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姫(パパ)を守護せよ、思春期ムスメ‼  作者: 藤尾香夜
第一章 新世界の幕開け
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18/24

ep.18 通せんぼ

 ゴォォォォォッ

 耳を劈くような轟音が、峡谷に響き渡っていた。

 私たちのすぐ横を流れる激流は、切り立った岩壁に何度もぶつかって白い飛沫を撒き散らしながら、下流へ向かって荒々しく駆け抜けていく。

 まともに会話をするのも難しい、ほどうるさい。


 ……やっぱり、おかしい、な――ってわっ⁉


 思いもよらず、苔の生えた足元の岩にバランスを崩す。


 ――やばっ


 すぐさま、近くの大きな岩に手をついた。

 セーフ。

「大丈夫か」

 パパの心配そうな顔に、私は黙って頷いた。

「ここらへんは滑りやすいし、波の飛沫も飛んでくるから、気をつけなさい」


 ……やっぱり、そうだ。

 私は先ほどからもやっとしている異変に、眉をひそめる。

 こんなにも激流の唸り声があたりに響く中で、あの老人たちの声が、妙にはっきり聞こえる。

 別に、そこまで声を張り上げてる感じだってしないのに。

 それに、あんな崖の縁ぎりぎりのところで、茶屋の前に並んだ三つの影は、激流など意にも介さない様子で、のんびり長椅子に腰かけている。


「あのおじいちゃんたち、耳が遠くて聞こえないのかな」

 ――それに、嘘はよくないだの、正直に答えれば通すだの、誰から行くかだの、わけわかんないこと言ってるし。

 眉間にしわを寄せながらパパがぶつぶつ言って、もう一度、手を大きく振る。

「おぉい、ここは危ないですよぉって……ん?」


 ねぇ、パパったら。

 私は思わず、パパの服の袖を引く。

「なんか、変だよ」

「てんこ、変って何が?」


「ねぇ、なんだか」

 おかしいよ。

 胸騒ぎが止まらない。

 さっきまで、緑と青の新鮮な自然の景色が広がっていたのに。

 今はもう、谷を覆うように白い霧が漂い始め、辺りは数歩先でさえぼんやりとかすんでしか見えない。

 冷たい空気。

 私たちは自然と、離れ離れにならないよう、じりじりと後退しながら互いの距離を縮める。


「ねぇ、レオン」

 私の不安いっぱいな声に、レオンは「あぁ」と頷き、睨みつけるように、老人たちを見上げて、

「あいつらは、多分、ただ者じゃないぜ」


 ねぇ、まさか――っ。


 ――《三問峡》別名、嘘喰い峡谷


 ここは、古くからそう言い伝えられてきた場所だと、博士に教えてもらった。

 番人たちが、この峡谷を通りかかる者にする質問は、ちょうど三つだって。

 ねぇ、もしかして、あの人たちが――っ。


「《三問峡》の番人」

 私の呟きに、私たちの間に緊張感が走った。

 パパなんて大げさなほど、「ええっ⁉」と私を振り返っている。


「で、誰から始めるんだい?」

 おじいちゃんが楽しそうに弾んだ声を出した。

 霧が辺りを立ち込めているのは確かなのに、老人たちの姿ははっきりと見える。

 霧の中に浮かぶ愛嬌ある笑顔も、“番人”という肩書きを知ってしまうと、どこか不気味な感じがする。


 誰からって。

 そんな急に始まっちゃうもんなの?

 嘘をついたら、喰われてしまうって言い伝えだけど。

 あんな、平和な表情をしていたおじいちゃんたちが、そんな恐ろしい場所の番人だなんて。

 そんな、まさか。

 でも、ここを突破しないと、目的地にはたどり着けないし。


 固まってしまう私たちを見かねて、おばあちゃんたちが口々に騒ぎ立てる。

「まさか、あの子たち、知らんのじゃないの。ここが《三問峡》で、私たちが番人だってこと」

「やだぁ、私たちも名が廃れたねぇ」

 おじいちゃんが「静かにせぇ」と一喝し、私たちの方に向き直る。


「お前さん方、今から静寂の島へ向かうんじゃろう」

 老人は峡谷の遥か先を見やる。


「静寂の島は、人の恨み辛み憎しみ、虚言が届かぬ、天国のような領域じゃ。だからこそ、その地に足を踏み入れる人間かどうか、見極めばならん」

 わかるか? と一呼吸置き、指を一本立てる。

「今からわしたちが一人一つずつ、質問をする。お前らはそれに素直に答えればええ、それだけじゃ」


「も、もし、少しでも嘘をついたら?」

 パパが恐る恐る、声を飛ばす。


「それはもう、今夜の私たちのご飯になるだけだから、ねぇ♡」


 ひ、ひぃっ。

 三人とも、何のメニューが頭に浮かんだのか知りませんけども、揃って舌なめずりする。

 嫌だ嫌だっ。

 わ、私なんて、美味しくありませんからぁぁぁぁ!


