ep.22 偽りなき、答えを。
デデンデンデデン
デデンデンデデン
崖から突き出た岩を、ぴょいぴょいっと軽やかに飛び移る。
最後の岩を強く蹴ると、峡谷の底めがけて飛び降りる。
ザンッ!
はいっ、地面へ思いっきりに着地。
その衝撃で足元の小石が四方へ弾け飛んだ。
デデンデンデデン
デデンデンデデン
私はこの素晴らしい世界に向かって、どーんと両足を開いて踏ん張った。
手も思いきり上に伸ばして、体を目いっぱいに広げる。
だって――
雲一つない、晴れ渡る空、
降り注ぐ陽光!
峡谷を吹き抜け、肌にさらりと撫でていく、湿り気を帯びた風、
岩壁に反響する激流の轟音――
ギュルルルルルルルゥッ~
…‥‥ハッ!
「……鳴りやまねぇ、腹の虫。立派な戦闘日和ですこと」
……っ(赤面)
「レディに向かって、あんたってやつは……」
私は近くの大きな岩に飛び乗り、それを踏み台にして、峡谷の上から優雅にトントンと岩の階段を下りてくるレオンめがけ、
「おちょくんなって言ってんの!」
勢いよく飛び蹴りを放つ、が――。
……アッ
「ばぁか、足短いから届いてませんよぉ」
ぐぬぬぬ(二度目の赤面)
ほんっと、失礼な奴。
私より年上だからって、スカして、偉そうに。
しかも、白目をひん剥き、鼻の下を伸ばして、全力で私をおちょくる変顔ぶっかましてきやがって。
いつか、ぶってやるんだから。
なんなら、この博士に頂戴した「一度しか使えないけど、誰相手だろうが一発でとっちめてやる、なんかすごい剣」あんたに使ってやろうか!
「お前の食い意地がすごすぎるんだよ。博士が用意してくれた一週間分の食料、三日で食っちまうんだから」
……だって昨日の夜はお腹すいてたんだもん!
腹がすいては戦はできぬって言うでしょうよ。
「だからって、全部食っちまって朝飯の分がなかったら、結局腹がすいたまま戦を迎えることになるだろうが」
ぐっ。
お、おっしゃる通りで。
私は、ポケットに手を突っ込んだまま、パンを頬張るレオンに威嚇を放つ。
ギュルルルルルルルゥッ~
無論、私の食料はもう、ない。
……でもよかった。
今日のレオンは、いい意味で緊張感がない。
誰にも振り回されずに、自分のペースを持ってる気がする。
昨晩あれだけ、特訓したんだもん。
お互いの、生まれてから今まで。
笑った思い出も、涙の思い出も。
家族のこと。
お互いの――打ち明けたことのない、本音と秘密。
その甲斐あって、お互い、人に胸の内を素直に明かすことが、こんなにも清々しいものなんだって、その気持ちよさを知った。
もうなんだか今なら、誰に対しても、嘘をつかずに堂々といられる気がする。
これなら。
バンッ!
茶屋の玄関が勢いよく開く。
姿を現したのは、おじいちゃんと、おばあちゃんA、B。
私とレオンは反射的に戦闘態勢をとる。
デデンデンデデン
デデンデンデデン
脳裏では、ターミネーターのメインタイトルBGMがやまない。
ん?
……おじいちゃんたら、ワナワナ震えてどうしたんだろう。
体調悪いのかな。
「ぁ、朝から……とゆーか、夜からぁっ! 人の家の前で、お主ら騒がしいんじゃ! 近所迷惑にもほどがあるじゃろうがっっ!」
ひゃぁっ。
ご、ごめんなさいいいいいっ。
「おはよう」より先に、まさかの説教が飛んでくる。
「まったく。普段は逃げられたり、無謀に挑んできたりされても、勝ち目のない連中ばかりというのに。昨日はうまく逃げられてしまって。ほんと妙な子たちだこと」
「それに、あれだけ、私たちの“本性”を見せつけられたのに、まだ懲りないなんて、相当な変わり者のようじゃのぅ」
「お主ら。昨日とは違って、今日はずいぶんと晴れやかな顔をしとるじゃないか」
――とはいえ。
穏やかな空気が一瞬で打ち切られる。
おじいちゃんの目が研ぎ澄まされたよう。
「一度、通ることを禁じられた者じゃ。情けも容赦もせん」
昨日と同じ緊張。
もう、二度と味わうことのできない。
失敗は絶対に許されない。
「では、娘」
おじいちゃんは私へと、獲物を定める。
――お主の、本音を問う。
本音。
耳がその言葉を捉えた瞬間、頭を支配するようにいっぱいになる。
ごくり、と喉が鳴った。
本音、か。
……大丈夫。
だってもう、私は答えを知っているから。
昨日レオンと語り合う中で、もうちゃんと端のほうまで形にしたもん。
学校の期末テストで、前日に解いた問題と全く同じだった、その問題を一問目に迎えた、あの安心感。
もう、大丈夫。
次第に、全身に張り詰めたワイヤーのようなものが次第にほぐれていく、温かい感覚。
「私は……昔から、パパのことが大好きなんです」
その一言を口にした瞬間、もうどうでもいいやって、不思議なくらい胸が軽くなった。
全部、言っちゃえって。
伝わってしまえって、気持ちになる。
「昔はよく一緒にお出かけしたり、絵本を読んでもらったり、自転車の漕ぎ方を教えてもらったり、マラソン大会に向けて毎朝近所をジョギングしたり、母の日やママの誕生日には、パパと一緒に料理を作ってサプライズしたり」
パパとの楽しい思い出は尽きなかった。
埃をかぶったアルバムをめくれば、その証拠はたくさん詰まっている。
いつも楽しそうな顔を幼き私は浮かべていた。
でも、ある時から、私は大人になることを知ってしまったの。
将来どうなりたいか、内面、外面、それぞれどんな人でありたいか、何を大切にしていきたいか、どう考えていきたいか。
