ep.11 博士との対面
「ここだ」
私たちはしばらく、真っ白な廊下を進み、一枚の扉の前で足を止めた。
無機質な白い扉に3つの影が揺らぐ。
扉に付属している取手には、小さな看板がぶら下がっていた。
えーっと、なになに。
――『はかせのへや☆』
クレヨンで殴り書きしたような、どこか子供っぽい字。
研究室にはまるで似つかわしくないような、看板ってことは。
……はいはい。これもギャップが狙いってわけだ。
あ゛ーっ、もうお腹いっぱいだよ、遊び心。
私がワナワナと震えながら、拳に息を吹きかけるのを手で制し、
「なんも見えねぇな」
レオンが扉にはめ込まれている細長い窓から中を覗く。
でも、この中に博士がいることは確かなんでしょ。
もう我慢の限界なんだから。
ここまで、どれだけの苦労があったことだろうか。
もうすでに、涙と汗なしでは語れない物語になってんのよ。
旅は始まってすらないっていうのに。
「博士に会ったら、まずその胸ぐらをつかんで、“お前がやってみろよぉっ”って鼓膜がちぎれるほど叫んでやるんだからっ」
「こら、てんこ、よしなさい」
パパがそっと私の肩に触れる。
もうっ、やめて! 触れないでっ
言っておきますが、8割、いや9割5分はパパがストレスの原因なんですぅっ!
特にそのドレス。
顔とフィットしてなさすぎて気持ち悪いの。
本来なら“ふわふわ”のはずが、パパが着ると、オノマトペが“ピチピチ”に変わるそのピンクのドレス、一刻も早く脱ぎ捨ててほしいわっ。
イルカに飛び乗って優雅に舞っていた時は、恐ろしく吐き気を催したよ。
それと、私の上に倒れこんできた時も、偶然見えちゃったんだけど。
「履いてるパンツはパパのボクサーなんかい」
パパは、私の唐突な暴露に、いやんと内股になって股あたりを隠した。
……そういうところだよ、キモカス。
でもいいもん。
ここまで来れたのなら……。
「私の勝ちってことで!」
私は取手を横にスライドさせ、扉を思いっきり開け――。
「――っ」
扉の向こう側に広がる景色を見て、私たちは愕然とした。
う、嘘よ……。
いやだ、こんなの絶対に嘘。
小さな部屋だった。
だけど、そのコンパクトな部屋に広がっていた光景は、とんでもなく異常で。
見渡す限り、鍵、鍵、鍵、鍵鍵鍵、かg……。
なんと、100、いや1000、いやそれ以上もの鍵が、部屋全体に積み上がっていたのである……!
……。
「嘘だっていってぇぇぇぇぇっ」
もう、ゴールじゃないんかいっ。
こんな部屋、密室殺人の舞台になる推理小説でしか見たことないわ。
それであれでしょ、この後、鍵の山の中から隠された死体が見つかるんでしょ。
呆然とする私の横でレオンが、がくんと膝をついた。
「お、思い出した」
「な、なに?」
「む、向こうの扉が本当の博士の部屋なんだ」
レオンが示した先には、もう一つ、無機質な白い扉があった。
鍵の山の向こう側に。
「確か、その扉には鍵がかかっていて、開けるには……」
……
……え゛。
……まさか、まさかとは思いますけど、この鍵の山から本物を見つけ出さないといけないとか言わんでしょうね。
ぞっと青ざめる私とパパに、レオンがこくりと深く頷く。
「「いや、無理無理無理無理っ」」
思わず、パパと同じタイミングで、手と首をもぎれるかと思うほどに振ってしまう、が、もうそんなことはいい。
こちらご覧ください。
見て。
宇宙にリアルで存在する星の数ほどあるよ。
無数だよ。
たぶん、人生かけても見つかるかわかんない。
え、なに、博士はそんなに私たちに会いたくないの⁉
我が愛弟子のレオンを助けるべく、会ってくれるんですよね。
味方なんですよね。
「あの、もう時間もないし、扉をノックしたら博士開けてくれないかな」
パパが急にお爺ちゃんみたく老けたような顔で、恐る恐る尋ねる。
でも、レオンはゆっくり視線を落とし、
「それはねぇな」
「なんで、そこまで言い切れるのよ。あなたの師匠なんでしょ!」
「たぶん、博士は俺らを試してる」
――だから、開けないと思う。
た、試す……?
なんのために?