「さぁ」

 おじいちゃんが杖で地面を突く。


 ゴンっ


 鈍い音に、私たちはシャンッと背筋が伸びた。

「それでもここを通るかい」


 ゴォォォォッ――

 激流がうなる。

 ものすごい、圧迫感だ。


「もちろん、質問に答えずここを突破することなんて、できやしないからね」

 おじいちゃんは峡谷の下に流れる川へ視線を下げた。

「無理に渡ろうとすれば溺れ死んでしまうよ」


 つまり、答えるしか道はないってことだ。


 私たちはお互いの顔を見合わせた。

 ――誰から、行こうか……?


「ええいっ」

 お互いの顔を見合わせるだけの時間が続き、しびれを切らしたおばあちゃんAが立ち上がる。

「そんなに悩むなら、年長者からにしましょ」


 その瞬間、もちろん視線はパパのもとへ。


「えっ、へっ、わ、私ぃ?」


 ……そうだった。

 パパしかいないと思っていたけど、この人、リュミナ姫なんだ。

 都合いい時だけお姫様の存在でいるんだから。


「つぅことは、俺か?」

 レオンが指先を自分に向ける。

 そうなるね。


 ……でも。

 私とパパはこの世界の自分のことを語るべきなんだろうか。

 それとも、世良てんこ、世良祐介としてのことを語るべきなのかな。

 でもそれって、まだ自分の過去の記憶があるパパはいいとして、私はどう足掻いたって無理じゃない⁉

 めちゃくちゃ不利だよ、そんなの!


「何を騒いどるのじゃ」

 おじいちゃんが、ゴンゴンと杖を何度も地面に突く。

「その、ピンクの少女が一番であろう」

「ヒェ⁉」

 隣のパパの顔が青白く変わる。


 嘘っ、私たちが異世界転生したきたこと、分かるの⁉

「どれだけ長い時間生きて、この番人をしていると思っておる。そんなことくらい、見破れるわい」

 恐るべし、おじいちゃん……。

 パパは観念したように肩を落とした。


「では最初の問いじゃ」

 おじいちゃんが目を細める。

 先ほどまでの飄々とした雰囲気は消え、濃い霧が立ち込める中、おじいちゃんの瞳だけが鋭く光っている。


 ――お前さんが今、最も恐れていることは何じゃ


「恐れていること、かぁ」

 その問いに、パパはしばらく黙り込んだ。

 激流の轟音が異様なほど、辺りに響く。

「うぅん」とパパは頭を搔き、やがて口を開いた。


「……大事な家族の記憶が消されてしまうこと、かなぁ」


 家族との、記憶。

 私はちらりとパパの方を見る。

 私の目線上で、パパは遠くを見るような目をしていた。


「もちろん、リュミナ姫として殺されるのも怖いよ」

 ――それは、もちろんなんだけど。


「でも、それ以上に失うのが怖いんだ」

 パパはそう言って、胸元のブローチに手を置く。

「アルメシア王国の記憶に飲まれて、俺らが確かに生きていた、あの世界の記憶を失ってしまうのが怖い」

 私はパパの赤裸々な想いを黙って聞いていた。


「だって、もし俺が、完全にリュミナ姫になってしまったら」

 そこで一度言葉を切った。

 パパが悔しそうに、唇をギュッと噛む。


「あの時、ママに出会ったことも、デートしたことも、プロポーズしたことも、その時の返事も、嬉しそうな顔も」


 パパの震える声が続く。


「てんこがこの世に生まれてきてくれた感動も、あのしわくちゃな顔も、小さいくせに力強く握り返してくれた手も、泣き声も。著しい、愛おしい娘の成長も」


 ――あっけなく、手放してしまえっていうの。


「正直なところね、この旅を始める前は、てんこのことはパパ、全部分かっているつもりだったんだ」

 パパは苦笑して、いつもの優しい目で私の方を見る。


「でも、一緒に旅をして気づいたよ」


 ――パパの知らないところで、また随分と、大きくなっていたんだね。


「……」

 私はなんだかむず痒くなって視線を逸らす。


「だから、見届けたいんだ」

 パパの迷いのない、まっすぐな言葉。

 あぁ、気持ち悪い。

 吐き気がする。

 やめてよ、人前で。

 恥ずかしいよ。

 結婚式でもあるまいし、なんの嫌がらせよ。


「この先も、もっと先も、娘がどんな大人になるのか」


 まっすぐに目を見れなくて。

 パパの小さな笑顔を、同じように返すこともできなくて。


「それを忘れるくらいなら、リュミナ姫として死ぬ方がまだマシかもしれないって。パパは今、そう恐れているよ」


 峡谷に沈黙が落ちる。


 ――あぁ、私。


「……うむ」

 峡谷の長椅子に座る老人たちは一斉に、満足そうに頷いた。


 ――今の私がこの峡谷を突破することなんて、不可能かもしれない。


「偽りなし」

 パパがほっと胸をなでおろす。


 ――ピンポーン♪


 ……


 ……は?

