ep.21 語らいの前夜祭
ガンッ
峡谷を流れる轟音の中に、レオンが茶屋を無理にこじ開けようとする音が浮かぶ。
辺りは、すっかり夜に包まれていた。
峡谷の底まで届いていた夕暮れの名残も消え、目を凝らさなければ、目一杯に手を伸ばした先すらおぼつかない。
ガンッ
引いた戸が鍵に食い止められた鈍い音が、もう一度。
ガンッ
ガンッ
ガンッ
また、もう一度。
さらにもう一度。
レオンは狂ったように何度も何度も、茶屋の戸を引いていた。
……ブ、ブチギレてるぅ。
ど、どうしよう、怒ってる、レオンが怒ってるぅ。
いや、そりゃそうだよね。
だって私、今なんて言った⁉
――だからなんとなく、この峡谷のチャンスはあと一回だけだと思う。
――それに、レオンだけの責任じゃないよ
――ねぇ、レオン。お互い、素直になろう
ぐはぁっ。
私の馬鹿ぁっ。
なぁんっでこうも、いっつも口を開けば余計なことばかり言っちゃうかなぁ。
己の失敗で計画が狂ってしまい、仲間に迷惑をかけて、今まさに心がズタズタになってる人に、私は何てことをッ。
しかもしかも。
私は、私っていう人間は、レオンにとってどんな存在か、考えてみよう。
最近出会ったばかり、
年下、
どこから来たかもわからないような女、
レオンの過去も知らない、
この国のことも知らない、
いつも父親に歯向かっているような、口の悪い、
魔法の基礎だって見習い中の
ガキっ。
何を私は、知ったような、舐めたような口をきいてしまっているんだ。
もちろん、私はこれからのこと、レオンのことを想って、正しい選択をしたつもりだよ。
それに、余計なことを口走っちゃう前に、これでいいのかなってストップして考えたし。
でも、向いてないの、私。
考えるより先に、伝えなきゃって思ったことが、口から飛び出してくんの!
……その結果がコレデス。
いい加減、私も学んで成長しないと。
ガンッ
ひぃっ。
まただ。
レオンが何度も戸を乱雑に引いて、わざと大きな音を立てているのだって、きっと私にムカついているからだよね。
ど、どうしよう、
そう思うと、ますます声をかける勇気が出ない。
そもそも、何て声を掛けたら。
でもまた、火に油を注いじゃうようなことを言っちゃいそうで、心底怖い。
そこに。
呼んだ? とでも言いたげな様子で、長く伸びた雲の切れ目から、月がそっと顔を覗かせる。
こぼれ落ちた月明かりは峡谷のゴツゴツした岩肌を照らし、岸辺に揺れる茂みを浮かび上がらせ、無数の岩々の輪郭をなぞるように広がっていく。
その光は、レオンの顔をも照らした。
……レオン。
その表情に、私は目を見開く。
月明かりに浮かび上がったレオンは――。
ボロボロに泣いていた。
レオンが泣いている場面は、今までに何度か見た事がある。
基本、何かに襲われそうになった直前に、レオンはビビッて泣いちゃうの。
でも。
そんな泣き顔とは、到底わけが違うような、そんな雰囲気だった。
今にも助けを求めそうなほど、追い詰められた人の泣き顔だった。
苦しくて、辛くて、
張り詰めた糸が、今にも切れてしまいそうで。
あぁ、この人は人に甘える方法も、素直になる方法も、助けを求める方法も知らずに、ずっと一人で耐え続けてきた人なんだなって、そう悟った。
「……ねぇ、レオンったら」
呼びかけても、返事はなく。
レオンは戸に手を掛けたまま俯いていた。
肩が震えているのが見える。
こんな時、どうしたらいいんだろう。
パパだったら?
何て、声をかけるかな。
敢えて、ジョークで笑いを呼ぶのかな。
雑談、するとか。
それとも、己の経験を語って、大丈夫だよって笑い飛ばす?