「俺も、5年も牢獄に入っていて、会うのが久々なんだよ。……師匠は俺のこと、許してくれてないだろうし。それに、2人に会うのは初めてだから、どんなやつだろうって見てるんだと思う」
そんなこと言ったって。
まぁ、私はともかく、右に倣って5年牢獄の身だったらしいですから、信用ならんやつかもしれんけど、パパはあくまで設定上、一国の姫でしょう。
「そんなことをしてる場合じゃ――」
「――言ったんだよ、俺が」
レオンがぽつりと続ける。
「城からの道中、伝書バトを出して、博士に伝えたんだ。2人は実は、転生してきたばかりのやつなんだって」
――ブチッ。
私の中で、何か切れたような音がして。
じゃあなに。
どこの馬の骨かもわからんやつにそんな責務全うできるんかって、世界が救えるようなそんなスーパーヒーローになれるんかって。
博士は今頃、そんなふうに高みの見物してるってこと⁉
魔法の“ま”の字も知らん素人がって⁉
そういうこと⁉
……。
あんま地球人なめんなよ。
私はぎり、と拳を握りしめた。
絶っっっ対に見つけてやるんだから。
私は躊躇せず、鍵の山へ飛び込んだ。
博士が私たちを試しているだと?
転生したばかりだから信用できないだと?
ふざけんな。
そんな理由で困ってる人たちを見捨てるようなやつなら、こっちから願い下げよっ。
それにレオンのことだってあまりにもかわいそうじゃない。
自分を慕ってくれる、ピンチの時には頼ってくれる可愛いお弟子さんなんでしょ。
あぁぁ、今までの苦労のことを思い返すと、本っ当に腹が立つ!
「うおおおおおっ!」
気合いと共に、私は次から次へと鍵を掴み上げ、片っ端から扉へ持っていき、鍵穴へ差し込む。
しかし――。
「くそ、入らんっ!」
また違う。
これも違う。
全部違う。
うわーん。
どれ一つとして鍵穴に収まらないんだけど。
何故⁉
これはもしかして、精子のうち、卵子の中に受精できるのが数億個の中でたった1つっていう、生命の神秘を伝え直すこととかが目的なんじゃない⁉
博士を名乗ってるわけだし⁉
パパがレオンの肩にそっと手を置く。
「てんこはね、ああ見えて熱しやすいんだ。――人のためとなると特にね」
2人して、ちらりと私を見る。
「それに今だって、自分が尊敬しているレオンくんのこと、博士が許していないかもしれないって聞いて、腹を立ててたし」
なに、然も私のこと全部わかってるような気になってんのよ。
こんな時だけ親面しないでよっ。
……もう、こしょばゆいな。
私は鍵の山に埋もれながら、
「違うっ! これはただ博士にムカついてるだけっ!」
と叫んだ。
パパは苦笑する。
「(俺以外の)人を想う気持ちと諦めない気持ちは誰よりも昔から強いんだ」
当たり前でしょ!
売られた喧嘩は買わなきゃ。
ていうか、そういうのって私が鍵探しに夢中になって、耳に情報が入ってこないタイミングでやるべきであって、私がそれをちゃんと聞こえる至近距離でやっちゃだめでしょ。
めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど。
私は慌てて別の鍵を掴む。
「いつまでそんなところ突っ立ってんの!」
敵はパパを死に物狂いで探し出して、殺そうとしてるのよ。
博士の家だって、いつ敵が入ってくるかわかんないでしょ。
……まぁ、めちゃくちゃセキュリティ厳重みたいだけどネ。
「はいはい」とパパが笑う。
レオンも少しだけ口元を緩め、鍵の山の前に胡坐をかいた。
気づけば3人とも無言になっていた。
ただ鍵を拾い、試し、捨てる。
その繰り返し。
終わりの見えない作業に、さすがの私も心が折れそうになる。
というか、何回か折れた。
どれくらい、時間が経過したんだろうか。
だって、結構しんどい作業よ。
ドアノブ回すまで行きつかないもん。
そもそも形が合わないので、鍵穴に入れることすらできず、絶望感は凄まじい。
でも心が折れるたび、脳裏に態度の最悪最低な博士が蘇ってきて、私の心の炎に火をつけてくれるの。
それはもう、炎の勢いを上げる薪まで用意してくれるくらいに。
……
……。
……いやでも、やっぱ、
……やっぱむりぃぃぃぃっ。
「うぅぅぅ……」
私は鍵の山に突っ伏した。
もう無理かもしれない。
どうせ、私は熱しやすくて冷めやすいタイプの女ですよ。
もうしんどい、やめたい。
この無限ループの作業。
その時、ふと気になったことを思い出す。
「そういえばさ」
「「ん?」」
そちらも疲労感MAXの2人が顔を上げる。
「師匠の家に入る時、言ってたじゃん」
――キャンディーちゃん、遊びましょ。
あの、突っ込みたくなる不思議な合言葉。
「あれ、なんだったの?」
レオンが口を開きかけた、その時。
にゃあ。
どこからともなく鳴き声が響いた。
……へ?
