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姫(パパ)を守護せよ、思春期ムスメ‼  作者: 藤尾香夜
第一章 新世界の幕開け
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20/24

ep.20 レオンのついた嘘

「テ、ン……?」


 その木々のざわめきに埋もれてしまいそうなほどに小さく、掠れた声に、私はビクリと体を揺らした。

 弱々しい、たったの2文字に。

 私の心臓は跳ね返り、一瞬にして世界に光が差し込む。


「レオン!?」


 泣いてる場合じゃないっ。

 ぼやけた視界を、急いで手の甲で拭き取る。

 それから、レオンの頬を両手でムギュっと掴み、その顔を真っ直ぐに覗き込んだ。


 顔の色は真っ白で、唇も皮膚に同化しているほど血の気を失っているけれど。

 瞼がうっすらと、でも確かに開いてる。

 レオンが、わ、私を、私を見てる……!


「ガハッ」レオンが激しくむせ込みながら身を起こした。

「ちょっと、安静にしてなさいよ!」

 私は急いで、レオンの背中を支える。

 

 きっと私の魔法が発動したのが、水龍が突っ込んできた少し後だったんだろうな。

 私自身も目を覚ました時、器官に水が入って、溺れた後みたいな感覚だったし。


 レオンはゲホゲホと咳を続ける。

「ねぇ、大丈夫?」


  意識が戻ったはいえ、レオンはすこぶる体調が悪そうだ。

 また、失神しちゃったらどうしよう。

 揺すっても微動だにしない、顔面蒼白のレオンを思い出して、手先まで凍てつくような恐怖が込み上げてくる。


 えっと、えっと、えっとぉぉぉぉ。

 そうだ、心肺蘇生だ、心配蘇生をしよう。

 溺れた人を見かけた時にはって、学校の授業でうっすら習った記憶。


「――おいっ、何して、!?」


 私はレオンの体を無理やり寝かせ、彼の胸に手を当てる。

「お願いだから、じっとしていて!」


 えっと、確か胸に置く手は重ねて、腕を垂直に、一定のリズムで!

 声を出すことも大事って。

「せーのっ」


「いっち、にぃ、さんっ、しぃ、ごぉ、ろっく、しっち、はっち……」


 こんなにも、誰かを助けたいって必死になったのは、初めてだよ。

 だってもう、あんな想いしたくないもん。

 レオンには、問い詰めたいことが山ほどある。

 それに、謝ってほしいことも、感謝してほしいことも。


 でも。

 それ以上に私は、


 レオンの存在の大きさを、嫌なほど思い知ったんだ。


 それは別に、恋愛的な意味じゃなくて。

 レオンとは、ここ数日間、絶望の時に一緒にいた。

 異世界転生を理解したときからずっと。

 カロッソに追いかけられたり、新たな任務を任されたり、敵の奇襲から逃げたり、博士の家でもそう、三問峡でもそう、さっきだって。


 でもいつだって、次に進もうって、ここを突破しなきゃって思えたのは。

 絶望に打ちひしがれなかったのは。


 ――レオンとパパが逃げずに、諦めずに、弱音を吐かずに、助け合って、寄り添って、一緒に乗り越えてくれたから。


 私、そんな大切な味方を失っちゃったのかと思ってさ。

 現実世界から遠く離れたこの国で、一人ぼっちになったかと錯覚してさ。

 これからどうすればいいのか、もう何も考えられなくて、必死にレオンの名前を呼び続けていたの。


「これからどんなことがあっても、最後まで一緒に旅を続けたいんだよ、私は」


 私は手を止め、肩に手を置いて、トントンと叩く。

「大丈夫です、か――ふへぇっ?」


 そこにあるのは、レオンの冷たい視線。

 

「……馬鹿、生きてるって」

 レオンの呆れたような一言に、私はピタリと動きを止めた。

「大丈夫だって。ちょっと器官に水が入っただけだから。人の話もロクに聞かずに、早とちりもいいところだな」


 ……

 ……生きてるぅ!!

 ……生きてるよぉぉぉ、、


「はうっ」

 その事実を知った瞬間、なんだか安心しちゃって。

 張り詰めていた何かが一気に切れた。

 奥底から込み上げてくる勢いにつっかえ、変な声が出る。

 私は両手で顔を覆い、おいおい泣いた。


「なんで泣くんだよ」

「だってぇぇ、死んだかと思ったんだもんっ。名前を呼んでも応答がないし、死人みたいな顔をしてるし……ていうかね、助けられた身が何を偉そうなこと言ってんのよ」


 ていうか馬鹿って言ったよね、

 馬鹿はどっちですか!

