表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姫(パパ)を守護せよ、思春期ムスメ‼  作者: 藤尾香夜
第一章 新世界の幕開け
PR
21/24

ep.21 語らいの前夜祭

 ガンッ


 峡谷を流れる轟音の中に、レオンが茶屋を無理にこじ開けようとする音が浮かぶ。


 辺りは、すっかり夜に包まれていた。

 峡谷の底まで届いていた夕暮れの名残も消え、目を凝らさなければ、目一杯に手を伸ばした先すらおぼつかない。


 ガンッ


 引いた戸が鍵に食い止められた鈍い音が、もう一度。


 ガンッ

 ガンッ

 ガンッ


 また、もう一度。

 さらにもう一度。

 レオンは狂ったように何度も何度も、茶屋の戸を引いていた。


 ……ブ、ブチギレてるぅ。

 ど、どうしよう、怒ってる、レオンが怒ってるぅ。


 いや、そりゃそうだよね。

 だって私、今なんて言った⁉


 ――だからなんとなく、この峡谷のチャンスはあと一回だけだと思う。


 ――それに、レオンだけの責任じゃないよ


 ――ねぇ、レオン。お互い、素直になろう


 ぐはぁっ。

 私の馬鹿ぁっ。

 なぁんっでこうも、いっつも口を開けば余計なことばかり言っちゃうかなぁ。

 己の失敗で計画が狂ってしまい、仲間に迷惑をかけて、今まさに心がズタズタになってる人に、私は何てことをッ。


 しかもしかも。

 私は、私っていう人間は、レオンにとってどんな存在か、考えてみよう。


 最近出会ったばかり、

 年下、

 どこから来たかもわからないような女、

 レオンの過去も知らない、

 この国のことも知らない、

 いつも父親に歯向かっているような、口の悪い、

 魔法の基礎だって見習い中の

 ガキっ。


 何を私は、知ったような、舐めたような口をきいてしまっているんだ。


 もちろん、私はこれからのこと、レオンのことを想って、正しい選択をしたつもりだよ。

 それに、余計なことを口走っちゃう前に、これでいいのかなってストップして考えたし。

 でも、向いてないの、私。

 考えるより先に、伝えなきゃって思ったことが、口から飛び出してくんの!


 ……その結果がコレデス。

 いい加減、私も学んで成長しないと。


 ガンッ


 ひぃっ。

 まただ。

 レオンが何度も戸を乱雑に引いて、わざと大きな音を立てているのだって、きっと私にムカついているからだよね。


 ど、どうしよう、

 そう思うと、ますます声をかける勇気が出ない。

 そもそも、何て声を掛けたら。

 でもまた、火に油を注いじゃうようなことを言っちゃいそうで、心底怖い。


 そこに。


 呼んだ? とでも言いたげな様子で、長く伸びた雲の切れ目から、月がそっと顔を覗かせる。

 こぼれ落ちた月明かりは峡谷のゴツゴツした岩肌を照らし、岸辺に揺れる茂みを浮かび上がらせ、無数の岩々の輪郭をなぞるように広がっていく。


 その光は、レオンの顔をも照らした。


 ……レオン。

 その表情に、私は目を見開く。


 月明かりに浮かび上がったレオンは――。


 ボロボロに泣いていた。


 レオンが泣いている場面は、今までに何度か見た事がある。

 基本、何かに襲われそうになった直前に、レオンはビビッて泣いちゃうの。

 でも。


 そんな泣き顔とは、到底わけが違うような、そんな雰囲気だった。


 今にも助けを求めそうなほど、追い詰められた人の泣き顔だった。

 苦しくて、辛くて、

 張り詰めた糸が、今にも切れてしまいそうで。


 あぁ、この人は人に甘える方法も、素直になる方法も、助けを求める方法も知らずに、ずっと一人で耐え続けてきた人なんだなって、そう悟った。


「……ねぇ、レオンったら」


 呼びかけても、返事はなく。

 レオンは戸に手を掛けたまま俯いていた。


 肩が震えているのが見える。


 こんな時、どうしたらいいんだろう。

 パパだったら?

 何て、声をかけるかな。

 敢えて、ジョークで笑いを呼ぶのかな。

 雑談、するとか。

 それとも、己の経験を語って、大丈夫だよって笑い飛ばす?


