ep.02 赤毛の男
――冷たっ。
頭に水滴が落ちる感覚がして、私はようやく意識を取り戻した。
ようやく洗濯機の渦に吸い込まれる悪夢から抜け出したと思ったのも束の間、今度は床の尋常じゃない冷たさに全身が震える。
なんだか嫌な感じ。
空気も、辺りにこもる匂いも湿っていて、肺の奥にまとわりつくように重たい。
快適じゃないことだけは、はっきりとわかる。
ゆっくり瞼を開けると、辺りは薄暗く、ところどころ橙色に染まっている。
地下道……洞窟?
……イヤ、ナニココォォォォ⁉
知らない場所だ、ということだけが理解できた。
壁も天井も、辺り一面が粗く削られた石でできていて、等間隔に並ぶ松明の灯りがぼんやりと廊下を照らしている。
――ど、どどどどどういうこと……!
声を出そうとして、気づいた。
口元に、誰かの手が押し当てられている。
横に、誰か、いる……?
いや、怖い、怖い。
口元を塞ぐ手を目で追う。
えっとまず、私の口を塞いでるのは、私の右隣にいる、誰かさんの左手で。
どうやら、その人が私の背中に腕を回し、口を押さえているみたい。
私はその肩にもたれかかる形で、二人して冷たくごつごつした床に座り込んでいた。
うん、ここまではわかった。
で、誰⁉
覗き込むも、黒いフードを深くかぶっていて、何の情報も得られないですぅ!
――がっしりとした体形、男の人……?
ふとパパの顔が脳裏をかすめ、ぞっと背筋が凍った。
いや、違う、違う。
パパはもっと尋常じゃない匂いを放ってるから。ただの中年男性特有の匂いだけじゃないから。
私はホッと胸をなでおろした。
……ホッじゃないわ!
いったい何があって、こんな状況になってんだ。
えっと確か、パパともみ合っていたら、すごい吸引力で洗濯機に吸い込まれてここに――。
――もしや、洗濯機の中の世界?
ピコーンと頭の上で豆電球を咲かせてみるが、
なことあってたまるか!
私は自分に呆れつつ、目線だけで周囲を見渡してみる。
廊下は奥へ続いている。左右にも枝分かれしていて、どこまでも同じ景色が続いていた。
あ~もうっ、出口も相手の姿もよく見えない!
「気が付いたか、このバカ」
「ムンッ……!」
突然、小さな火の灯ったランタンが近づき、赤い瞳が視界を射抜いた。
瞳だけじゃない。フードの中から垣間見える、長く艶のある髪も。
あの、あれに似てる。家の近くの田畑に咲いている、彼岸花。
――鮮やかな赤色。
ていうか、バカ? って言ったよな、こいつ。
初対面のレディにバカとかほざいたよな。
「静かにっ‼」
反論言う手前、口元をおさえる手に、力がこもる。
うぐっ。
カツン。
……カツン。
どこからか、音が……。
靴音?
確実にこちらに近づいてきている。
喉がひくりと鳴った。
「おい、脱獄したやつらは⁉」
廊下の曲がり角の向こうから、男の怒鳴り声が響いた。
「それが見つかんなくて……」
「くそっ、急いで探し出せ。見つける前に逃がしたことがカロッソ様にばれたら、定時に帰るどころか生きて帰ることも許されねぇぞ」
曲がり角の向こうに、男たちのランタンの明かりと大柄な男の影が二つ映り、じわじわと近づいてくる。
隣の赤毛の男は、ランタンの明かりをマントの中に隠す。
あの、脱獄したやつらって……。
様子のおかしい私に気づき、隣の赤毛の男が私に耳打ちする。
「バレたら牢屋に逆戻りか処刑だ。おとなしく静かにしてろ」
脱獄って……私が?
私が、赤毛の男の発した言葉を理解するよりも早く、彼は懐からメモ帳を取り出し、一枚ちぎった。紙をグチャッと丸め、息を吹きかける。
すると紙切れは、一瞬煙に包まれ――赤い鳩へと姿を変えた。
……は?
鳩は赤毛の手元からバサッと羽を広げて飛び立ち、曲がり角を曲がる。
「なんだ、ものすごい風が吹いたぞ」
「何か頬をかすめたような……」
男達の足音が止まる。
その隙を縫うように、遠くから別の男の声が響いた。
「ダツゴクハンハ、ヒガシノデグチニムカッテイル‼」
「よしっ、東にむかうぞ!」
男たちの足音が次第に遠ざかっていく。
赤毛の男がふぅと息をついた。
……むぅぅ。もう我慢できん!
私はええい!と、口元の手を振りほどく。
「今のは、一体何!? 何が起こっているの⁉」
「何って……俺のイリュージョンだけど」
イリュージョンって。
私はあんぐりと口を開ける。
「今の状況に種と仕掛けがあるってこと?」
「んなもん、あるわけねぇだろ」と、赤毛の男の呆れ切ったような目が刺さった。
「――これは俺の魔法なんだから」
魔法? だとぅ?
何言ってんの、このご時世に。
魔法なんか、あってたまるかい。
「前にも見せた事あるだろ、俺のイリュージョン」
そう言って、赤毛の男はジトーっとした目つきのまま、両手の掌を顔の前で掲げる。
前にも、見せた、事、ある?
え、初めましてですよね。
赤毛の男は懐から先ほどのメモ帳を取り出し、同じように一枚をちぎる。
彼が息を吹きかけると、紙はぼわんと煙に包まれ――赤い鳩へと変わった。
鳩は赤毛の男の周りをクルクル飛び回る。
「バカヤロー、バカヤロー」
その声!
紛れもなく、さっき遠くから聞こえてきた、男たちを誘導した声だ!
今は音量調整されて小さくなっているけど、間違いない。
「な、俺のイリュージョンすごいだろ、鳩以外にもなんだって作れる」
赤毛の男は、得意げに口の端を上げた。
クールな兄さんなんかなって思ってたけど、そんな要素は微塵もなく、彼は褒められたい子どもみたいな表情をしている。
すーっと私は細い息を吸った。
「やけにリアルだけど。まぁたまにはそんな夢もあっていいか」
「は? 夢? 何寝ぼけて……」と、男は私の頬に手を伸ばす。
「痛いっ! 何ですか! 急につねったりして……」
……痛い?
しばし、時が止まる。
「夢じゃないのっ⁉」
私の声が廊下にビーンと響いた瞬間、赤毛の男が慌てて私の口を再び塞いだ。
「だから静かにしろって言ってんだろ‼ お前、声量だけは威勢がいいようだな」
……お褒め頂き、ありがとうございます(?)
最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます。
楽しんでいただけましたでしょうかっ。
次回、ep.3は【彼の名は、レオン・ヴァルター】です。
ぜひ、お手すきの際に、よろしくお願いいたします。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします♪