 こっちはあんたのことを想って。


 う、ううぅぅぅ、、


 うわぁぁぁぁん


 どうしよう、どうしよう。

 涙が止まらないよ。

 敵が近くに潜んでいるかもしれない。

 そんなことだって、わかってるっていうのに。


 でも。


 頭の上に、ふわっと何かを感じる。

 レオンは「きったねぇ泣き方」と呆れたような顔をしながらも、私の頭を撫でてくれていた。

 厳密には、厳密にはね、レオンの手は冷たかったんだけど、それでも一人ぼっちじゃない安堵からなのか、レオンの手には不思議と温もりを感じられた。


「テン、またお前に助けられちまった。ありがとうな」

「……ほんとよ、私がいなきゃ、あんたは心臓がいくつあっても足りないんだから」

 実際、水龍がレオンめがけて突っ込んできた時だって、レオンはほぼ気絶寸前で泡まで吹いていたし。

 いつもそう、普段はスカしているくせに、ここぞってときにはビビッて一番頼りにならないんだから。

 私がとっさに魔法をかけなきゃ、今頃どうなっていたことやら。


「テンには、言葉にしてちゃんと伝えないといけないことがたくさんあるな」

 そう言って、レオンは辺りを見渡した。


「しかし、ここまで飛ばされた経緯がわからねぇ。水龍が襲い掛かってくるって思った瞬間、テンが祈りを告げた様子が見えて――そこで記憶が途切れているんだ」

 と、レオンが濡れた髪をかきあげる。

「私も、現状わかっていることは、ここが博士の家ってことくらい」

 私は地下へ続く鉄製の非常口の扉を指差した。


「ほぉん、時間が巻き戻されたってか?」

「うーん、そこが微妙なんだよねぇ……」

 私は頭をかく。


 確かに私は、『もう一度チャンスをもらえたなら』って可能性魔法を使ったの。


 でも――。


「暗くなってきたな」

 レオンの言葉につられて空を見上げる。

 太陽はすでに、沈みかけていた。

 辺りは徐々に薄暗くなり、昼間のような暖かい風ももう、吹いていない。


 ていうことはよ。


 博士の非常口を出たのは、朝方だったはずでしょ。

 それなのに今は、同じ場所で目を覚ましたはずが、夜が迫ってきている。

 時間はちゃんと経過しているっていうことだ。

 どうやら、時間が戻ったんじゃないのよ。

 時間はそのまま、体だけが今朝いた場所に吹っ飛ばされたってことみたい。


 それに――。


「親父さんは?」

「それが、姿が見当たらないの」


 私の返事を聞いて、レオンは突然、何かに気づいたのか、おびえた表情になる。

 な、なによ、その顔。

 どうしたっていうのよ。

 カロッソは口をパクパクさせて、


「カロッソの呪約魔法――」


 ……‼


 え、えっと。

 そ、それって、パパの、リュミナ姫の護衛を放棄したとみなされた瞬間、作動して、私たちの首も吹っ飛ぶという、おっそろしいカロッソの魔法のコト?

 急に、大量の汗が全身の毛穴という毛穴から一斉に噴き出るような感覚。


 私はそっと首元に手を当てた。

 まさか、

 今から首が飛ぶなんて、そんなこと。


「……いやいや、おかしいじゃない。それなら、パパが川を流れていった瞬間に作動しているはずでしょ」

「そう、だよな」

 レオンも我に返ったように頷く。


「もしかしたら、カロッソの魔法は、俺らの精神に基づいているのかもしれない。護衛を放棄したか、裏切ったか、それとも不可抗力の末の状況なのか、どうか、見極めているのかも」