 何今の、場違いな軽快な音。

 何、あの。

 おばあちゃんAが手にした、どこから取り出したのか分からない赤いボタン付きの機械。


「正解で〜す♡」

 おばあちゃんが満面の笑みで機械を揺らす。


 正解で~す、じゃないのよ。

 テレビの早押しクイズ番組で見たことあるやつぅ。

 雰囲気ぶち壊しマンやん。

 長年生きておいて、この雰囲気の扱い方くらい、知らんのんかっ。


「だって盛り上がるじゃないかねぇ」

 おばあちゃんはもう一度ボタンを押した。


 ――ピンポーン♪ pn


「――はい、では」


 ね、ねぇ、今⁉

 おじいちゃんの拳骨が飛びませんでしたっ⁉

 勢いなかなかだったけど。

 おばあちゃんA、うずくまってますけど、大丈夫⁉

 仲間割れしないでっ。

 ちゃんとそこは打ち合わせしておきなよっ。


 何事もなかったかのように、おじいちゃんが峡谷の下を手で指し示す。

「正解した者は船へ」

 その先にはいつの間にか、一艘の小舟が現れていた。

 パパは指示通り、小舟へ乗り込む。


「さて」

 と、うずくまっていたおばあちゃんAが立ち上がる。

 ……圧迫感はあるが、さっき打ちのめされた額が赤い。

 細い目が、まっすぐレオンを見据えた。


「次はあんたの番だよ」

 レオンの表情がわずかに強張る。


「教えておくれ」


 ――あんたが人生で最も後悔していることは、なんだ。


 レオンが眉を寄せた。


 後悔、かぁ。

 でもレオンにとっちゃ、ラッキー問題なのでは?

 でも、レオンは何かに迷っているようで、しばらく腕組みをして黙っている。

 嘘ッ、他人の私でさえ、絶対これだろっていう答えがあるんだけど。


「五年間、捕まったことだ」


 ほらっ。

 ようやく絞り出した声に、私はうんうんと頷く。

 大好きな博士と会えなかった五年間だったわけだし、何よりマジシャンを目指していた彼にとって、そんな過去は傷ですからね。

 何をしでかして捕まったのかはわからないけど。

 どうせ、しょうもないことに違いない。


「……それで、いいのかい」


 激流が轟く後ろに、おばあちゃんの怪しげな言葉が浮かぶ。

 ……どうして?

 どうして、そんなことを聞くのだろう。


「……あぁ、それが俺の後悔だ」

 レオンが拳を握る。

 その額には、うっすらと汗が流れていた。


 そんな彼を見て、おばあちゃんがボタンに手を伸ばす。


 ね、ねぇ。

 私は思わず身構える。

 なんだか、嫌な予感がする。

 今度もピンポーンだろう、って。

 そう思いたい、。


 けど。


 ――ブッブーーーッ!!


 峡谷中に不吉な音が響いた。


「「「……え?」」」


 間抜けな声が三つ漏れる。


「不正解」


 茶屋の前に並んだ老人たちの笑顔が。

 その途端、

 ぐにゃり、と歪んだ。


「あっ、あぁぁっ」

 声にもならない音が口から発せられる。


 いやだ、何この悪夢。

 何が、起こって――。

 肩が高く上がったまま、顔も引きつって、まるで金縛りにあったかのように、そのまま全身が硬直する。


 だって、目の前に信じられないほど生々しくて、恐怖の映像が。

 絶望的で悲惨な光景が広がっていく。


 和やかな顔をしていた老人たちの口元が、次の瞬間、耳元近くまで裂けた。

 肌が黒ずみ、骨が軋む音が響く。


 バキッ

 ゴキッ

 グチャッ


 嫌だ嫌だ。

 私は、老人たちの変貌に恐怖がつのり、耳の上を手で覆い、目をつむる。

 いやだ、いやだ、いやだ。

 夢であってよ、覚めてよっ。


「ひ、ひっ」

 パパの悲鳴に、目を開けると。

 私は悲鳴に近いような息を呑んだ。


 そこに、老人たちの姿はない。

 その代わり、表したのは――


 鋭い爪に、頭上には角。


「鬼だ」

 まるで昔話の絵本に出てくる鬼、そのものだ。


 三対の濁った瞳が、一斉にレオンへ向けられる。


 ――まずい。

 やばいやばいやばい。

 ねぇ、どうしようっ

 パニックで息が荒くなっていくのが自分でわかる。

 心臓の部分を服の上からぎゅっと掴む。

 鼓動が激しい。

 もう一度、怖さでぎゅっと目を閉じてしまう。


 逃げ、たい。


 馬鹿ッ、こんな時に私は何を。

 私は動かない足を、思いっきりバンっと叩く。


 ――あんたは私が守るから。


「レオンっ」

 私はとっさに、レオンの方に手を伸ばした。

最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます。

楽しんでいただけましたでしょうかっ。


次回、ep.19は【嘘つきへの裁き】です。

ぜひ、お手すきの際に、よろしくお願いいたします。


今後とも、どうぞよろしくお願いいたします♪

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