ep.12 ドクター・セレナ・アルケミア
※これはイメージです。
よく食品パッケージに記されている、あのワードが頭にポッと浮かぶ。
あれを見かけると、私はつい開封したときに、間違い探しをしちゃう癖があるんだよね。
どこが違うんだろうって。
……とはいえ。
「イメージ過ぎたっっっ!」
私はバッと博士から背を向ける。
いや、あまりにもイメージ過ぎた。
白髪で、お腹のぽっこりした、三日月みたいな目の、嫌味ったらしいおじいちゃんを想像してたんだけど。
私はゆっくりと振り返る。
部屋の中で待っていたのは、美しい女神。
ちゅるちゅるな金髪に、小麦色の肌、艶のある唇。
研究職だけあって白衣は白衣だけど、中には丈の短い黒いワンピース、そこから伸びる足はモデル級で、視界に入るたび、思わず息を飲むほどに。
私はぽっと顔を染める。
「「綺麗……」」
……え゛?
隣を見ると、ほげぇと顔をしたパパが、まったくの同じセリフを吐いていた。
だからぁ、真似しないでよ!
ていうか、パパが言うと犯罪の匂いしかしないから!
そんなエロい目で見ないの、変態!
「勝手にイメージしていたのはお前の方だろ」
レオンがペシッと私の頭を叩く。
……そうでした、面目ない。
「遅かったな、レオン」
意外にも芯のある低い声で博士がレオンに近づくと、ポンと頭に手を置いた。
「久しぶりだ。元気にしていたか」
博士、笑うとまたイメージ変わるなぁ。
お花みたいに、柔らかくて、かわいらしい雰囲気が醸し出される。
「ねぇ、見て見て、レオンくんの顔」
するとその時、耳元でぼそりとパパの弾んだ声がした。
――っ。
私は猫のように、体毛という体毛を逆立て、数歩後ずさった。
近寄んなって言ってんの。
耳元で囁くとか論外だから。
気持ち悪い。
私に嫌われたいわけ⁉
「……レオンくんが幼い顔していたから、博士はレオン君にとって母親同然の存在だったんだなって」
見てたよ。私だって。
レオンもそんな顔するんだぁって、可愛い所あるじゃんって、2人の久しぶりの再会を微笑ましく思っていたよ。
ぶち壊したのはパパだからねっ!
パパは私の剣幕に、「あ、はい」と仏像のような顔で頷いた。
でも。
「あの、博士。初めましてで恐縮なのですが、どうして私たちのことを試すような真似をしたんですか?」
「試す?」
博士は、はて、とでも言いたそうな顔で私の顔を見る。
だって、エレベーターはルービックキューブだし、ルーレットだし、この部屋の前には鍵が山積みになっていて。
でも実際には鍵がかかっていなかったなんて、トリックすぎます!
会うまでに難解な壁が立ちはだかりすぎてて。
会うのを拒絶しているようなものですっ。
感動の再会で、危うく流されるところだった。
レオンのことを許していないところも、パパはまだしも私のことを見下しすぎなところも。
未だ私の沸点ですからっ。
しかし博士は、レオンの方を見て。
「まさかレオン、私の返信読んでいないのか?」
と、ぽつり。
……ん?
「へ、返信?」
レオンもきょとんとした顔をする。
「私はレオンの伝書鳩に返信を持たせたはずだぞ。鳩を出してみなさい、レオン」
……
……レオン?
何のことだい?
