ep.10 遊び心(怒)
「おじゃましまぁす」
私はひょっこりと、ルービックキューブの中を覗く。
……ぐうわぁぁー、、
ルービックキューブの中は、間取りも広さも外から見た時に浮かべていたイメージ通り。
ただ、私が部屋を覗いた途端に顔をしかめたのには理由があった。
部屋のデザインが酷くて、目がチカチカするぅっ。
ルービックキューブだからそのデザインにしたんでしょうが、床も壁も天井も、中全体が6色のタイルで埋め尽くされていた。
おまけに、こちらもルービックキューブイメージのデザインを模しているのでしょう、ポップな感じの動物のぬいぐるみやクッションがたくさん敷き詰められている。
しかもその6色だって、全部原色に近い色なの。
「目がぁぁぁぁぁっ」
「てんこ、大丈夫か?」
入り口で目を押さえてうずくまる私に駆け寄ってきたのは、先に中に入っていたパパ。
「これ、レオンくんから。目がやられるから、ここでは常にかけておいたほうがいいって」
うっすら目を開きながらパパの手元に目線を移すと、分厚いレンズのサングラス。
レオン、こういうのは入る前に渡すのよ。
「レオーン、消毒アルコール持ってないぃ?」
私は、部屋の中から目を背けた状態のまま、声の限り叫ぶ。
なんでもいい、液体でもいいし、ウェットティッシュでもいいからぁ。
「んあ? あるけど」
レオンの声と足音が近づいてくる。
……ん?
なんで。
声がしてしばらくたったけど、何も渡されない。
「テン、何してんだ。早く受け取れよ」
「いや、そっちが早く渡してよ」
「渡してるだろ、気体型アルコール」
……気体?
忘れてた、ここアルメシア王国だった。
概念という概念をすべて覆していく世界だった。
やけに風が手元に当たるなと思ったんだよ。
ていうか、これ効果あるんか、絶妙にわかんねぇ。
私は、手の感覚を頼りに、風がそよぐ場所にサングラスをもっていく。
鼻をツンとつく、エタノール特有の匂いがあたりに広がった。
「……て、てんこ、何してんの?」
「パパから受け取ったものは、除菌すべし」
うちの家訓なんでねっ。
聞こえてきた音だけで、パパがガクンと崩れる様子がわかった。
「ていうか、珍しいな。パパ嫌いなお前なら、親父さんより先に入りたそうなのに」
BOX型のボタン(……ってそれ、どこから取り出したの⁉)を押し、入口のはしごを引き上げながら、レオンが振り返る。
「だって私が先にはしご使ってたら、パンツ見られそうなんだもん」
この変態親父に。
私は何でもないような顔でパパを親指で示した。
それに、はしごについたパパの垢を触ってしまったって、アルコールすれば問題ないし?
パパは崩れ落ちたまま、おいおい泣いた。
よしっ!
無事、サングラスを装着すると、私はあっと声を上げる。
ルービックキューブの6面中、1面にだけ、無地の灰色の扉が設置されていた。
扉の横には、操作盤。1から15まで行先階ボタンや非常呼びボタン、開閉ボタン、そして今自分が何階を行き来しているのか示す、小さな液晶のディスプレイまである。
馴染みのある光景。
間違いない、これは本当にエレベーターなんだ。
確信とともに、どうしようもない呆れが込み上げてきた。
なんで、ルービックキューブ仕様なんだっ!
「……アップグレードしてる」
レオンが何やらディスプレイを見上げながら、つぶやく。
「え、なんて? アップグレード?」
……
……アップグレード?
レオンの真っ青な顔とそのワードに嫌な予感しかない。
それは、つまり、博士のもとに辿り着くためには達成しないといけないんだけど、レオンが今まで体験したことのない、新たなミッションが増えてたってこと?