「そんな内部まで見られてるの⁉」

 エスパーの能力も兼ね備えているってコト⁉

 こわいっ

 内面だって、個人情報だよっ


「とりあえず、今のところは大丈夫そうだね」

 一安心と。

 それに、パパは摩訶不思議なことに、上流へと流されていった。

 きっとあの小舟は、三問峡を通ることが許された者だけが乗る船なんだ。

 そう考えると、パパは静寂の島への次の通過点で待っているはず。


「一安心でもねぇだろ」

 レオンは立ちあがり、マントに付着した泥を手で落としながら、表情を曇らせた。


「親父さんの命が狙われているっていうのに、護衛を任されている俺らと離れ離れになってしまった。大ピンチだろ」

 ――俺のせいで。

 そんな言葉が聞こえてきそうなくらい。

 ギリ、とレオンは拳を強く握る。


「テンが作ってくれたチャンス、無駄にしないようにしねぇと」

 そう言い残し、レオンは再びあの恐ろしい峡谷へと足を進めた。


「ちょっと、待ってよ……」

 私の声にも、レオンは止まらない。


 レオン……。

 わかってる。

 レオンが責任を感じていることも。

 焦っていることも。


 次第に遠のいていくレオンの背中が怯えるように小さく見る。


 だからこそ、このまま立ち向かったらまずい気がする。


 止めないと。

 伝えないと。


 。・:*:・゜★,。・:*:・゜☆。・:*:・゜★,。・:*:・゜☆


『準備中』


 峡谷前の茶屋にはそんな看板が立てかけてあった。

 看板の端には、「営業時間:9~15/17~20」とご丁寧に書かれてある。


 ガンっ


 もちろん、鍵も閉まっている。

 玄関を叩いて、「ごめんください」と叫んでみるが、出てくる気配もなし。


 ……営業⁉

 なんだよ、営業時間って。


 とはいえ、誰もいないからって勝手に進めば、罠が仕掛けられてそうだし。

 上流を歩いて進むのだって、そもそも危険な行為だし。


「朝まで待とう」

 私は長椅子に腰を下ろした


「くそっ」とレオンは地面を強く踏み鳴らす。

「こっちは時間がねぇっつうのに」


 ……。

 止めないと。

 伝えないと。

 わかってる。

 今のレオンには、きっと取り戻したいっていう気持ちだけで動いている。


「ねぇレオン」

 私は、峡谷の底をながれる激流を眺めながら言う。

「私の魔法、まだ自分でもうまく掴めていないの」

「は? いきなり、何の話だよ」


 なんとなく、可能性を祈れば、私の想像通りに事が進む魔法なんだって理解はできたけど。

 それでもまだ、威力のコントロールも、魔法のイメージも、何一つスキルがままならない。


「だからなんとなく、この峡谷のチャンスはあと一回だけだと思う」


 もし私がもう一度祈っても、きっと次はない。

 次こそ失敗すれば、私たちはあの水龍に飲まれて、鬼たちのごちそうになって、はいさいなら、ですよ。

 だからね。

 より一層、今は焦りは禁物だと思うの。

 慎重になっていかないと。


 レオンがあの時、なぜ嘘をついてしまったのか、私は知らない。

 話してくれようともしないし。

 過去の自分と向き合うのは誰だって怖いし、それを他の人に打ち明けるのだっていやだと思う。

 避けたくなるのは当然だよ。


 ――頼れるものがあるなら頼る。いい加減、素直になることを覚えなさい。


 博士が別れ際、レオンに伝えた言葉。


 なんとなく、

 このまま進めば、レオンは同じ過ちをしてしまうと思う。


「それに、レオンだけの責任じゃないよ」


 私も多分、嘘をついていたはずだ。


 パパはすごいと思う。

 あんなに恥ずかしがらずに、まっすぐに赤裸々な想いを教えてくれるんだもん。

 私なんて、その答えに、目も合わせられなかった。

 だからきっと。

 私だって、今のままだったら、きっと嘘をついてしまうと思う。

 この峡谷を超えられない。


「ねぇ、レオン。お互い、素直になろう」


 レオンのついた嘘。

 それから――。


「ゆっくりでいいの。なんなら、楽しかったことも思い出そう」

 レオンの過去は決して、辛いことだけだったわけじゃないでしょ。

 無理に傷口を一気に開こうとするから、しんどいんだよ。

 一つ一つ、話せることからお互いに話していけばいい。


 そうしたらきっと、

 朝を迎えるころには、今より少しだけ、過去の自分と向き合えているはずだからさ。


「ねぇ、レオン」


 今夜は長い予行練習になりそうだよ。

最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます。

楽しんでいただけましたでしょうかっ。


次回、ep.21は【語らいの前夜祭】です。

ぜひ、お手すきの際に、よろしくお願いいたします。


今後とも、どうぞよろしくお願いいたします♪

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