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姫(パパ)を守護せよ、思春期ムスメ‼  作者: 藤尾香夜
第一章 新世界の幕開け
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17/24

ep.17 《三問峡》別名、嘘喰い峡谷

「地下二階だっ」

 私は重たい体をなんとか引っ張り上げ、梯子の脇に設けられた小さな踊り場に足を伸ばす。


 しんどいっ。

 もうだめだ、動けない。

 手がしびれて、歩いているわけじゃないのに足が棒みたいだ。

 若干、目もくらくらするし、頬を伝る汗が止まない。

 私は、蒸し暑さに手で顔を仰ぎながら、腰を下ろした。


 そりゃそうよ、博士の部屋は地下八階だもん。

 おおよそ計三十メートルってところかしら。

 ただでさえ、運動不足で体力ない方なのに。

 いい運動過ぎるわ。


 ていうか。

 この腰ベルトに縛り付けた剣が最も、私の足を引っ張っているっっ。

 重いよ、重すぎるよ。

 あの博士が睡眠時間を削ってでも作ってくれた代物だし、剣自体の効果は凄まじいんだろうけど。

 短時間で博士が仕上げてくれたのはわかる。

 でも、でも、あわよくば、もっと機能性を重視してほしかっただけ。


 時間がないのは承知で、私たちは偶数の階に着くたび、短い休憩を取るようにしていた。


「あと、もう少しだな」

 と、息を整えながら、パパが梯子の先を見上げる。

「うん」と、私たちも静かに頷いた。


 また、三人に静寂が訪れる。

 朝からずっとこうだ。

 博士と別れてから、体感一時間の経過。

 あの時は、まだ、博士のやや明るいムードに支えられていたけど、この間、気まずさが半端なくて。

 なにより、レオンが言葉を滅多に発さなくなってしまったのがしんどい。

 それがために、パパの口数が増えてしまって、それに対する私のスルーが余計、気まずさに加担している。


 それもこれも全部、私の責任だよね。

 それは十分にわかっていた。

 でも。

 これ以上口を開けば、また余計なことを言っちゃうんじゃないかって。

 距離が出来ちゃうんじゃないかって、怖くて。


 どうしたら、いいのかな。

 私はちらっとレオンの方に目線を向ける。

 レオンは、出発前、博士から貰った白い手袋に目線を落としていた。


 そこでふと、あの時のレオンの表情が蘇る。

 まだ甘えていたいような、大人になりきれていない彼の、泣きそうだった顔。


「レオン、昨日は――」


 とっさに、声が漏れる。

 言い訳なんて、見苦しいものにもほどがある。

 やっぱり、躊躇なんてしてる場合じゃないもん。

 私が今、やらないといけないのは――。


「すまなかった」


 レオンの低い声が遮る。


「え?」

「昨日から、露骨に嫌な態度をとってしまって、本当に申し訳なかった」

 レオン……。

「違うの。私がっ、私が、土足でレオンの領域にズカズカ入り込みすぎちゃったから。本当に、ごめんなさい」

「いや、テンは悪くねぇよ。前々から、俺の過去とか、父親のこととか、なんかあったんだなって匂わせすきていたから、気になるのは当たり前だろ」


 レオンが私の目を見る。

 綺麗な、赤い瞳。

 出会った時のまま、私を助けた時と変わらない、家の近くの田畑に咲き誇った、彼岸花のように。


「これから、俺らはずっとずっと仲間じゃないといけないのに、助け合って、思いやっていかないといけないのに。距離をとってしまって、本当に申し訳なかった」


 レオンが深く頭を下げる。

 やだやだっ、そんなのやめてっ、頭なんか下げられたらっ。

 私は慌ててレオンの顔を掴む。

 むにっ

 むにっ、むにっ

 レオンの白い頬を、何度も何度もぐいぐい引っ張る。


「二人でごめんはもう終わり。もう、こんな空気終わりにしよう!」


 私の威勢のいい声に、レオンは目を丸くした。


「私たち、これから一緒に冒険するんだもん。

 色んな人に出会って、美味しいねって色んなもの食べて、色んな景色を見ると思うの。

 逃げ出したくなるような嫌なことだってあると思うし、飛び上がるくらいうれしいことだって、怖くて震えちゃうときだってある。

 でも隣には、絶対レオンがいつもいるはずだからさ」


 だから。

 いつだって、飛びっきりの仲でいたいじゃない。

 私はレオンに手を差し出す。


 あと、仲間じゃなくて。


「――私は個人的に、どっちかっていうと、親友が好き、かな」


 親友でいたい。

