ep.06 最悪の再会
「ねぇ、カロッソは……無事なのかな」
私は、長い沈黙を破った。
「……俺が知るかよ」
夜風になびく赤髪の隙間から、レオンの険しい表情が見える。
私たちは、一匹の竜の背に乗って、広大な夜の空を飛んでいた。
眼下には、流れる雲の中に、宝石みたいな王都の灯りが垣間見える。
そこだけ切り取ればロマンチックな景色なのかもしれない。
でも。
今の私たちは、不安と恐怖をいっぱいに背負っていた。
時を少し戻すと――。
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「それで。具体的に護衛ってなにをすればいいの?」と、レオンが切り出す。
「大まかにお伝えすると、あなた方には静寂の島まで、無事にリュミナ姫をお連れしていただきたいのです」
しじまのしま?
「私の故郷でもあります。そこは世界の喧騒から切り離された、まるで昼下がりのよう――そう歌われている、争いとは縁のない島です」
何それ、天国みたい……!
理想郷だ!
「外界から完全に隔絶されているので、そこまで向かえば、追っても侵入することはできません」
カロッソはそう説明しながら、私たちの身体に巻き付いた縄へ手を伸ばした。
ボウッと青い炎が灯る。
「わっ」
「動かないで。今焼いておりますから」
間近で見る魔法に、胸がざわつく。
魔法の世界なんだぁって。
その時だった。
コンコン、と、控えめに戸を叩く音が響く。
「カロッソ」
戸の向こうから、か細い女性の声が聞こえる。
「リュミナ姫?」カロッソの表情が変わる。
リュミナ姫……?
姫自らお出迎え⁉
「なんて光栄……モガッ」
レオンに口を塞がれる。
な、なに……?
「いるのでしょう、カロッソ」
再び聞こえる声。
でも。
「……なんか、おかしくね?」
レオンが眉をひそめる。
「え? 何が?」
「気配が変だ」
空気が張り詰める。
カロッソが緊張感のある顔で、首元の白い襟を正す。
「残念ですが。皆さんとは一度、お別れをしなければいけないようです」
カロッソが少し寂しそうに笑った。
どういうこと?
戸の向こうにいるのって、リュミナ姫じゃ……?
痛っ。
レオンが私の手を強くひき、戸を離れ、窓際に近づく。
彼の手には、いつも戦闘で使っている、1枚のメモ用紙。
カロッソも腰を低くし、ゆっくり戸に近づいていく。
部屋中に漂う、不穏な空気。
戦闘態勢。
「リュミナ姫を頼みます」
私たちに小さな背を向けたまま、カロッソは静かに言った。
そして戸を開けた瞬間。
――何、あれ。
思考が止まる。
でも。
いくら目をこすっても、現実で。
認識して初めて、恐怖と驚きで視界がぐにゃりと曲がる。
まず見えたのは、緑に光る巨大な円形結界。
カロッソの制御魔法だ。
その向こうに、廊下を埋め尽くすように立つ、大きな女の人がいた。
――紫色。
髪も、目も、首も、すべてが溶けてつながっているような。
全身がぬめったような紫色。
一番の恐怖は、女の両手だった。
「な、何、あの化け物……手が、ざ、ザリガニ?」
喉が震える。
「本物のリュミナ姫はどこにいる」
廊下から、不気味なしわがれた声が漏れる。
「玉座の姫も、王室の姫も、庭園の姫も、ダミーだな。あれで私たちを騙せるつもりか」
そう言って、化け物が結界を叩く。
しかし、カロッソはそれには応答せず、瞬時に私たちの方を振り返って、
「い、行って……行ってください」
カロッソの顔が汗ばんでいた。
「テン、行くぞ」レオンが私の手を引く。
「でもカロッソが……!」
「リュミナ姫の命が先だ。早く、俺たちが先にリュミナ姫を見つけて守らないと!」
そんな。
そんな――。
カロッソ。カロッソ……!