 だめだ、どの手段を取っても、今度こそレオンの堪忍袋の緒を切ってしまう予感がする。

 慰める言葉なんて見つからない。

 励ます資格があるとも思えない。


「……分からないんだ」


 先に胸の内を言葉にしたのはレオンの方だった。

「分からなくなったんだよ‼」

 レオンは拳を強く握る。


「……簡単に言うなよ。素直になるなんて、そんな難しいこと、俺にはできねぇよ」


「強がり」

「……あ゛っ?」


 ひっ。

 そんな刺すような目で見ないでよ。

 だって。

 ギュってしてる拳が、震えてる。

 人に本音を伝えるのが、過去を振り返るのが怖い証拠。


「こんな時にも、私相手で嘘をつくんだもん、三問峡を突破できるわけがないでしょ」

「うるせぇな。明日はできるから。今伝える必要なんて、ないだろ」


 私にとってレオンは、こんなにも大切な存在なのに。

 レオンが包み隠さず本音をぶちまけても、それがどんな中身だろうと、絶対に嫌いにならないって、どうやったら立証できるだろうか。


「ねぇ、レオンのパパってどんな人?」

「……は?」


 私は長椅子から立ち上がり、レオンの近くの岩に移動する。


「私のパパはねぇ、変な人!」


 それから、ちょー真面目。

 あと、弱気で腰が低いの、どんな人にも遠慮しがち。

 いつも部屋の隅っこで、空気と化してて。

 だいぶ面倒臭い人でもある。

 変なこだわりも強いし。

 でも、優しい人だとは思う。

 いつも、誰かのことを考えて、動いてる。

 気疲れとか、しないのかなぁ。

 特に家族は第一優先でね。


「パパはね、週に一回夜ご飯を担当しているんだけど、絶対にカレーしか作らないの」


 何の話だよ、とレオンはようやく泣くのをやめる。

 怪訝そうな顔でこちらを見た。

 気でも狂ったか、って顔かい?

 いいよ、私に話、黙って聞いてな。


「そのカレーもね、ルーじゃなくて、スパイスからなんだよ。前日から、玉ねぎ煮込み始めるの」


 アルメシア王国にもカレーはあるのかな。

 理解しているのか、いないのか、レオンはムスっと頬杖をついて聞いている。


「レオンはパパのご飯の思い出とか、あるの?」


 ごくり。

 生唾を飲み込む。

 これは賭けだ、レオンが私に胸の内を明かしてくれる一歩となるか。

 でも、こうでもしないと、話してくれないんだもん。

 吉と出るか、凶と出るか。


「……あるよ」


 ……っしゃぁぁぁっ。

 話してくれた!

 内心ガッツポーズを取りながら、私はその飛び跳ねたい気持ちを抑え込んで尋ねる。


「へぇっ! どんな料理なの⁉」

「……ただの、オムライスだよ。だいぶ小さい時の記憶だけど、毎日、そればっかりだったから、鮮明に覚えてる」

 ――親父、料理苦手だったなぁ。

 レオンは小枝を拾い、その先っちょで、地面に何やら落書きを始めた。


「毎回、卵が破れてぐちゃぐちゃになるんだけどさ、誤魔化すみたいに、その上から俺の名前をケチャップで書いてくれるの」


 地面に書いた文字は、“レオン・ヴァルター”

 レオンは再び頬杖をつき、その文字を眺める。


「でも親父、不器用だから、読めないくらい字が汚くて。結局毎度、世界で一番汚いオムライスの完成だった」


 すると突然、レオンはくくっと喉を鳴らした。

「『これは新しいデザインだ』とか言い訳し始めてさ」


 レオンは夜空へ視線を向ける。

「あー」と、低い声を飛ばした。


「……もう一回だけでいいから、食べたかったなぁ」

 その声は風に溶けるほど小さかった。


「じゃあ、レオンのパパの変なところは?」

「まだ、続くのかよ」

 レオンはげっそりとため息をつく。


 ふふん。

 でも私、知ってるんだ。

 レオンが自分の髪をいじってるときは、楽しそう、俺も仲間に入れてほしいって時。

 乗り気なの、見え見えなんだから。


 私はレオンにバレないよう、こっそり笑みを漏らす。


「先行は、私のパパね!」


 えっとまず、新聞の切り抜きとか、ネット記事とか、啓発本とか、この人の考え良いなって思ったら、印刷して切り抜いて、家の壁のあちこちに張るの。

 特にトイレはお気に入りの場所らしくて、たくさん並んでる。

 便器に腰を下ろすたびに、否が応でも新しい記事と対面することになるから、うざってなるんだけど。

 ネットの記事なんて、チャットで送りつけてくるしね。

 中学生の娘が読まんよって話なのにさ。


 あとは、親戚の集まりの時に、謎におばあちゃんちでクラシックを流すところ。


 あ、変なバンド組んで音楽活動しているところも、朝ご飯に見た事のない何かを並べているところも、基本パンツ一丁なところも。


 そうだ。旅行に行くと、写真を撮ってくれる担当はパパなんだけど、逆に私がパパを被写体にしようとすると、変顔でしか、待ち構えてくれないところ。


 それからぁ、


「止まんねぇな。好きだねぇ、パパ」


 ……何その顔!

 面白がったような顔して。

 好きじゃないから。

 パパの変なところ挙げていってるだけだし。

 ていうか、気づいたら私ばっかり喋ってるじゃん!

 腹たつぅ。

 あぁ、もうっ。


「つ、次はレオンの番だから!」

「はいはい、そうだなぁ……」


 私たちは夜が明けるまで、お互いの父親の話や、誰にも言えなかった本音を語り合った。


 迫る三問峡への再挑戦を前にした、束の間の時間に。

最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます。

楽しんでいただけましたでしょうかっ。


次回、ep.22は【偽りなき、答えを。】です。

ぜひ、お手すきの際に、よろしくお願いいたします。


今後とも、どうぞよろしくお願いいたします♪

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