「アメージングだね」
と、パパが笑った。
「それでレオン、新たなミッションってなんなの? パパがルービックキューブの面を揃えて行先階ボタン押すだけじゃダメなの?」
「あぁ」と、レオンの顔は深刻である。
なんで、そんなことわかるのよ。
私は不思議に思って、レオンの横に並ぶ。
扉の上に設置された電光掲示板には、右から左へ文字が流れていた。
――こちらのエレベーターは、ルーレットで止まりますので、ご用のある階がございましたら、頑張ってタイミングを狙ってボタンを押しましょう。
※現在、博士は地下8階に滞在中――
……こんのやろうぅっ。
腹立つわぁ。
要は、人生ゲームでぴったりゴールできるような数を狙う時のノリってコトでしょ。
無理難題すぎでしょっ。
しかも画面には、何度も何度も同じ説明文が流れてくる。
わかってるっつぅーの。
「もういいよ、やろう」
私は【8】のボタンの前で指を構える。
売られた喧嘩は買わなきゃというか、このまま頭抱えてもすっきりしないし。
なんなら、こんな遊び心満載なギャンブルに沼っちゃったら、向こうの思うツボじゃん。
私たちは、一刻を争う危機に面してんのよ。
あっという間にクリアしちゃって、根性ある子だって思われたいじゃない!
「パパ、準備できた⁉」
後ろの方から、「おう!」と声が返ってくる。
振り返ると、パパはイルカに乗って浮上していた。
その顔は少年時代に戻ったように生き生きとしている。
「……なにやってんの、ふざけてんの?」
拍子抜けするわ。
「ふざけてなんかないよっ! ルービックキューブの面を回すためには、キューブの面を力いっぱいに押さないと動かないだろ。でも、天井に近い列を押すには、俺の背丈じゃ、届かないんだよ」
と、パパがイルカの淡く光る背を撫でながら言う。
「だからレオンくんに、空中を自由自在に泳げるイルカを魔法で出してもらったんだよ。これだったら、上の列から下の列まで一瞬で移動できるしな」
レオンはパパの説明にグッと親指を立てた。
とか言って、めちゃくちゃ楽しそうじゃん。
はしゃぎまくりじゃん。
もうっ。遊びに来てるわけじゃないんだからね。
「よしっ、じゃあミッション開始!」
私の掛け声とともに、イルカは四角い部屋を滑るように泳ぐ。
パパは一番上の段の赤いパネルに手を当て、力いっぱい押し込んだ。
ゴ、ゴゴゴゴ……!
な、なに、この振動……⁉
すると、天井の一面がパパの押し込んだ向きにゆっくりと回転し始める。
一瞬、ルービックキューブの外に広がる、白い空間が垣間見えた。
眩しいっ。
思わず、目を閉じ――
ガコン。
その音で、うっすらと目を開く。
「すげぇっ!」
視界で得られる情報より早く、パパの大はしゃぎな声が耳に飛び込んでくる。
「レオンくん、てんこ、この部屋ルービックキューブだぞ! 俺、今、一列動かしちゃったっ……!」
……今更、なに当たり前のことを。
パパ、何度も言わせてもらうけど。
「遊びにきてんじゃねぇんだぞっっっ」
時間がねぇっつってんの!
レオンだってかわいそうでしょ。
パパが乗ってるイルカだって、魔法なんだから一生ものじゃないの。
だから、レオンは形を維持できるように魔法をかけ続けているんでしょうが。
レオンの顔見てみなよ、疲労度半端なくて、顔がトイレットペーパーみたいになってるっ!
薄っぺらで、しわくちゃで、真っ白だよ。水をかけたら消えてなくなっちゃいそうなくらい。
「わかったよ……つい、昔を思い出して、楽しかっただけなんだよ」
凄まじい剣幕で怒鳴り散らす私に、パパはしょぼんとする。
その後、上へ、横へ、斜めへ。
まるで海の中で泳ぐように、パパは駆け回ってパネルを次々と押していく。
そのたびに面が回り、次第に同じ色のパネルが集まっていく。
ていうか。
宙に浮かんでいない私とレオンもまぁまぁ大変でっ。
だって、例えばパネルが立ての列で回転すれば、その上に立っている私たちも引きずられるようにその方向へもっていかれてしまうし。
一番下の段の列が横に回転すれば、私たちも一緒にぐるりと90度回転する。
メリーゴーランドとドッジボールという、異例な組み合わせの状況が常に押し寄せてくるのである。
何度、滑って転んだか。
目を回したか。
パパが間違えたパネルを押しちゃった暁には、とんでもない怒りが込み上げてくるのは、当たり前。
こんのっ。
覚えていなさいよ……。
「揃ったぁ」
ようやく。
パパがガッツポーズをかましながらパネルを押すころには、私もレオンも汗びっしょりで、半目且つ、舌が収まりきらない表情で、ぐったりと床にへばりついていた。
うっ、そうだ、ボタンっ。
思い出して立ち上がると……。
プンッ
なにっ、今、電気が一瞬消えたような⁉
次の瞬間――。
ブォォォォォン――!
