明不足だ。

 彼の首から上には黒い靄がかかっており、顔がない状態だった。


 どういう原理で呼吸ができるんだろう。


 俺は顎に手をやって、国王をマジマジと見つめる。


 いや獅子と生首もインパクトなかなかだったけど。

 まさかこんなエイリアンに、生でお目にかかれるとは。


「あぁ、若き妻にそっくりじゃ。好き♡」

 それで親バカだから、キャラが濃い。


「……それで父上、私にお話しというのは、どういったご用件でしょうか」

 俺はアルメシア国王からの猛烈なアプローチに華麗なるスルーをお見舞いし、本題とすり替える。


「ああ」


 だが、話を切り出した途端、王室はピンと張り詰めた空気で満たされた。

 国王の体が強張り、首から上をうずめいていた靄さえも、一瞬時がとまったように見えた。


「リュミナ姫、こちらを」と、カロッソが一通の無地の封筒を差し出す。

「これは?」

「娘よ、自分の目で確かめてごらん」

 その声色にはどこか悲しみが滲んでいるようで、俺はごくりと唾を飲みこんだ。


 なんだよ、求婚の手紙とかじゃないの?

 隣国の王子様に愛娘を取られそうとか、そんな話じゃないの?

 胸の奥から湧き上がる緊張を紛らわすように、俺はのんきなことを考えながら封を開けた。


 だが。


 三つ折りにされた便せんを開いた瞬間、俺は目を見開く。


 ――リュミナ姫の御命、ここにて絶たれたし。


 真っ白な紙に、おどろおどろしい文字が浮かんでいた。


 ……まじか、


 背筋に冷たい衝撃が走る。


 これって、脅迫状ってやつ、だよな。

 で、リュミナ姫宛っていうことは。

 それってつまり。


 ……イコール俺宛だよな⁉


 いきなりの殺人予告と、それが自分事にするべきものなのか、他人事としていいものなのか、よくわからない状況に頭がフリーズする。


 俺は、耐え切れず脅迫状から視線をそらし、カロッソの方を見た。

 彼女は、なんだかどこか申し訳なさそうに……いや、違うな。

 憐れむような表情を浮かべ、口元をぎゅっ♡と結んでいる。


 そんな顔すんなよ!

 俺、自分で言うのなんだけど、徳しか積んでない人生を生きてきたつもりだったよ。

 それがなんだよ、転生したら即座に脅迫状とご対面ですか。

 泣きそうだよ、こっちはっ。


「えっ、あの、ち、父上? これは一体どういうことでしょうか」

 俺は口をぱくぱくさせながら尋ねた。


「昨日の夜、風呂上りに忘れておった仕事を思い出してな、牛乳片手にこの部屋に入ったところ、投げ捨てられておった所を見つけたのじゃ」

 神妙な面持ち(イメージ)で、国王は答える。


「父上、私は殺されるのですか?」

「そんなことは絶対にさせん!」と、国王は勢いよく立ち上がると、俺の両肩を掴んだ。

「国を挙げ、全力を尽くしてお前を守るに決まっておるじゃろう!」

「それでは、手紙の差出人はわかっているのですね? もうその身を拘束しているとか」


 部屋がしんと静まりかえる。


「……父上?」


 ……父上っ⁉


 どうして急にフリーズしちゃったんですか⁉

 “いや、あの”ってなにを口もごもごさせて、どうされたんですか⁉

 顔がないから余計不安だよ、どんな表情してるの⁉

 え、俺のこと守ってくださるんですよね?

 はっきり言ってくださいよぅ。

 じゃあなんでさっき、どうでもいい牛乳のエピソード挟んだんだよ。

 一瞬でも湧いた安堵を返してくれよっ。


「申し訳ございません、リュミナ姫。差出人に関しましては、現在捜索中でございますぅ」

 ひたすら気まずい沈黙に終止符を打ったのは、カロッソだった。


「し、しかしカロッソ、差出人の目途はたっておるのじゃろう」

 慌てたような口ぶりの国王に対し、えぇ♡、とカロッソは落ち着き払った頷きと共に顔を上げる。


「現時点で最も有力なのは、隣国のエルネスト森林国で活動しているノクタル教団の関与ですぅ」


 エルネ……ノクタル……なんて?

