ep.13 今とこれからと。
鏡の中に写っていたのは、煌びやかな王室だった。
しかし、その華やかさには似合わない、重い空気が部屋を満たしている。
息苦しいほどの緊張感。
部屋の中には甲冑姿の兵士たちをのぞき、3人の人物がいた。
私の目が、そのうちの見覚えのある顔を捉え、思わず胸をなでおろす。
――カロッソだ。
無事だったんだ。よかった。
敵に勝ったんだ。
そりゃそうだよね、カロッソだもん。
無敵だもん。
でも、安心した、よかった。
よかったぁ。
隣を見ると、同じく安堵した顔のパパとレオンが並んでいた。
視線を交わし、小さく笑みを浮かべる。
少しだけ、肩の力が抜けたような気が……しなくもない。
鏡へ目を向けると、カロッソのほかには、玉座に座っている、――あぁ、これが噂の首なし王様ね。
それから、玉座にはもう1人、白いハンカチを目に当て、肩を震わせている、綺麗な女性。おそらくリュミナ姫のママだろうな。
玉座の前で片膝をついているカロッソは、何やら腕に大きなものを抱えている。
私は目を凝らして鏡をのぞく。
籠だ。
鳥を飼育するときに使うような、籠。
しかし、中に閉じ込められているのは鳥ではなかった。
私は思わず息を呑む。
――あの時、私たちを襲った女だ。
大きさは違えど。
めっちゃミニサイズになってる。
でも相も変わらず気持ち悪いな。
全身ぬめったような紫色の女。
籠の格子を掴み、憎悪に満ちた目で国王を見上げている。
「身体を縮小し、封じております。籠からは出られないよう、細工しておりますのでご安心を」
カロッソが籠を国王に掲げる。
国王は黙って頷き、
「お主の、いや、お主らの望みは何だ」
女を見下ろし、低い声で問う。
女の口元が歪み、
「そんなもの、お前たちも薄々気づいているのだろう」
城を脱出する直前に聞こえてきた、しわがれた声が鳥かごから響いてきて。
鏡越しだというのに、背筋が冷える。
あぁ、いやだ。
あの時の恐怖が蘇り、私は自分の腕を抱きしめた。
「私はノクタル教団の一味」
女は不敵に笑い、
「私たちは、素晴らしい国、いや素晴らしい世界を創りたいんだ」
その眼には、狂気じみた光が宿っている。
「だからこそ、今は不必要なものを排除しなければならない時期なのだ」
女は格子にかける手に力を込め、
「ほら、仕事をする前に机の上のものを片付けるだろう。
食事を終えれば、皿やごみカスを片付けるだろう。
客を家に招くなら、部屋を掃除するだろう」
女はそこで一度、言葉を切る。
「それと一緒さぁ」
女は国王を見上げ、
「お前らが雇った占い師にたまたま酒場で出会ってね、面白そうなことを知ってそうだったんで、酔ったあいつに金を握らせ、続きを全部吐かせた。なんだか奇妙な仕掛けもあるみたいで、話すのを渋っていたから、一緒にいた仲間にその呪いを解いてもらってね。
そうすると、ペラペラ話し出して」
その時のことを思い出したのか、馬鹿にしたように女はゲラゲラと笑う。
「隣国の王女が国を滅ぼす専門魔法の使い手だと聞いた。
ちょうどいい。ちょうどいいねぇ。
私たちの計画に必要だったんで、その命を乞うている。ただ、それだけのことだ」
「それだけ、だとっっっ!」
国王のこめかみにギュッとしわが入る。
怒声が王室に響き渡った。
「お主らの身勝手な理屈のためなんぞ、大事な娘には一ミリも触れさせぬ」
国王は拳を握りしめ、玉座の肘掛けが軋んだ音を立てる。
「威勢がいいのは素晴らしいが」
女は国王の怒りに少しもひるまず、むしろ肩を揺らして笑った。
「ただ、そんなことを言って、私の侵入、長期の滞在すら全く気付かなかったじゃないか」
完全なる平和ボケだな? と、女は首を傾げて笑い続ける。
「私が誰だか、わかるか? 私はな――」
女が目を細め、
「シシマルと名乗り、お前たちの大事なお姫様とずっと一緒にいたぞ。触れさせ放題じゃないかぁ」
――シシマル。
まさか、シシマルって。
シシマルって、パパが目覚めたときに会った、あの⁉
あの、インテリ獅子舞のこと⁉
パパ、あんた、結構近くにいたんじゃない?