巨大な振動が響いた。
――地下へ、参ります。
聞こえてきたのは、小さな子供の声?
「テンッ!」
レオンの声で我に返り、押しボタンの一覧の上に設置された、小さな液晶のディスプレイを見上げる。
数字がっ。
――1―2―3―4―5―6―7―8―9―10―11―12―13―14―15―14―13―12―……
すごい勢いで移り変わっていってるっ!
そうか、この浮遊感って。
「エレベーターが作動してるってこと⁉」
このスピードの中で8階押すのって、非常に難しいのでは⁉
一周回って、博士馬鹿じゃないのっ⁉
「テンッ、タイミングを狙って押せ!」
わかってる、わかってるのよ、レオン。
でも本当に難しくて。
えっとえっと、えっと
「――い、いぃ、今ぁぁぁぁっ!」
6から7に切り替わった瞬間、私は覚悟を決め、えいっと指を【8】の上に押し込む。
チンッ
到着の合図だ。
地下8階であってくれ、頼む頼む頼む、頼むぅ!
私は手を合わせる。
――地下9階、肉食植物農園に到着いたしました。
……え?
私たちがぽかんとするのと同時に、エレベータの扉も自ずとゆっくり開いていく。
目の前に広がっていたのは、巨大な温室。
ビニールハウスの中は原っぱが広がっており、色鮮やかな花々が咲き誇っている。おまけに蝶まで舞い、この適温といい、流れている空気といい、優雅な春といったところかしら。
なんてまぁ、素敵♡
目的地にはつかなかったけど、ここもイイナァ。
扉の前には、ちょうど一輪のつぼみが咲いていた。
今にも、花が開きそう。
私はしゃがみ込み、つぼみを覗き込む。
……肉食植物農園。
先ほどアナウンスされた子供の声が脳裏をよぎる。
……肉食?
なんだろう、恐ろしいことに気づいたのは私だけだろうか。
パカンと頭の中で、悪い意味での豆電球が光った瞬間、目の前で花が開いた。
そこには、
直径3メートルもの真っ赤な口。
びっしり並んだ牙。
……へ?
「シャァァァァァァッ」
……。
「「「……いやぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ‼」」」
巨大なツタが何十本も伸びてくるぅっ。
こいつ、私たちを食う気だ。
待って、無理無理っ!
針がいっぱいついてるしぃ。
私たちは悲鳴を上げながら、キューブの奥へ後ずさり、思いっきり、【閉】ボタンを連打する。
待って、この花野郎、扉閉まってるのに、扉の外から頭ねじ込ませようと激突してくるんだけどぉぉぉぉッ。
扉がひしゃげてるじゃないの。
ていうか、エレベーターの扉には透明なガラスの部分があって、そこから外が見えるのですがっ。
さっきまで優雅に咲いていた花が全部怪物化して、エレベーターに向かって襲ってきてるんだけどっ。
中には、口じゃなくて鼻になってるやつもいるッ。
クソほど、面白くねぇっ。
「パパ、早くぅぅっ」
私は未だ、【閉】ボタンを連打しながら、パパに向かって泣き叫ぶ。
「わかってるよぉぉ」
パパの声も泣いてい……レオンに至っては、こいつ、腰を抜かして、漏らしちゃってない⁉
火事場の馬鹿力というのはこのことだろうか、パパは恐ろしい速度で面を揃えていく。そして私とレオンも、そのスピードについていきながら、メリーゴーランドとドッジボールの苦難を乗り越えるのであった。
。・:*:・゜★,。・:*:・゜☆。・:*:・゜★,。・:*:・゜☆
その後も運は味方をせず。
――地下6階、怪獣保管倉庫に到着いたしました。
――地下11階、地獄温泉に到着いたしました。
挙句の果てに。
――地下7階、黒歴史の間に到着いたしました。
その階には鏡が1台あるだけだった。
一見、何も襲ってこないし、あぁ、当たりの部屋なのかななんて気を緩めていたから、罰が当たったんだ。
なんとまぁ、そこは写った人の黒歴史が暴露される部屋だった。
モザイク掛けたくてしょうがなかったんだけど、鏡に映ったのは、パパの過去の恋愛と中二病時期、パパが見ているエッチな本やDVDのお姉さん方だった。
「いやぁぁぁぁ!」
「違うんだ!」
「この人たちはもう、過去の人たちと言うか、卒業してるというかっ」
とか云々ほざいて。
パパは顔を真っ赤にさせ、死ぬ間際の魚みたいに口をパクパクさせながら、大急ぎで【閉】のボタンを自ら連打すると、ルービックキューブを合わせる始めるのでした。
「無理っ、キモいっ」
なんでパパのこんなもの見せられないといけないの⁉
何の嫌がらせよ。
やっぱりこの人、生理的に無理だ。
どこまで好感度下げれば気が済むんだろう。
せめてリュミナ姫の過去でいいじゃない。
パパが「ごめん」と消え入りそうな声を絞り出しながら、最後のパネルを押して面を揃える。
ブォォォォォン――!