 リュミナ姫としては知ってる言葉ではあるが、中身がおっさんなもんで、カタカナばっかりだと話が一切入ってこない。


「ふむ、なぜそのようなことがわかる」と、先ほどまで取り乱していた国王もどうにか落ち着きを取り戻したらしい。玉座に腰を下ろし、腕を組む。


「手紙に使われている紙でございますぅ♡」

 カロッソの視線が俺の手元に向く。


「一見すると普通の紙ですが、よくよく目を凝らして見ると、エルネスト森林国の北部でしか採れないルミナスオークという木の繊維が混ざっておりますぅ。それに、インクも同国特有のものでございますしねぇ♡」


 ルミナ……またッ。

 いい年したおっさんには、カタカナの洪水で脳みそ処理落ち起こしちゃうんだってば。

 しかしこいつ、こんなあどけない少女の見た目なのに、紙とインクだけで産地を特定するとは、なんて優秀なんだろう。

 ああ、いいなぁ。さぞかし上司からも部下からも信頼されて、生きやすい世の中なんだろうなぁ。


 俺がひとり恨めしく思っていると、国王が腑に落ちない様子で眉をひそめた。


「しかし、それだけでノクタル教団と断定できまい」

「ええ、確かに、断定とまではいきません♡ 陛下、これより先は証拠のない、あくまで私の妄想でしかないのですぅ。戦争の火種となりかねませんので、私からのお話はご内密に♡」

 と、カロッソは前置きを伝え、話始めた。


「もちろん、ルミナスオークで作られた紙は他国にも流通しているため、エルネスト森林国に限った話ではございません♡ ですから紙だけで犯人を特定することはできません。しかしノクタル教団という存在を前提に考えると、何かと辻褄が合うのですぅ」