パパが青ざめ、ヒィッと情けない短い声を上げる。
「もう、必要な情報はすべて仲間たちに流した。私を捕らえて満足している暇なんて、ないんじゃないか?」
格子の奥で、女の口元がゆっくりと吊り上がる。
「どこへ誰と、どんな方法で逃げようが、もう、教団の仲間が姫を探しに動いている。見つけたら最期、捕らえて、保管倉庫に連行するよう、ボスから命じられているのでね。時が来たら、すぐに始末できるように――」
女の笑い声だけが広い王室に不気味に響いていた。
一通り笑い終えたのか、女はふぅ、と息をつく。
「私から、ノクタル教団の情報を引き抜こうとしているのかもしれないが、それも無駄だ」
「なに?」と、国王の目が鋭く細められる。
女はくつくつと喉を鳴らす。
その喉を指でなぞりながら、女は笑った。
「秘密は守るためにある」
その時。
女の首筋に、黒い模様が浮かび上がる。
何あれ。
誰かの……指紋のような。
しかし、私の頭が追いつく間もなく。
まるで墨を垂らすかのごとく指紋は女の体を染めていく。
「――っ カロッソ!」
国王の叫び声が聞こえた、途端。
籠の中からどす黒い光があふれる。
カロッソが籠を放り投げた、
次の瞬間。
ドンっ
鋭い爆発音とともに、籠が弾け飛び、玉座の間を黒煙が包み込んだ。
嘘……何が起こって。
しかし、この一瞬で起こった出来事はそれだけではなかった。
次は。
鏡いっぱいに亀裂が走る。
ビシッ――!!
何、なになになになにっ⁉
蜘蛛の巣のように広がったひびが、鏡全体を覆い尽くす。
「危ないっ」
博士が何もない空間に鏡を放り投げ、て――
パリンッ!!
大きな破裂音とともに鏡が砕け散った。
私の足元に破片が飛んでくる。
そこに写っていた映像は、もちろん途切れていて、もう何も見えなかった。
ただ、うっすらと破片一枚一枚から煙が上がっていた。
「い、今のって……」
私が震える声で尋ねると、博士は床に散らばった破片を見つめながら頷いた。
「おそらく教団員の自爆だろう」
博士は重い口調で、腕を組む。
「仲間と離れて、敵に拘束されたと認定されると、爆ぜるよう、教団の体には呪いがかけられていたんだ」
……なんて恐ろしい。
その爆発が鏡越しにまで届いたってコト?
「カメラを飛ばして撮影し、その映像をこの鏡に映しているから、カメラが爆発でやられたのかもしれないな」
ドローン撮影みたいなものか。
さすが科学を愛し、愛された博士よ。
でも。
ノクタル教団のボスも、仲間のことをそんな容易く殺していいの?
仲間は大事なんじゃ……。
まぁ、あんな奴らにそんな理性が湧くわけないか。
「しかし、カロッソも流石なやつめ。ただでは終わらせないようだな」
博士が愉快そうに、手でコンコンと机の上を軽く叩いた。
「君たちは見たか? 爆発する直前、カロッソがあの女の首筋に浮かんだ奇妙な指紋を写真に収めていたところを」
「指紋?」
レオンが目を瞬かせる。
見えなかったのは、私だけじゃないみたい。
パパも、はて、みたいな顔をしている。
それどころじゃなかったものですから。
色々衝撃がすごくて、今でも頭の処理が追い付いていないのに。
博士は静かに頷く。
「あの指紋をノクタル教団のボスのものだと仮定して」
――ノクタル教団のボス。
思わず息を呑む。
つまり。
あの指紋が浮かんで爆発したっていうことは、ノクタル教団に入団したときの、儀式、みたいな感じで、教団の仲間たちは全員、ボスからチップみたいなのを埋め込まれてるってこと?。
なんだか、気味が悪いけど。
博士は続ける。
「私も詳しい理屈は知らないのだが、犯罪捜査用の魔法技術というものがある。指紋を辿り、持ち主の情報を探る、優れた技術でね、居場所までは無理でも、正体に近付く手掛かりにはなるかもしれない。カロッソは爆発寸前、それを狙って撮ったんだろう」
さすがカロッソ。
どんなにも危ない状況でも、なんて機転が利くやつなのかしら。
わずかな、でも確かな希望。
カロッソが身を挺して次の手立てを作ってくれんだ。
私たちも、何とか静寂の島までパパを送り届けなければ。
「とはいえ」
博士の声が再び重くなる。
「状況は最悪だねぇ」
その一言で空気がピンと張り詰めた。
「あの、さっき女が言ってた、時がきたら、っていうのは?」
パパがブルブル震えながら聞く。
「パパさんはもしかしたら、勘づいているんじゃないか?」
博士が腕を組み、ちらりと目だけパパの方に向ける。
勘づいて?