私たちは鳴き声がする方へ顔を上げる。
なんと、鍵の山の上に、一匹の猫がちょこんと座っていた。
ふわふわの尻尾に、宝石みたいな瞳の、
桜の花びらみたいな淡い桃色の毛並みの猫ちゃん。
……かわぁいぃぃぃっ
「猫……?」
パパが猫に近づく前に、私は全力で駆け寄り、抱き上げる。
絶っっ対に触らせないんだから。
さすがにアルコールしにくいでしょうが。
「あ、こいつだよ。キャンディーちゃん」
と、レオンが私の腕の中で伸びる猫を指す。
「師匠の飼い猫の」
……師匠の飼い猫ぉぉぉっ⁉
え、こんな可愛い猫ちゃんが?
あんな師匠の⁉
そんなぁ。
「お前まだ、師匠に会ってないだろ。偏見持ちすぎじゃねぇの」
「もうどう頑張っても、私の中では、パパと同等の人間なの!」
「てんこ、さらっとパパも傷つけるのやめなさい」
キャンディーちゃんは優雅にあくびをすると、ひらりと飛び降りた。
尻尾を私たちの足に順番に絡め、私たちの横を通り過ぎる。
まるで、ついて来いとでも言ってるみたい。
「……あ」
私は首を傾げた。
――キャンディーちゃん、遊びましょ。
師匠の飼い猫。
それに、“遊びましょ”っていうワードチョイス。
遊び心満載な博士。
私たちを試、す。
――待って。
「あ! そういうことだ!」
私の声の爆発に、2人がこちらを見る。
「博士は、キャンディーちゃんと遊びたいんじゃない?」
「どういうことだ?」
「だから合言葉なんだよ」
そう言っても尚、レオンが瞬きを繰り返す。
あぁ、もうっ、なんでわかってくれないのかな⁉
もどかしいっ。
「キャンディーちゃん、遊びましょ」
この合言葉が博士の声だと仮定すると。
博士は早く、キャンディーちゃんに遊びに来てほしいんだよ。
私は白い扉を思いっきり指さす。
つまり――
「最初から鍵なんて必要なかったんじゃない?」
……
「……え?」
パパとレオンの目が「・」になる。
なんか、あれみたい。幼稚園児が描くような表情みたい。
ぐにゃぐにゃな輪郭に、3秒あったら描ける表情。
「いや、待てよ。テン!」
待てないよ。
だってもう、確信してるもん。
鍵探しなんて、本当に試練なら成立していない。
だって、あまりにも数が多すぎる。
理不尽だよ。
それに、合言葉を決めているということは。
――これ言わねぇと、師匠入れてくんねぇの。
レオンがあの時言ってたことにも納得がいく。
それにこんなトリッキーな研究室に住んでる博士なら、遊び心~とか言って、絶対にこういう意地悪なこと考えるだろうし。
私は自信をもって、扉へ駆け寄った。
「テン!」
レオンの声を背中で聞きながら、ドアノブを掴む。
そして。
ぐいっと捻った。
――カチャ。
「ひょえっ、嘘、開いた」
自分でもなんとも間抜けな声が喉から出てくる。
…………
開いた。
「「開いたぁぁぁぁっ⁉」」
パパとレオンが絶叫する。
私は勝ち誇った顔で振り返り、
「私って天才ぃぃっ!」
と叫んでから、部屋の中へ足を踏み入れた。
さてさて、こんな難題なミッションを次から次へと生み出す博士とやらのお顔を拝ませてもらいましょうか。
2つ目の扉の向こうは、至ってなんの変哲もない、シンプルなへやだった。
研究室、というか。
真っ白な部屋に、パソコンが置かれた机が1つ。
その机に向かって深く腰掛け、足を組んでいるのは、1人の女性だった。
金色の髪を後ろで一つに束ねている。
てっきり、博士ってパパくらいのおっさんだと思っていたのに。
遠目で見ても、スタイルのいい若い女性だとわかる。
私がぼうっと見ていると、彼女はゆっくりと振り返る。
小麦色の肌が一番の印象だった。
第一印象で、なんて整った顔だろう、と少し羨ましく思ってしまうほどだった。
研究者らしい白衣を羽織っているが、その下は驚くほどラフで、短いスカートから伸びる脚が目を引く。
何より、その鋭い視線には圧倒的な存在感があった。
女性は腕を組み、呆れたように鼻を鳴らす。
「まったく」
そう言って、口元を吊り上げた。
そこに次第に広がる無邪気な笑顔。
綺麗な顔なのに、笑うと一凛の花が咲いたように可憐だった。
「待ちくたびれたぞ、レオン」
――そして、愉快な仲間たち。
最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます。
楽しんでいただけましたでしょうかっ。
次回、ep.12は【ドクター・セレナ・アルケミア】です。
ぜひ、お手すきの際に、よろしくお願いいたします。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします♪