だめだ、どの手段を取っても、今度こそレオンの堪忍袋の緒を切ってしまう予感がする。
慰める言葉なんて見つからない。
励ます資格があるとも思えない。
「……分からないんだ」
先に胸の内を言葉にしたのはレオンの方だった。
「分からなくなったんだよ‼」
レオンは拳を強く握る。
「……簡単に言うなよ。素直になるなんて、そんな難しいこと、俺にはできねぇよ」
「強がり」
「……あ゛っ?」
ひっ。
そんな刺すような目で見ないでよ。
だって。
ギュってしてる拳が、震えてる。
人に本音を伝えるのが、過去を振り返るのが怖い証拠。
「こんな時にも、私相手で嘘をつくんだもん、三問峡を突破できるわけがないでしょ」
「うるせぇな。明日はできるから。今伝える必要なんて、ないだろ」
私にとってレオンは、こんなにも大切な存在なのに。
レオンが包み隠さず本音をぶちまけても、それがどんな中身だろうと、絶対に嫌いにならないって、どうやったら立証できるだろうか。
「ねぇ、レオンのパパってどんな人?」
「……は?」
私は長椅子から立ち上がり、レオンの近くの岩に移動する。
「私のパパはねぇ、変な人!」
それから、ちょー真面目。
あと、弱気で腰が低いの、どんな人にも遠慮しがち。
いつも部屋の隅っこで、空気と化してて。
だいぶ面倒臭い人でもある。
変なこだわりも強いし。
でも、優しい人だとは思う。
いつも、誰かのことを考えて、動いてる。
気疲れとか、しないのかなぁ。
特に家族は第一優先でね。
「パパはね、週に一回夜ご飯を担当しているんだけど、絶対にカレーしか作らないの」
何の話だよ、とレオンはようやく泣くのをやめる。
怪訝そうな顔でこちらを見た。
気でも狂ったか、って顔かい?
いいよ、私に話、黙って聞いてな。
「そのカレーもね、ルーじゃなくて、スパイスからなんだよ。前日から、玉ねぎ煮込み始めるの」
アルメシア王国にもカレーはあるのかな。
理解しているのか、いないのか、レオンはムスっと頬杖をついて聞いている。
「レオンはパパのご飯の思い出とか、あるの?」
ごくり。
生唾を飲み込む。
これは賭けだ、レオンが私に胸の内を明かしてくれる一歩となるか。
でも、こうでもしないと、話してくれないんだもん。
吉と出るか、凶と出るか。
「……あるよ」
……っしゃぁぁぁっ。
話してくれた!
内心ガッツポーズを取りながら、私はその飛び跳ねたい気持ちを抑え込んで尋ねる。
「へぇっ! どんな料理なの⁉」
「……ただの、オムライスだよ。だいぶ小さい時の記憶だけど、毎日、そればっかりだったから、鮮明に覚えてる」
――親父、料理苦手だったなぁ。
レオンは小枝を拾い、その先っちょで、地面に何やら落書きを始めた。
「毎回、卵が破れてぐちゃぐちゃになるんだけどさ、誤魔化すみたいに、その上から俺の名前をケチャップで書いてくれるの」
地面に書いた文字は、“レオン・ヴァルター”
レオンは再び頬杖をつき、その文字を眺める。
「でも親父、不器用だから、読めないくらい字が汚くて。結局毎度、世界で一番汚いオムライスの完成だった」
すると突然、レオンはくくっと喉を鳴らした。
「『これは新しいデザインだ』とか言い訳し始めてさ」
レオンは夜空へ視線を向ける。
「あー」と、低い声を飛ばした。
「……もう一回だけでいいから、食べたかったなぁ」
その声は風に溶けるほど小さかった。
「じゃあ、レオンのパパの変なところは?」
「まだ、続くのかよ」
レオンはげっそりとため息をつく。
ふふん。
でも私、知ってるんだ。
レオンが自分の髪をいじってるときは、楽しそう、俺も仲間に入れてほしいって時。
乗り気なの、見え見えなんだから。
私はレオンにバレないよう、こっそり笑みを漏らす。
「先行は、私のパパね!」
えっとまず、新聞の切り抜きとか、ネット記事とか、啓発本とか、この人の考え良いなって思ったら、印刷して切り抜いて、家の壁のあちこちに張るの。
特にトイレはお気に入りの場所らしくて、たくさん並んでる。
便器に腰を下ろすたびに、否が応でも新しい記事と対面することになるから、うざってなるんだけど。
ネットの記事なんて、チャットで送りつけてくるしね。
中学生の娘が読まんよって話なのにさ。
あとは、親戚の集まりの時に、謎におばあちゃんちでクラシックを流すところ。
あ、変なバンド組んで音楽活動しているところも、朝ご飯に見た事のない何かを並べているところも、基本パンツ一丁なところも。
そうだ。旅行に行くと、写真を撮ってくれる担当はパパなんだけど、逆に私がパパを被写体にしようとすると、変顔でしか、待ち構えてくれないところ。
それからぁ、
「止まんねぇな。好きだねぇ、パパ」
……何その顔!
面白がったような顔して。
好きじゃないから。
パパの変なところ挙げていってるだけだし。
ていうか、気づいたら私ばっかり喋ってるじゃん!
腹たつぅ。
あぁ、もうっ。
「つ、次はレオンの番だから!」
「はいはい、そうだなぁ……」
私たちは夜が明けるまで、お互いの父親の話や、誰にも言えなかった本音を語り合った。
迫る三問峡への再挑戦を前にした、束の間の時間に。
最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます。
楽しんでいただけましたでしょうかっ。
次回、ep.22は【偽りなき、答えを。】です。
ぜひ、お手すきの際に、よろしくお願いいたします。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします♪