「おい、部屋の中に誰がいる……くそっ、結界が邪魔で見えないッ」
カロッソは苦しい顔で、「ここは任せて。どうか、ご無事で」と言った。
「カロッソが魔法で止めててくれてる。今のうちに」
レオンは紙へ息を吹きかける。
瞬く間に煙を立てて、竜が生まれる。
レオンに手を引かれ、私は半ば引きずられるようにして竜の背中に跨った。
竜は勢いよく窓を突き破り、夜景が一気に吹き飛んだ。
私たちは二人、闇のアルメシア王国へと飛び出した。
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「敵がもう動き始めてる」
レオンがつぶやく。
夜空に紛れたその声は、少し震えているように聞こえた。
「だから、敵より先にリュミナ姫を見つけて、守らないとだろ?」
空の上は肌寒い。
私は竜を操縦するレオンの背中をひしと掴みながら、こぼれそうになる涙をこらえた。
全部夢だったら、どれだけいいか。
夢だったら。
起きたら普通に学校に行って。
友達と喋って。
たわいのないことで笑って――。
「どうして、どうしてこんなことに巻き込まれるの」
朝からずっと、頭が追い付かないよ。
パパのパンツが一緒に干されてたのが嫌で。それでちょっとキレただけなのに。
洗濯機に吸い込まれて。
知らない世界に迷い込んで。
気づいたら脱獄してるし。
生首とか、魔法とか。
見た事のない非日常のことばかりが繰り広げられてる。
挙句の果てに、命を狙われる姫の護衛を条件に死刑を免れたと思ったら、頼れる人と離れ離れになっちゃうし――。
「私、どうしたらいいんだろう」
だめだ、溢れて出る涙が止まらない。
不安と恐怖で押しつぶされそうで。
本当、夢で覚めてほしい。
帰りたい。
「逃げるか?」
「――え?」
月光に照らされたレオンの横顔は、思いのほか優しかった。
「俺も、テンがなぜこの世界に迷い込んできたのかわかんねぇから、帰り方まで導くことはできん。でも、脱獄は成功したんだ。リュミナ姫の護衛は無視して逃げることだってできるぜ」
まぁ、首吹っ飛ぶけどな! と、レオンは場違いなくらい豪快に笑った。
「この世界で死んだら元の世界に戻れる説だってあるかもしれないぜ」
そんなの――。
考えるより先に、言葉が飛び出していた。
「そんなの絶対、だめ!」
私の突然の大声に、レオンの肩がうぉっと跳ねる。
バランスを崩し、竜が大きく上下に揺れた。
構わず、私はレオンの肩を揺さぶった。
「現実世界に戻れるって賭けに出て首吹っ飛ばされるの嫌だし、レオンのことも死なせたくない……それに」
――約束はちゃんと果たしたい。
「だよな」
俺もそうするつもりだったから安心した、そう言って、レオンは唇を持ち上げた。
「レオンの馬鹿っ!」
「なんでだよ」
よし、もう泣くのはやめる。
切り替え、切り替え!
私は両手でパンと頬を叩いた。
「うし、これからどうする?」
「一旦、俺の魔法の師匠の家に行く。もしかしたら、師匠は何か知ってることがあるかもしれないし、頼れる人だから相談してみようぜ」
「承知! そういえばレオンはリュミナ姫の顔、わかるの?」
「あぁ、まぁ、国全体で年に一度開かれる大きなパーティーみたいなものがあって、その時にちらっと遠目で見たくらいなら」
まぁ、それなら探し出せないこともないか。
カロッソは、リュミナ姫をどこに隠したんだろう……。
……ん?
「ねぇ、レオン」
「なんだ? トイレなら我慢しろよ」
「違うわ。なんか、変な声聞こえない?」
「変な声?」
風が強くて聞き取りにくいけど。
耳を澄ませると。
なんかこう、かすれたような、小さな何か、声が――
「…てんこぉ…てんこぉ…」
私の、名前?