 そこでカロッソは指を一本立てた。

「というのも近年、ノクタル教団がエルネスト森林国において、反政府活動を行っておりますのは陛下もご存知でございますねぇ?♡」

「あぁ」

「しかし、彼らは未だに国を掌握できずにいますぅ。そこで彼らは考え方を変えたのではないでしょうか♡ 例えば――」


 ――国を乗っ取るのではなく、一度国を滅ぼしてしまい、一から自分たちの国を創ろうという方向へ、♡


 カロッソの目が僅かに、俺を捉えた気がした。


 なんとなく、わかった。

 仮に、手紙の差出人がノクタル教団だとして、リュミナ姫を殺すメリットが。


 心当たりがある。


 さっきから俺の脳裏でちらつく、覚えのない記憶。

 リュミナ姫が過去に受け取ったのだろう言葉たちが、フードの中から顔面蒼白になった老婆が俺を覗いている、そんな映像とともに、何度も何度も頭の中で再生される。


『リュミナ姫の魔法は、極めて危険なレベルでございまして、それはもう――』

 ――一瞬で、国を滅ぼせるほどに。


 あれはもう、10年も前。


 俺は汗ばんだ手を握る。


 魔法が通用するこの世界では、8歳を迎える年の春にその子供の専門魔法を占う儀式が行われる。

 王家に生まれたリュミナ姫が8歳を迎えると、それはもう、国中でも指折りの占い師が城へ招かれた。

 しかし占い師の老婆は、山を砕き、大地を裂き、家々を吹き飛ばす、そんな未来を見てしまったのである。


 以来、リュミナ姫は専門魔法の習得を禁じられている。


「まさか」と、国王の声が震える。


「エルネスト森林国を滅ぼし、我が物とするために、この子の命だけではなく、専門魔法まで奪おうというのか」


 国王が玉座から立ち上がった。

「今すぐにでも、ノクタル教団の息の根を止めなければならぬっ!」


「陛下♡」と、カロッソが穏やかな声で制する。

「先ほども申し上げました通り、これはすべて私の妄想でございますぅ、国の長たるお方が、憶測で軍を動かしてはなりませぬ♡」


 頭に打ち込まれたデータのおかげで、俺にも多少、ノクタル教団に関し知識があった。

 彼らは近年、あらゆる犯罪に手を染め、挙句の果てに政府から国を乗っ取ろうと暴れまわっているが、だれもその正体を掴んだ者はいないのだ。


 ――謎に包まれた組織。


 だからこそ、仮にアルメシア国が確証もなく動けば、無関係の民を犠牲にする可能性がある。

 そればかりか、エルネスト森林国への宣戦布告であると受け取られる危険すらある。

 そう簡単にいく話ではないのだ。


「しかし、なぜ奴らは知っているのだ。リュミナ姫の専門魔法は王家のごく一部しか知らぬはず」

 国王が険しい顔でつぶやく。


 そう、本来なら外部に漏れるはずがないのだ。

 しかし、もし情報が漏れたとすると。


「おおかた、あの時の占い師が掟を破り、ノクタル教団に伝えてしまったのでしょうねぇ♡」


「あやつには、金を握らせ、事情を漏らさぬよう、契約を交わしたであろう」

「陛下、お金で交わした掟だからこそ、脆いのですよ♡」

 カロッソがあっさりと答えた。


 結局、どの世界でも金だよ。

 きっと、その占い師は、ノクタル教団から金で釣られて話してしまったのだろう。

 俺は妙に納得してしまった。


「もっとも――」

 カロッソが細めた目をわずかに開く。


「当時の私も、あの占い師は金銭だけでは裏切りそうなお方に感じましたので、秘密を暴露してしまった直前に首が飛ぶような魔法を仕込んでおいたのですぅ、そして念のため、脅しとして本人にも伝えたはずなのですがぁ♡」

 カロッソはうっすらと笑みを浮かべる。


 彼女が言いたいことは、要はこういうことだろう。


 仮に、本当に占い師本人がリュミナ姫の秘密を伝えることができたとすると、ノクタル教団にカロッソのかけた魔法を解除できる者がいなければならない。

 相当な実力者が敵側にはいる、ということだ。


「しかし、リュミナ姫の命も危なければ、エルネスト森林国の次にアルメシア王国も狙われるかもしれん。何か手を打たんと、このままでは危険が迫る一方じゃぞ」

 国王が苛立ちを隠さずに言う。


「そこで私に、策がございます♡」

 カロッソが胸に手を当てる。


「安全が確保できるまで、姫に護衛をつけ、静寂の島へ避難していただくのはいかがでしょうか♡」


 しじまのしま……?


 今度こそカタカナではないが、漢字に変換できず、固まっていると。


「静寂の島、というとカロッソの故郷じゃな」と、国王が言う。

「確かに、あそこは真の勇者のみが生きることを許され、殺意ある者は決して踏み入れられぬ、聖域じゃ。そこまでたどり着けば、追手も入っては来れぬじゃろう」


 そんな都合のいい場所があるかい。

 おいおい、大丈夫か?

 大抵こういう時、カロッソが裏切者か、フラグ立たせているかのどっちかよ。

 この国王、カロッソのこと信用しすぎじゃ……


「今すぐ、護衛を用意せよ!」


 即決なんかいっ。

 俺は思わず、ガクッとうなだれる。


 そんな国王の決断に、一方、カロッソは浮かばぬ顔のままであった。


「実は陛下、護衛に伴い、もう一点だけ問題があるのですぅ♡」

「なんじゃ」


 するとそこで、カロッソは俺の手元にある手紙へ掌を向ける。

 まるで念を送るように。


 すると、次の瞬間。

 便せん全体が、じわじわと黒く染まり始めた。


「なっ――」と、国王が身を乗り出す。

 俺も思わず息を呑む。


 インクを垂らした水面のように、ゆっくりと黒色が紙全体へ広がっていく。


 そして。


 完全に真っ黒と化した便せんに、新たな白文字が浮かび上がった。


 ――王宮内には一人の間者潜伏す。貴様らの面相、既に知られたるものと思い定めよ。


 俺は思わず顔をひきつらせた。


「父上……」

 俺は乾いた声を絞り出す。


「これってつまり、つい最近まで王宮にはスパイが潜伏していたということですか」

「あぁ、そのようじゃ」と、血の気の引いた顔の国王が頷いた。


 重苦しい沈黙が落ちる。


 つまり。


 王宮の中に敵が紛れているかもしれない。

 それに、仮に護衛を任せた者が敵ではなかったとしても、王宮の者でゾロゾロ姫の周囲を固めて移動していれば、かえって怪しまれる可能性が高い。


 だから、王宮の者には護衛を任せづらいということ、か?