そうなの?
私はパパの異常なほど汗が浮かんだ顔を見上げた。
パパは、「……なんとなく」と小さく頷いて、
「もう少しで……リュミナ姫の18の誕生日なんだ」
「そうか!」
そこでレオンがガッテンと手を打つ。
「この世界では、18歳になった瞬間が最も、魔法が熟すといわれている。もちろん、その後も魔力の成長はするが、18で完全に基盤が作られてしまう。最も、応用、コントロールしやすい年齢ってわけだ」
なる、ほど。
私のイメージで言うと、紙粘土が固まる前の、一番形を変えやすい瞬間……みたいな感じ?
そこを狙えば、ノクタル教団は、より効果的に、奴らの思い通りに魔法を操り、国を滅ぼすことができると考えているんだ。
「さて。リュミナ姫の誕生日まで、あと何日だ?」
博士の投げかけた質問に、私とレオンは再度パパの方を見る。
パパは「えっと」と震える声を吐き出し、
「10日」
……え
「うん、あと何日って言ったんだ?」
レオンが強張った顔で聞くと、パパの声はそのずんぐりむっくりした大きな体とは真逆に、さらに小さくなって、
「10日」
……はっ
「た、たった10日しかないの⁉」
「……はい」
なんっで、そんな大事なこと、早くいってくれないのよぉぉぉぉぉっ。
パパの馬鹿っ
ま、言われたところでパニックにしか陥らんかったとは思うけどもっ
大事なことは共有しなさいよ
社会人の基本でしょ! 報連相!
落ち着きなさい、と博士は背中越しで言葉を投げかけ、Oracreaを起動させる。
画面に映った情報を見ながら、博士は手を鼻の下に置いて低く唸る。
「どうやら、女が言っていたことは本当みたいだな。敵は既に動いているようだ。街中に教団員が潜伏し、一軒一軒探して回っているらしい」
私は生唾をごくりと飲み込む。
「この家が見つかるのも時間の問題だなぁ」
うそ、こんなセキュリティ万全でも⁉
静寂の島に行かなくても、この家に隠れていたら安心じゃないかって、思っていたのに。
もう一度、あの暗い森を出ないといけないの⁉
怖すぎるよ。
「明日には来る、うん、多分」
あまりにもあっさりした言い方っ。
そんな早く来るんですか⁉
「博士の多分は当たるぜ」
レオンは半泣きな顔で私の顔を見た。
わかってるよっ。
博士の言葉が冗談ではないことくらいわかってるっ。
「日の出前にここを出なさい」
そ、そんなぁ。
「今夜中に静寂の島への地図を用意するし、それから、何か旅に役立ちそうな道具も作っておく。だから今夜は早めに床に就いて、身体を万全に整えること。
――それから」
「寝る前に専門魔法について少し話しておこうか」
そうだ、私も聞いておきたいことが山ほどある。
だって、私だけこの国の知識がないなんて、不利にもほどがあるでしょ。
特に、専門魔法についてはあまりよくわかってないし。
自分の魔法も、あと、パパの魔法、レオンの魔法についても。
ついでに。
私は懐に入れた分厚い資料を取り出す。
カロッソが作ってくれたこれ、解読して何か役に立てなきゃ。
全然眠れなそうじゃん。
テスト前みたいになってるぅ。
でも、不思議と眠気も疲れも感じない。
だって、あと10日しかない。
衝撃の事実よ。
色んな運命が変わるその瞬間がもう差し迫っているの。
眠れるわけ、ないですよねぇ。
まぁ、いいけどね。
日々真面目に学校に通ってても頭には入らなくて、結局テスト前は一夜漬けするタイプだし。
なんたって、オールには慣れてますから!
最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます。
楽しんでいただけましたでしょうかっ。
次回、ep.14は【博士の講義と私の魔法】です。
てんこの魔法がわかっちゃう、見逃し厳禁エピソードです!
ぜひ、お手すきの際に、よろしくお願いいたします。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします♪