テレビ、SNS、クラスのお友達。
特に同い年か、少し上の年齢の人を中心に、周りを気にするようになってから、自分の意志や考え、軸、価値観を強く意識するようになっていった。
それまで満点だったはずのパパとママの回答が、そうじゃないかもしれないって。
パパとママの正解じゃなくて、自分で決めたいっていう気持ちが強くなってしまった。
早く大人になりたかった。
だからかな、子ども扱いされるのが、恥ずかしくて、どこか照れくさくなってしまって、素直になれなくて。
反抗したり。
無視したり。
冷たくしたり。
嫌な顔したり。
傷つくようなことを言ってしまったり。
「そんな言葉はっ、気持ちはっ、本当は、全部逆で」
いつだって、素直になりたかったんだよ。
「私は、パパとママが誰よりも大好きです、これが――」
――私の本音。
一気に喋っちゃった。
口の中がカラカラだ。
それに、体中が熱くなってる。
ある種、パパがここにいなくて正解だったかもしれない。
まだ私は、パパ目の前でこんな気持ちは吐き出せないよ。
命がかかってるから、言えるのであって。
そんな私はまだ、どうしようもない子供だ。
番人たちは何も言わない。
あの、ピンポンも、ブッブーの機械音も、聞こえてこない。
ただ静かに六つの瞳が、私をまっすぐに見つめるだけだった。
……エ゛
私、なんか間違ったかな。
十分に素直な気持ちをぶっちゃけたつもりなんだけど。
え、なに。
この間はなに。
ど、どどどどどどどうしたらいいの!
やることはやったつもりだけど。
「……次」
途端に怖くなってきたその時、番人たちの視線は今度はレオンへ向く。
「問いは昨日と同じ」
――あんたが人生で最も後悔していることは、なんだ。
レオンはしばらく黙っていた。
大丈夫だよ、レオン。
私は心の中でそっとエールを送る。
だって、私はその答えを聞いたから。
レオンは、自分が嘘をついたことを知っていた。
レオンはわかってるはずなの、本当の気持ち。
それをもう一度、吐くだけ。
思い返すのはしんどいと思う。
でも――。
いつか乗り越えないといけないその壁を、今迎えただけだからさ。
やがて、レオンは小さく息を吐く。
「俺の後悔は、罪を犯したことだ」
「はて」
おばあちゃんAが首を傾げる。
「昨日と同じじゃないか。それでいい――」
「――うるせぇな。まだ続きがあるんだよ。人の話は最後まで聞けっつうの」
その一言に、おばあちゃんAとBは眉間にぴくりとしわを寄せるが、おじいちゃんが間に入って手で制し、レオンに先を促す。
「俺の母さんは、俺が記憶もないくらい幼いころに、病気で死んだ。
それから俺を一人で育ててくれたのは、世界一の伝説のマジシャンと呼ばれる親父だった」
――親父と一緒に世界中を旅して、人を驚かせて、笑わせて回ってた。
その横顔には、どこか懐かしさが浮かぶ。
「親父は、老若男女、大きな騒がしい町でも、村里離れた小さな村でも、誰にだって人気者だった。営業が終わっても、話を聞きにきたり、握手を求める者は大勢いて、ショー終わりで疲れているはずなのに、親父は笑顔を絶やさず、いつだってみんなと向き合っていた」
――でもそうやって人気になると、恨みたくなるやつはいるんだよ、
「ある日突然、親父は殺されたんだ、同じ業界の人間にな」
拳がゆっくりと握られる。
「実際は、手錠をかけた状態で、水槽から脱出するマジックの途中で、溺れ死んだんだ……でも、親父が失敗するわけない。
そう睨んで、血眼になって調査していたら、俺の読みは合っていた。
どうやら、親父のアシスタントをしていたやつが、伝説の座を奪い取ろうと、殺害を目論んだって」
――知ったのは。
レオンの声が震える。
「博士に路地裏で拾われて生き延びて、その数年後」
許せなかった、許せるはずがなかった。
自分の利益の為に、俺から大事なものを、大事な人の命を奪って、のうのうと生きている奴が。
レオンは目を閉じる。
「気づけば俺は、そいつをショーの後に呼び出した。
そうしたらあいつ、俺が成長した実の息子だって気づいた途端、慌ててぺちゃくちゃ喋り出して。
わざとじゃない、儲けがあるのに変えようとしない親父の生活が気にくわなくて、僕ならもっとうまくやれるからって、だから殺したと、そいつは吐き出した。
……もう、怒りが抑えられなくて、殴りかかっちまったんだ。
始めたら、止まらなくて。
何度も何度も何度も、その顔を殴り倒して。
でも、ふと、我に返って。
気づいた。
あいつの、ボッコボコに腫れあがった顔を見た瞬間、」
――あぁ、復讐なんて何も残らないんだなって。
一拍置いて、さらに続ける。
「俺は、父さんの教えを破ってまで、何を得るんだろうかと」
――人の笑顔を絶やすんじゃない。どれだけ恨んでも、苦しくても。マジシャンは常に人を笑顔にする種を蒔き続ける仕事だからね。
「俺は、大事な人の教えを破り罪を犯した、それが俺の後悔だ」
最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます。
楽しんでいただけましたでしょうかっ。
次回、ep.23は【旅は続くよ、どこまでも。】です。
ぜひ、お手すきの際に、よろしくお願いいたします。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします♪