 だって、親友なら。


 ――あんたは私が守るから。


 あの時言い放ったセリフだって、わざわざ理由を探さなくても済むから。


 それを聞いたレオンは、しばらくポカンとしていたが、やがて口をへの字に曲げて、照れくさそうに笑った。

 そしてようやく、私の手を握り返す。

 私たちは繋ぎ合った手に任せ、立ち上がった。

 地上も、もう少しだ。


「よしっ、もうひと踏ん張……」

「ねぇ、パパもっ」


 ふと、レオンとつないだ手に、新たな温もりが重なる。


 ……ほんっと。

 いい加減にしてほしい。

 いつも、いつも。


「私に気安く触れるなって言わなかった?」

「だって、パパも仲間だろ。俺だけ仲間外れって、そんなひどいこと」

「それは心の中に閉じ込めておきなさいよ」

「なぁんでよ。パパだって、てんこの味方だよって昨日も今日も伝えているだろ。てんこの返事が聞こえないよ、返事、返事ぃ」


 うざい。マジでうざい。

 誰のせいで、この長い長い冒険が始まったんだと思ってんのよ。

 この固い握手は、友達同盟だって言ってんだろ。

 仲間に入れてもらうだけ、ありがたいと思いなさいよ。

 私はアアンッと、パパを睨みつける。

 落ち着けよ、とレオンが制した。


 ……そうだ。


「ねぇ」

 二人を見る。

「私、やってみたいことがあるんだけど」


 。・:*:・゜★,。・:*:・゜☆。・:*:・゜★,。・:*:・゜☆


「つまり?」

 パパが首を傾げる。


 ……クソ親父。

 私は少々荒めの息をつく。

 梯子上ったほうが早いかもしれん。

 なんでわかってくれないの!

 私今、三回くらい説明したよね。


「もういいよ」

 パパは黙ってついてきてくれたらいいからさ。

 私は両手を胸の前で組む。


 まだまだ未熟だけど。

 そんな強力な魔法なんて、到底使えないけど。

 私の魔法が少しでも、役に立てば。

 成功しますようにっ。


 もしも――。


 もしもここから地上まで、疲労なく登り切れたら。

 もしも、もう少しだけ体が軽く感じられたなら。


 そんな可能性を、ぐっと引っ張り上げる。

 私はそのまま、みんなの体に向けて、えいっと掌を向けた。


 すると。

 ぽうっと淡い光が浮かび上がって、三人の体に一瞬だけ絡まる。


「あれ?」

 重かった腕が少し軽い。

 足のだるさも薄れている。

 ……すごいっ!

 もしかして、もしかして。


 レオンも手を握ったり開いたりして、

「疲れが減ったな」

「ほんとだ!」と、パパも目を輝かせながら、屈伸している。

「まだ完全じゃないけど、さっきより全然動けるぞ! やったな、てんこ」

 ――さすが、俺の娘!


 よしっ!

 私は拳を握って、パパが私の頭に手を置くのを思いっきりに避ける。


 地下八階から一気には、魔力的に無理だったけど。

 でも地下二階から地上までなら、今の私でも何とか届くみたい。


 それもこれも。


 私は腰に掛けた剣に手をかざす。

 私のハンドパワーに、今度は剣がぽうっと淡く光り、次の瞬間、一気に腰への負担がなくなる。

 もし、この剣がもっと軽かったらなぁって考えていたから、思いついたのよね。


「行こう!」


 私たちは再び梯子を登り始めた。

 わぁ、さっきまでとは違う。

 体が軽いし、息も続くし。

 本当に、ありがたい。


 そのまま一気に最後の梯子を登り切り、私は梯子の先の天井を押した。

 天井が持ち上がり、眩しい光が視界に飛び込んでくる――


「うわっ!」

 私は思わず目を細める。

 ずっと地下の薄暗さにいたから、その分慣れた目には、昼の日差しが強い。


 あぁ、でも。

 思い返せば、私はずっと、この世界に来てから、部屋の中か、地下か、夜だった。

 久しぶりの青空。流れる雲。小鳥のさえずり。


 やっば、なんて清々しい空気なんだろう。


「ふぅーっ!」

 私は大きく伸びをした。

 空気がおいしいッ

 生き返るっ。


「よし、そろそろ行くか」

 腕を伸ばしながら、レオンは顔を引き締めるようにして言う。

「敵はまだエレベーターの中にいるはずだ」

 そうだった。

 私たちが必死に登っていた間も、追手は動いているんだ。


「ねぇ、本当にまだエレベーターの中なの? 博士、大丈夫かな」

「あんまり博士を甘く見るなよ。あの家は、まだまだ仕掛けがあるからな。なんなら、階を入れ替える操作だってできるから、永遠に研究室に辿り着けない可能性だってある」

 ……何ッ。

 恐ろしすぎるにもほどがありません?