「では、どうすればいいのじゃ!」

 と、国王が頭を抱える。


「手紙の差出人は、この城の中におるのじゃぞ。いつ、娘の命を狙ってくるかも、敵がどれほどの実力者かもわからんというのに」


「陛下♡」と、カロッソが国王を見上げる。

「護衛を任せたいものが2人、おりますぅ」


「……して、それはどこのどいつじゃ」

 国王の動きがぴたりと止まる。


 カロッソはにっこりと微笑んで言う。


「――昨晩、脱獄を試みて見事に失敗し、現在私の魔法により、犬小屋にて爆睡中の2人組でございますぅ♡」


 ……

 ……


「「……はぁぁぁっ⁉」」


 俺と国王は、見事に同じタイミングで立ち上がった。


「お主は一体、何を考えとるんじゃっ!」

「そうだぞ、カロッソ! こんな見た目でも、こっちの世界では俺は仮にも姫なんだ!」

「そんな、どこの馬の骨かもわからん、しかも囚人に大事な娘の命を預けろというのか⁉」

「そうだ、そうだ!」


「……待て、我が娘よ」

 国王が眉をひそめる。


「少し言葉遣いが乱暴ではないか?」


 ……やべ。


 俺はコホンと咳ばらいを一つ、何事もなかったかのように玉座に腰を下ろし、膝の上に両手を重ねる。


「……それでカロッソ、何か考えがあって私の護衛につけようと考えているのよね?」


 カロッソはニコリと笑みを浮かべ、「えぇ、もちろんですぅ♡」

「まず、陛下と姫が驚かれましたように、敵もまさかリュミナ姫が囚人と行動しているとは夢にも思わないでしょう」


 まぁ、それはそうだけど……。

 確かに、敵の意表を突くという点では、囚人を護衛に仕立てて逃げるという案は面白いかもしれないけど。


 でも――。

 敵が想像もできないような策をこしらえて、逃げ切るだなんて、もはや博打だ。

 賭けに勝つか負けるか、その2択に命を預けるには、あまりにリスキーじゃないか?


「それに彼らが囚人である点には心配ご無用ですよぉ」

 俺と国王の拭い切れぬ不安をよそに、カロッソは話を続ける。


「なぜなら彼らには、任務中に、逃亡、反撃、リュミナ姫への危害、任務放棄、それらに該当した瞬間、即座に首を切り落とす、という契約魔法をかけておきましたからぁ」


 またそんな物騒な魔法……いつかの占い師に使ったのと同じ魔法じゃないか。


「リュミナ姫ったら、私を信用してくださらないのですかぁ♡」

 万全なのですから♡、とカロッソは不服そうな顔でパチンと指を鳴らす。


 すると次の瞬間。


「い゛っっ」といきなり大きな悲鳴を上げ、柱のそばに立っていた甲冑姿の兵士が倒れた。


「い゛っっったぁぁぁぁ」


「ほら、こんな風に♡」あまりの痛みに、首を押さえ床を転げまわる兵士をバックに、カロッソが得意げに指を立てる。

 ……まじで可哀そう。


「ちなみに今のは威力を本番の10分の1、かすり傷程度の設定で仕掛けております♡ それに前回の反省も生かし、魔法の解除を極めて困難な仕様にしております♡」


 そんなこと言われても、安心材料が1つも見当たらないのですが。


「……して、そやつらは、どの程度強いのだ」

 黙って聞いていた国王が、低く唸る。


「果して、姫を守り切れると断言できるのか」

「――えぇ、私のお墨付き、未来ある若者ですよぉ♡」


 決して、譲らない。

 冗談でもない。

 彼女の目は本気だった。

 どうして、そこまでその2人に拘るんだろうか。


 何か、他にも理由がありそうだが……。


 そう考えこんでいると、ふと、視界に2枚の写真が入り込む。

 見上げると、カロッソが俺に向けて差し出していた。

 その写真は、一人ひとりの胸から上を正面から大きく写した、証明写真のようなものだった。


 もしかして、彼女が提案していた囚人2人の写真だろうか……?

 写真に写る人物は2人とも、胸の前にナンバーを掲げている。


 1枚目に写っていたのは、鮮やかな赤髪に、鋭い切れ長の目、シャープな鼻筋と隙のない顔立ちをした、どこかクールな美しい印象がある、若い男だった。


 そして。


 2枚目を見た瞬間。


 ――っ


 視界がぐわっと開き、目の周りに熱が灯る。

 身体にまとわりつく空気と、時と、俺の呼吸が止まった。


「……嘘、だろ」


 まさかだった。

 信じられなかった。

 鳥肌がとまらない。


 でも、どこかでまたきっと会えると。


 肩まで伸びた黒髪を2つに結んだ姿。

 眉間に刻まれた深いしわ。

 光のない、少し不機嫌そうにタレた目。


 やっぱり。

 やっぱりあの子も。


 ――パパっ!