振動と小さな子供のアナウンス。
「今度こそっ!」
どれだけ寿命が縮められたか。
もう、同じ目には合わないんだからっ。
ていうか、いっそのこと早く博士に会いたいわ。
問い詰めてやりたい、こんな研究所を作った理由をッ。
――1―2―3―4―5―6―7―8―9―10―11―12―13―14―15―14―13―12―……
「……ん? なんか変だぞ」
パパの慌てたような声が背後から聞こえる。
うるさいなぁ、こっちは今感覚をビンビンに研ぎ澄ませてるんだから。
「イルカの様子がおかしいんだって!」
「だぁかぁらぁ!」
集中させてよ!
早く博士のもとに行きたくないの⁉
いつまでも寿命削っときたいの⁉
思わず背後を振り返る。
「……うん?」
なんか。
「イルカ、痩せた?」
厚みが違う、っていうか、色が薄い?
段々、イルカが粒子状になっていっている気が……。
――ねぇ、レオン。
「……す、すまん」
レオンの方を見ると、額には汗が浮かび、なんだか少し苦しそうな顔をしていた。
「魔力がもう持たん」
「「……はぁぁぁぁぁっ⁉」」
その瞬間、イルカはボフっと煙を立てて消えた。
「え、消えっ」
パパが空中でひとり、フリーズする。
……え?
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
そのまま真っ逆さまに落ち――
しかも。
なぜか。
よりにもよって。
こっちのほうに落ちてきてない⁉
「ちょっ――」
こっち来んなっ!
やめてやめてっ!
でも私も、避けてる暇もなく。
どすん。
「グエッ」
「ご、ごめん、てんこっ。無事かっ」
見事に私はパパの下敷きになった。
肺から空気が全て出る。
……ふっ
「ふざけんなぁぁぁぁぁっ!」
「ご、ごめんてばぁっ!」
「ごめんじゃないわっ、早くどけてよっ」
ただでさえ重いし、気持ち悪いっ!
この雑菌っ!
私が暴れた拍子だった。
うん? なんだろう、肘が何かにぶつかったような気が。
エルボーしちゃったような気が。
ポチッ。
「……」
「……」
「……」
私はゆっくり顔を上げた。
――地下8階、博士の研究室に到着いたしました。
「うえぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
3人の叫びが重なる。
扉が開き始め、私たちは恐る恐る外を覗いた。
誰もいない。
明るい電気が灯される、まるで病院のような無機質な白い廊下が続いているだけだ。
「うっそぉ、着いた」
……、
……いや、
「なんでぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
そんなことある?
あれだけ苦労したのに。
こんな、あっけなく?
「まぁ結果オーライだろ」
レオンがまだ少し青い顔でケロッと言う。
まぁ、着いたならもう何でもいっか。
とりあえず、今は。
「もしかして、パパのおかげだったり?」
と、パパは浮かれポンチな顔で肩を上げる。
……なんでそんな得意げな顔ができるのよ。
なわけないでしょっ。
「このスケベ変態親父っ!」
もうこりごりですぅ。
まぁ、でも。
なんだか、ようやく一息つけそうでよかった♪
「さぁて、博士に会いに行くんだからっ」
――そう思ったのが間違いだったと知るのは、その直後のお話。
最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます。
楽しんでいただけましたでしょうかっ。
次回、ep.11は【博士との対面】です。
ぜひ、お手すきの際に、よろしくお願いいたします。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします♪