「竜の後ろの方だ!」
二人でバッと振り返る。
竜の尻尾のあたりで、宙を揺らぐ影が見えた。
目を凝らす、と――。
「パパ⁉」
「リュミナ姫⁉」
思いもよらず、レオンと声が重なる。
……声が重なる⁉
「え何、リュミナ姫⁉」
「お前、今なんつった⁉」
両者ともに衝撃。
二人で顔を合わせる。
あんた今何、リュミナ姫って言わんかった⁉
私はもう一度振り返る。
「…てんこぉ…頼むぅ…降ろしてくれぇ…腕が、腕が死にそうだぁ」
風にかき消されそうな声。
竜の尻尾に必死で食らいつき、SOSを叫ぶ彼は、まさしくパパだ!
パパの声、パパの顔だ。
いや待てよ。
よく見ると。
待て待て待て待て。
「パ、パパ、ピンクのレースふわふわドレス着てない⁉ 化粧してない⁉」
いつにも増して、気持ち悪っ!
パパが女装してるぅ!
私は思わずぐしゃりと顔をゆがめた。
「テン、どういうことだ⁉」
「わからん、パニック」
だけどぅ。
「多分、多分だけど、パパも私と一緒に異世界転生して、この世界ではリュミナ姫として生きてるんじゃないかな……」
「はぁ? ……一旦下降しよう。話はそれからだ。テン、竜の尻尾まで行って、リュミナ姫のこと引っ張り上げられるか」
「無理。生理的に受け付けられなくて、身体が動かないの」
「はぁ⁉」と、レオンが舌打ちし、「もういいわ、着陸するぞ!」
竜が大きく旋回し、森へと降下していく。
目をぎゅっとつむり、悲鳴を飲み込む。
私は、レオンの腰に回す力を強めた。
顔に降りかかる風が一気に強まり、木々のざわめきが近づく。
「…ちょ…ちょっと待ってぇ! お、俺…落ちる落ちる落ちるぅ!」
後方からわずかに聞こえてくる、リュミナ姫の悲鳴は、風にかき消される。
「落ちんなよ、二人ともぉぉぉぉ」
バサァッと枝をかき分け、竜は茂みの中へドスンと着地した。
着地の衝撃とともに、竜の姿は消える。
土煙が舞い、私は咳き込みながら叫んだ。
「……着陸、雑っ!」
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さてと。
私たちは生い茂る深い森の中、レオンの師匠の家までざくざくと進んでいた。
「てんこ、お前もこっちの世界に来ていたんだな。カロッソに写真見せられた瞬間、叫んじゃったよ。会えて本当によかった」
後ろを歩いていたパパが両手を広げて、私に駆け寄ってくる。
「いや本当に無理。近づかないでほしい、声も掛けないでほしい」
今のパパを見て、私は会えてよかったなんて一ミリも思えんよ。
「鏡見た?」
一見、顔はいつものパパのまま。
太めの困り眉に、口まわりの剃りきれてない濃いひげ。
……で、その顔に厚化粧+薄毛の上にちょこんと乗った王家の冠ですので、気持ち悪さがクライマックス。
何、その、ごっつい首に高そうなネックレス。
胸元が開いたピンクのオフショルドレスはレース何段重ねだよ。
で、胸元から見えるのは、もちろんボーボーの胸毛。
そこからニョキニョキ生えた両腕は毛がびっしり。
「よくその顔で姫で通用したね。おっさんやん」
レオンに聞いても、毎年パーティーで見かけるリュミナ姫と変わらない美しさとか言っていたけど。
「ある種、立派な魔法だよ」
「リュミナ姫」と、前方を歩いていたレオンが振り返る。
「いや……テンの親父さん?」
ほら、困ってんじゃん。
「目的地まで、まだ数キロあります。歩きながら、今までの経緯を話してもらえませんか」
話を整理させたいのは私も山々だった。
パパの方を見上げて話を促す。
「そうだね」
パパはさらに眉を下げ、口を開いた。
「悪夢が始まったのは洗濯機に吸い込まれてから――」
最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます。
楽しんでいただけましたでしょうかっ。
次回、ep.7は【パパの回想、その1】です。
ぜひ、お手すきの際に、よろしくお願いいたします。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします♪