 何かと俺に乱暴な口を叩く、あの子の声がまた写真から聞こえてくるようで。

 懐かしくて、愛おしくて、胸が締め付けられる。


 ドクンと波打つ鼓動で、俺は我に返る。


 ――もしかしてカロッソは、この子も一緒に、この世界に迷い込んでいたことを知っていたから。


「やはり解せぬ」

 王室に、国王の低い声が響く。


「こいつらに我が娘の命を任せられぬ。いくらカロッソが提案した者どもでも……」


「――父上っ!」


 俺はいつの間にか、カロッソから写真を奪い取り、強く握りしめていた。


「今すぐ、この2人に会わせてくれませんか?」


 俺の強い主張に、国王の霧が揺らぐ。


 俺はもう一度、しわくちゃになったてんこの写真を見返した。


 そうだ、俺は。


「この2人を私の護衛にします」


 本当にこの子がてんこなら。

 この世界に迷い込んでいるのなら。


 会わない理由などない。


 今度こそ、手を離さぬように。

 一緒に元の世界に帰らなければ。


 。・:*:・゜★,。・:*:・゜☆。・:*:・゜★,。・:*:・゜☆


「――と、いう感じで、国王を説得したんだ」

 という一言で、ようやく後ろから、パパの声が聞こえなくなる。


 ……あーあ、なんでパパの話っていつもこう、長いんだろう。

 ちゃんと起承転結でまとめられたら、聞く気が起きるんだけど。

 余分なところが多いのよね。


「てんこ、聞いてんのか」と、後ろからパパが私の肩に手を置く。


「――っ、もう、やめてっ、気持ち悪いっ」


 触らないでっ。

 思わず反射的に、私はその手を払いのけた。


 パパが後ろでしゅん、と肩を落とす気配がする。


 いや、女装したパパは間違いなく気持ち悪いよ。

 そこは落ち込まれても。


 私たちはレオンを先頭に、パパの話をBGMにして、暗く深い森の中を歩き続けていた。

 暗いし、蒸し暑いし、昨日まで雨が降っていたのか、地面はぬかるんでいて気持ち悪いし。

 それに、耳元で虫の羽音もするし。


 最悪。


「しかし」

 と、途切れたと思っていたパパの声が、また背後から聞こえてくる。

「カロッソからの説明を終えたところで、2人にサプライズをかけたくて犬小屋のクッションの陰に隠れて飛び出すタイミングを待っていたんだが、まさか敵がいきなり奇襲を仕掛けてくるとは」


「なるほど」と、私の前を歩くレオンが前方を向いたまま頷いた。

「じゃあてんこの親父さんは、俺らが窓から逃げるときに、一緒に竜の尻尾に飛び乗って、なんとか一緒にここまで来たってわけか……」


 いつの間にか、パパに対するレオンの認識が、“リュミナ姫”じゃなくて、“てんこの親父さん”に変わっているし。


 あと。

 ……もう私、我慢の限界なんだけどっ。


「ねぇ、レオンっ! あんたの魔法を使って乗り物とか作れないの⁉」

 お前は本当、文句ばっかり……と、レオンが呆れ顔で振り返る。

「魔法を使うにも気合いがいるんだよ」

「さっきまで竜に乗ってたじゃない。そんな感じで、お師匠さんのとこまでビューンっていけないの?」

 もう私、へとへとだよ。

 足が棒みたい。

「馬鹿、そんなことしたら目立つだろ。あくまでリュミナ姫の護衛なんだぜ」


 それに――と、レオンが不意に立ち止まる。


「うわっ」

 急に止まらないでよ。

 私は、レオンの背中にぶつけた額をさする。


「――目的地には到着済みだ」

「嘘っ!」


 顔を上げると、レオンは前方を見据えながら、口元を緩めていた。

 私はレオンの肩越しに前を覗き込む。


 木々が途切れた先に、小さな明かりが見える。

 よく目を凝らすと、そこには一軒の小屋がぽつんと佇んでいた。

 煙突からは細く煙が上がり、こんな夜更けに、中で誰かが私たちを待っているよう。


 レオンは、ぽかんとしている私とパパを振り返り、

「――さぁ、お邪魔させてもらおうぜ」

 ニィッと八重歯を見せた。

最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます。


楽しんでいただけましたでしょうかっ。

今回も長いっ、その3を作ればよかった話なんじゃ、と後悔です……

この長さにもかかわらず、最後まで読んでいただけた方には、なんとお礼を申したらよいか。


さて次回、ep.9は【小さな小屋の中に】です。

ぜひ、お手すきの際に、よろしくお願いいたします。


今後とも、どうぞよろしくお願いいたします♪

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