私とパパは般若のごとく、レオンを睨み上げた。
レオンは「まさかっ」と呟いて、マントの胸元を開く。
――バサァッ。
白い鳩が一匹飛び出してきたかと思いきや、円を描くように部屋の中をくるくる旋回しながら博士の声で喋り始める。
「レオン、別世界から来た2人のこと、承知した。会った時にまた、詳しく話を聞こうではないか。
いつもの合図をくれたら、エレベーターの緊急ボタンを押すことで、自動運転に変わるよう、設定し直しておく。研究室のドアも鍵をかけずにいるから、鍵の山は無視して構わない。慌てずゆっくりおいで」
……
……ふっ
「ふざんけんなぁぁぁぁっ」
めちゃくちゃ博士いいやつじゃん。
私、勘違いをッ。
それもこれもレオンのせいよっ。
今までの苦労全部返せよぉぉぉっ。
パパが「てんこ、どうどう」ガシッと私の両腕を掴む。
私はブンっと全力で振り払った。
だから、気持ち悪いから近づかないで。
触らないで。
ていうか、どうどうはお馬さんでしょ。
投げ飛ばされたいの⁉
「私はあいつが許せないのっ」
ほら、見てみなよ。
レオンったら、片手ポケットに、もう片方の指で爪をイジイジしながら、自分は悪くないって容疑を否認する犯罪者みたいな顔してる。
くぅ、クールぶりやがってさ。
私、あの人のこと、許せないっ。
「まぁ、誰にでも失敗はあるさ」
そんなこと言ったってぇ。
私は鼻を鳴らしてそっぽを向く。
パパったら、自分だってルービックキューブの操作、死に物狂いでやっていたはずなのに、腹は立たないんだろうか。
どうしてそんなに優しくいられるのよ。
「……馬鹿みたい」
「……さ、いいかな」
博士は足元にすり寄るキャンディーちゃんを抱きかかえて、
「改めまして、私はドクター・セレナ・アルケミア。以後、お見知りおきを。気軽に博士とでも呼んでくれたらいい」
君たちのことはレオンから聞いてるよ、そう言いながら、博士は椅子に座る。
「どうぞ、君たちも座って」
座って、たって。
椅子なんてどこにも……。
その時、ズンッと重い振動があたりに響いた。
なにっ⁉ 敵の襲撃⁉
思わず身構えるが、その瞬間、白い床にぽっかりと3つの空洞ができたかと思うと、ウィーンと機械音と共に椅子がせり上がってきた。
「すごいっ……! これも魔法⁉」
「魔法じゃない。科学だ」
……科学⁉
こんな世界にも、その言葉が通用するの⁉
「博士は唯一、この世界で魔法に抗って生きている人間なんだ」
レオンの説明に「抗っているわけじゃないけど」と博士は笑う。
「私の宿命さ」
宿命……?
「私の専門魔法は、ありえないほど愉快で、面白い発明を思いつくアイデアと、それを意図も容易く作り上げてしまう技術に関連するものだから。科学寄りの人間だって、誰も近づかなくなっちゃった寂しい女の宿命だよ」
博士は肩をすくめる。
こんな深い森の中で、1人でこの研究所に暮らしている理由が少しわかった気がした。
「あの、レオンとはどういう……?」
聞いてもいいのかな。
さっきの頭ぽんで、なんとなく強い絆は感じられたんだけど。
気になって。
「まぁ、親みたいなものだよ。この子が5歳の時に町の裏路地で出会って。それ以来、面倒見てやってんだよなぁ」
博士はレオンのうつむき加減な様子を見て、
「ま、これ以上は、いつかこの子の口から聞いてあげてほしい」
私はこくりと黙って頷いた。
「私の紹介はこんなものでいいだろう」
博士は私たちに椅子に座るよう、手で示した。
「君たちの話はレオンから聞いている。非常に興味深い。異世界転生だなんて、そんなこともあるもんなんだな」
本当ですよね。
「未だに私もパパも、一体全体何が起こっているのやらわからなくて」
「ふぅむ」
椅子に腰かける私たちを横目で見て、
「Oracreaに聞いてみよう」と博士はパソコンに向き直った。
なんて?
オラクレア?
「なんですか? それ、その、オラクレア?」
と、パパが首をひねり、博士の背中に問いかける。
おっさんだよなぁ、パパ。
カタカナ苦手だもんねぇ。
「私の発明品の1つだよ」と、得意げな顔で博士が振り返る。
「私の思考を模して、且つ世界中の大量の知識を詰め込んだ魔導書だ。質問すれば勝手に答えを探してくれる、便利なものさ」
私の世界でいう、AIみたいなものかな。
博士はキーボードをカタカタしながら説明を続ける。
「効率よく物事を考えたいときにだけ使うようにしているんだ」
パンッと力強くエンターキーを押す音が部屋に響く。
「これといってピンとくる返事が返ってこないな」
やっぱり、偶然が引き起こした悲劇ってコトぉ……?