「博士の家に入ったら最後、あいつらは閉じ込められるようなもんだ。だから今のうちに追いかけてくる可能性が高い」

 じゃあ急がなきゃだね。

 レオンが、シィッと指を口元にあてて、

「それに教団の連中が他にも潜んでるかもしれない。なるべく静かに行こう」


 私たちは声を潜めながら、森の中を歩き始めた。

 しばらく進んだ時だった。


「……ん?」

 パパが耳を澄ませる。

「何か、聞こえないか?」


 私たちも足を止める。


 さらさら。さらさら。


 本当だ。

 遠くから何か聞こえる。


「川じゃない⁉」

 博士が言ってた、川じゃない⁉


 音を頼りに進んでいくと、やがて視界が開けた。


「わぁ……」

 そこには一本、透き通った川が流れていた。

 太陽の光を受けて、ガラスみたいに水面がきらきら輝いている。

 なんて、綺麗な。


「地図だと、この川沿いに進めば第一関門だったな」

 レオンが地図を確認する。


 私たちは川を辿って歩き始めた。

 そしてまた、しばらく経った頃に景色が変わる。

 もともと、川の両岸には、雨で丸く削られた小石と背の低い草が広がってて、水の深さも膝下ほどだったんだけど。

 次第に辺りはゴツゴツとした岩で覆われるようになった。

 水の流れの音もゴォォっと、勢いよく聞こえてくる。

 そしてついに。

 川は、両側を高い岩壁に囲まれるようになる。


 まるで巨大な口が待ち構えているような、

 ――峡谷だ。


「ここだな」

 と、レオンが呟く。


「第一関門の――《三問峡》別名、嘘喰い峡谷」


 確か博士によると、この峡谷には、伝説があるんだよね。

 嘘をついた者は通さないっていう。

 後悔、本音、恐れ。

 そういった類の三つの質問がされるとか。

 どれか一つでも嘘をつけば。

 鬼に喰われる。


 おっそろしい……。

 私はごくりと唾を飲む。


 すると。


「あらあら」

「お客さんかいな」

「珍しいのう」


 のんびりとした声が聞こえてきた。

 私たちはその声に顔を上げる。

 ……なんだ、あそこ。

 これから降りかかってくる試練に身構えていた私たちは、思わず拍子抜けする。


 峡谷の入口(というか崖っぷち)には、一軒の茶屋があった。

 軒先には色あせた暖簾が揺れ、その脇には太い赤文字で「氷」と書かれた布が吊るされている。

 それから、風が吹くたびに鳴る涼しげな音。

 店の前には、古びた気の長い椅子が置かれていて。


 お茶をすすっているおばあちゃんが二人と。

 その隣で煎餅を齧っているおじいちゃんが一人。

 三人とも、まるで近所の世間話でもしているような穏やかな顔をしていた。


「……え?」

 思わず間抜けな声が出る。


 ……Wow

 めっちゃJapan

 和だ、WA!

 異世界感ゼロのおじいちゃんとおばあちゃんだ。

 急に、近所感満載でびっくり。


 こんなところに茶屋なんて、誰が思いついたんだろう。

 激流が流れていて、崖っぷち。

 茶屋と、そこに居座る人物は日本の風景なのに、激流と崖っぷちで、侘寂の「わ」の字もないけどね。

 こんな危険な場所、需要なんてないだろうに。


「おじいちゃぁん、おばあちゃぁん、ここは危ないですよぅ!」

 パパが手を振って叫ぶ。

「聞こえないのかなぁ」

 パパの注意喚起があっても尚、老人たちはニコニコ私たちの方を眺めていた。


 ……なんだろう、嫌な予感がする。

「怪しいな」

 レオンの独り言に頷く。

 どこか、怪しいような空気があたりに漂い始めているような。

 ホラーや推理関係の映画の冒頭部分みたいな、そんな空気。


「お前さん方、ここを通りたいんじゃろ?」

 おばあちゃんAが湯呑みを置く。


 その瞬間。


 背筋がぞわりとする。


 なんだろう。

 いつもご近所で見かける老人と何が違うんだろう。

 穏やかな笑顔なのに。

 どうしてなんだろう。

 どこか、近づいちゃいけない人のような気がしてならない。

 隣を見るが、レオンもパパも同様に、足がすくんでしまい、話を聞く余裕すら、持ち合わせていないようだった。


「正直に答えれば通してあげるからねぇ」

 おばあちゃんBが続ける。


 ――でもねぇ。


「嘘はいかんよ」


 ヒュッ。

 恐怖で、変な空気が喉の奥に詰まる。


「さて」と、おじいちゃんが煎餅を籠に戻す。


「誰から始めるかのう?」

最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます。

楽しんでいただけましたでしょうかっ。


次回、ep.18は【通せんぼ】です。

ぜひ、お手すきの際に、よろしくお願いいたします。


今後とも、どうぞよろしくお願いいたします♪

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