ep.03 彼の名は、レオン・ヴァルター
赤毛の男は、レオン・ヴァルターと名乗った。
私たちは、お互いの事情を説明し合う。
私の場合は――ご存知の通り、パパともみ合っていたら、洗濯機(が、まず伝わらないから、説明がややこしいっ!)に吸い込まれてしまって、気づいたら見知らぬ場所で目を覚ましたという話。
一方、レオンの話はというと、どうやら、私たちはお互い囚われ人らしい。
牢屋がお隣同士だった私たちは、見回りが来ない時間だけ鉄格子越しに身の上話をして、妙に仲良くなったんだとか。
そこで2人で脱獄しようぜ!となり計画を立てた。
そして、やっとこさ牢屋から抜け出した矢先、調子に乗った馬鹿(私)は滑って転び、頭を打って気絶。
レオンは気絶した私をここまで担いで運んでくれて…‥。
「「納得できるかぁ!」」
思わずハモって叫んでしまい、私たちは同時にハッと口を抑えた。
「……まだ、近くで見張りの男たちが探しているかもしれない」
「そ、そうだよね……でも、一体何が起こっているんだろう」
私は、うーんと唸る。
「……ねぇ、レオン。日本って知ってる? 私、そこに帰りたいの」
しかし、返ってきたのは“知らん”の一言。
っすよねー。
魔法が使えたり、洗濯機が通じない時点で、なんとなく察してたぜ。
「じゃ、じゃあここはどこなの?」
「アルメシア王国だ」
――アルメシア王国。
こう見えて私、学校の授業は真面目に受ける方なんだけど。
地理でも世界史でも、そんな国名一度も登場したことない。
「ち、ちなみに今って何年?」
「魔法が使える国って言ったろ。時間を操れるやつもいる。外の国ではどうか知らんが、少なくともこの国では“何年”という概念はない」
「……最後の質問。私は誰?」
「テネル・ファリンという名前の15の少女だ。俺は“テン”と呼んでいた」
これからもそう呼ばせてもらうぜ、と彼は言いながら、小さな鏡を懐から取り出して私に押し付ける。
「……?」
私は眉をひそめながら、覗き込む。
映っていたのは私自身だった。
見慣れた顔、髪型、表情。
ただ。
首元には煤汚れ。
黒いマント、薄汚れた灰色の服。
いかにも、貧相な路地裏の子、だ。
なんだか、私じゃないみたい。
ふと腰に手をやる。
指先に、服の布地と冷たい金具の感触。
革ベルト、そこから下がった小さな革袋、汚れたブーツ。
鏡に映っているものが全部本物だと、嫌でも実感する。
「これが、今のお前だ、テネル・ファリン」
なるほどね。
私は一つの結論にたどり着く。
夢じゃない、現実世界でもない、魔法の使える国、でも言葉はなぜか通じる、名前の違う私の存在。
ということは――おそらく。
従妹の兄ちゃんが好きで、会うたびに嫌なほど永遠に語ってくるあれだ。
――異世界転生
「嗚呼、夢であってくれ」
でも。
私は近くの壁に手を当てる。
冷たい。ごつごつしてる。
うん、どうしようもなく現実なんだよなぁ。
途方に暮れて、私は目頭を押さえる。
「……レオン」と、私はレオンの肩にそっと手を置く。
「なんだ」
私はワナワナと震えながら、レオンを見上げた。
「私どうやって帰ったらいいと思うぅぅぅ?」
「うわっ、汚ねぇっ! お前、涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃだぞ。めっちゃブ……」
おまっ。
さては貴様、レディに不細工って言いかけたな。
「もうっ、俺のマントに鼻水がつくだろ。離れろ!」
と、レオンは、彼の肩をゆさゆさと揺らしていた私をベリッと剥がした。
「とりあえずその話はあと!」と、レオンがランタンを片手に立ち上がる。
「レ、レオン? どこ行くの?」
「どこって。ここに居座ったって仕方がないだろ。お前だって監獄中の身。このまま捕まっていたら、罪の重さによっては死刑か、どのみち一生日の光を浴びることはできんぞ」
もういやだよぅ。
転生した瞬間、死と隣り合わせなんて。
「一つだけ聞いていい?」
「さっき、最後の質問って言ってたじゃねぇか」
レオンが若干イラついた顔で振り返る。
あふれ出そうになる涙をこらえながら、私も立ち上がった。
長い時間、硬い床に縮こまって座り込んでいたせいで、腰が痛い。
「私は何をして捕まったの?」
「綺麗な下着を盗んでは市場で高く売りつける常習犯」
大馬鹿野郎じゃねぇか。
「とにかく今は外を目指す」
――今、舌打ちしましたよね⁉
先に歩き出したレオンの背中を睨みつける。
「じゃあ、脱獄成功したら絶対に現実世界に帰してよね。協力してよね」
「知らん、どうでもいい」
どうでもいい⁉ だと⁉
こちとら、一大事だぞ。
いいか? と、レオンは立ち止まり、ビシッと私に人差し指を向ける。
「アルメシア王国では、男女関係なく、年上が権限を持つの。そして俺はお前より年上なの。だから、ここからは俺に従え」
――なんてやつ。
私は短くため息をついて、再び歩き出したレオンを追いかけ、隣に並んだ。
「っていうか、レオンは何で牢に入れられているの?」
「なんだっていいだろう」
「私だけ恥晒すなんてフェアじゃない。あー、わかった。どうせしょうもないことで捕まっているんでしょ」
私は、歩くのが早いレオンに必死に食らいつく。
「お前は静かに歩けないのか」
「教えてくれたっていいでしょ」
「ていうか、俺打ち明けたことありますけど。そっちが勝手に記憶なくしてるくせに、よく言うよ」
「やかましいですねぇ。耳がキンキンしますねぇ」
「……今なんていった?」
そこでレオンが立ち止まり、私の鼻先に鋭く指を突きつけた。
「いや、」
「年上に権限がある国と言っただろう。無礼だ。郷に入っては郷に従え」
「いや、あのね、レオン」
「まだ何か……」
レオンはそこでようやく、私の顔が青ざめているのがわかったみたいで。
あのね、あのね、レオン。
私は顔を動かさず、目だけを背後に向ける。
「レオン、さ、さっき喋ったの、私じゃない」
レオンもギョッとした顔つきになる。
ギシ、ギシッと壊れた人形のような音を立てて、2人はゆっくりと首を回し、背後に視線を向ける。
「私ですぅ♡」
暗闇の中に、突然“それ”は浮かんでいた。
白い髪を大きな花の髪留めでお団子に結った、かわいらしい女の子の、
――生首。
水色の瞳がきゅるんと輝き、淡い唇がにっこりと結んでいる。
私とレオンは信じられないほどに目を見開き、暗闇の中自発光するそれを凝視した。
――かわいいけど、かわいいけど、かわいいけど……‼‼‼
「「いやぁぁぁぁーーーーーーーー‼‼‼」」
私とレオンの叫び声が響き、私たちは半泣きで生首に背を向けて猛ダッシュ。
背後からはなんと、楽しそうな生首の「まってくださぁい♡」が追いかけてくる。
「ひえぇぇぇぇぇぇぇ~」
どうしようもなく情けない声を上げて、走った。
気を緩めると、脳内で走馬灯の再生が始まってしまいそうで、叫び、走り続けるほかなかったのであった。
最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます。
楽しんでいただけましたでしょうかっ。
次回、ep.4は【迫りくる運命】です。
ぜひ、お手すきの際に、よろしくお願いいたします。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします♪