せめて転生してきた理由さえわかれば、帰れる方法だって見つかりそうなのに。
「ただ――」
ただ?
「回答としては曖昧ではあるが、一応Oracreaとしての返答がある」
「「お、教えてくださいっ」」
だって、パパによると、早く元の世界に帰らないと、こっちの世界の自分に染まっていっちゃうんでしょ。
記憶も、常識も。
大ピンチじゃない。
博士はくるりと椅子を回転させて私たちの方に顔を向ける。
――この世界に来た理由も、帰る方法も、親子自身が知っている。
「……だってさ」
……何それ。
そんなんじゃ、わかんないよ。
だって。
思い当たる節なんて、ひとつもない。
パパが私の顔を覗き込むのがわかる。
でも、私は不安で、これからの恐怖でいっぱいで。
息を吸う余裕さえ怪しくて。
パパの顔なんて見上げられなかった。
空気を換えるように、「まぁ」と博士が背を伸ばす。
「それをもっと具体化させるために、カロッソは静寂の島をチョイスしたんじゃないか?」
「どういうことですか?」
「静寂の島には“静寂の書庫”っていうのがあってさ、私も実際には足を運んだことなんてないし、噂でしか聞いたことがないんだが、どうも、この世に存在するすべての真実を事細かにまとめて詰め込んだ書庫があるみたいなんだ」
――もしかしたら、その書庫で君たちがこの世界に迷い込んだ理由も、元の世界への帰り方も、見つかるかもしれない。
……そ、それはっ。
「「本当ですかっ」」
「あ、あぁ」と、博士は私とパパの勢いにのけぞり、
「この世っていうのは、この世界だけじゃなくて、君たちがもといた世界も含んでいるらしいから、見つかる可能性としてはゼロじゃない」
もしかして、人前だったからこそ言えなかったけど、それをわかってカロッソは……。
やっぱりあの人、仕事のできる、いい人だ。
信じてよかった。
「そうだ、カロッソはっ。カロッソは今、どうなっているか、わかりませんか⁉」
逆に、どうして今まで忘れていたんだろう。
私の馬鹿、
自分のことばっかりで、不安に押しつぶされて、思い出せなかった。
私が見た、カロッソの最後は。
敵から逃がしてくれた、かっこいい戦闘姿だった。
カロッソは無敵で、不死身だから無事だとは思いたいけど。
まさか、そのままやられたりとか、していないよね⁉
「城の様子を私の鏡で映してみよう」
博士は、机の引き出しから金縁の手鏡を取り出す。
すごい、それでお城の様子が見えるっていうの?
それも科学の力で。
すごい進歩だよ。
この人、なんでも作っちゃうなんて、無敵だなぁ。
遠くでレオンと目が合い、彼は「な、俺の師匠すげぇだろ」と呟いた。
誇らしげだ。
でも、本当に、すごい人だね。
不安と期待と恐怖でぐちゃぐちゃだよ。
カロッソは無事かな。
それに、お城では、街では何が起こっているのか。
敵も、今どこまで近づいてきているのかな。
私たちは、これからどうするべきなのか。
私たちは思わず前のめりになって、鏡を覗き込む。
「それじゃ、いくぞ」
博士はそう言って、金縁を優しく指の腹でなぞった。
その瞬間、鏡の表面がゆらりと波打ち――
私は思わず息を止める。
無事でいて。
どうか、無事で。
ただそれだけ。
それだけを祈るような気持ちで鏡を見つめた。
最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます。
楽しんでいただけましたでしょうかっ。
次回、ep.13は【今とこれからと。】です。
ぜひ、お手すきの際に、よろしくお願いいたします。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします♪




