ep.16 家を出づ
「忘れ物はないか」
博士がキャンディーちゃんを抱きあげて、私たちを見渡す。
朝五時、少し前。
私たちは眠い目をこすりながら、博士の研究室に集まっていた。
朝が来たんだ。
とうとう。
私は胸の鼓動に手を置く。
清々しい朝――とはとてもじゃないけど、言えない。
なぜなら。
こちらを見向きもしないレオンと、ぎこちない空気がムンムンの私、それから、そんな二人を気にしておどおどするパパ。
そんな私たちを前に、博士の笑みにも、たらーと汗の筋が浮かんでいる。
こんなんで大丈夫かよ、とでも言いたげな顔だ。
その通りです。
いや、まじでごめんなさいっっっ!
こんな空気にさせちゃって申し訳ない、という気持ちはあるの。
だって、圧倒的に私が悪いもんっ。
私がレオンの過去に踏み入りすぎちゃって、挙句の果てにパパにもその場面を目撃されちゃったから……!
でもぅ。
これ以上何ができるっていうの。
だって、私謝ったじゃない。
ここで、空気を換えるように明るくしたって空回りそうだもん。
だいたい、レオンもレオンで、ちょっと引きずりすぎじゃない?
私はふんっと鼻を鳴らした。
「君たち、本当に今日、旅に出るんだよね」
博士が額に手をやって、はぁと重い息を吐いた。
先が思いやられる、だなんて。
そんなの、私たちが一番わかってますよぅ。
「……ていうか、パパのその格好何」
私はジトーとパパを見上げる。
淡い桜色のワンピースの上に、同色の短いケープを羽織っている。胸元にはピンクのかわいらしいお花のブローチが留められ、ワンピースの中に仕込んだインナーと、腰に付けた幅広の革ベルトの黒色が、全体を引き締めている。
可愛いね。
ワンピースは、当たり前かのように、裾から白いフリルが幾重にも覗くデザインだし、膝上の短い丈だし。
足元もね、白いレースのソックスに、ブーツで。
一番理解できないのは、パパの表情よ。
どうして、そんなに誇らしいのよ。
もっとこう、羞恥心とか湧かないのかな。
パパの頭上には、new! はたまた rank up! みたいなポジティブな文字が浮かんでいそうまである。
「博士に用意してもらったんだよ、可愛いよね」
「だ、だぁかぁらぁっ、その可愛さが似合わんって言ってんでしょうがっ」
わかる⁉ 私の気持ち。
可愛くあればあるほど、破壊力満載なの。
見る側としては吐き気を催すのよ。
まじで釣り合ってないから。
衣装と顔と、その筋肉質の大きなボディが……!
おかげで、洋服自体は変わらず博士の渡したリュミナ姫の体のサイズだもんで、パパが着ると窮屈になって、余計変だよ。
くそ、ようやくピンクのドレスに見慣れてきたところなのに、新作が実装されてしまった。
どうしてこうも、隣を歩きたくないパパが仕上がっていくの!
仕方ないだろと、博士が口を挟む。
「私たちから見たら、可愛いプリンセスだからさ。小汚い男物着せるわけにもいかんだろ」
……博士?
おっとおっと。
そんなセリフ吐いておいて、目がきらっきらに輝いていませんか。
間違いなく、パパの衣装は、ただの博士の趣味ですよね。
お人形さんにしてますよね。
「まぁまぁ」
博士が何かをごまかすように手を叩く。
「パパさんだけじゃ不公平だからね、てんこちゃんとレオンに向けたプレゼントも用意してる」
博士は何やらごそごそと机の引き出しを漁り始める。
「じゃあ、まずはレオン」
名前を呼ばれて、ポケットに手を突っ込んだまま、レオンが博士の方を向く。
博士が差し出したのは、シルクでできた純白の手袋だった。
「マジシャンみたいで、かっくいぃ、だろ?」
レオンはムスっとしたまま、博士から受け取る。
「しかも、この手袋、ただのお洒落な小物じゃない。この手袋を装着している間は、魔力が通常の数倍以上で発揮できるんだ」
「んなことしてもらわなくても、俺は――」
言いかけたレオンの前で、チッチッチと博士が指を振る。
「レオンが人一倍努力してんのはわかってるよ」
彼を制した博士の声は、とても穏やかなものだった。
その声にレオンは口を閉ざす。
「これは、そんなレオンを少しでもサポートできたらっていう、私の親心。特訓もしんどいんだからさ、あんまり無茶してほしくないの」
博士の顔は、私やパパには決して向けられない、愛おしい我が子を案ずる母親の顔だった。
「頼れるものがあるなら頼る。いい加減、素直になることを覚えなさい」
博士はまっすぐにレオンの目を見る。
「いつかレオンが、その手袋を外してでも、胸を張れるよう、私も応援しているから」
その言葉に、レオンはぎゅっと、受け取った手袋を握りしめる。
「レオン。自分の力で、今以上の魔法を使える日は、絶対に来るよ」
研究室に静けさが訪れる。
レオンはしばらく手袋に視線を落とし、
「……ありがと」と、小さく漏らした。
照れくさそうな、幼いレオンの顔。
その顔を見ていると。
なんかこう、急に胸が締め付けられるような感じがして。
ママ、今頃どうしているかな。
私もパパも突然姿を消して、きっと心配しているよね。
気が気じゃないはず。
警察に相談しているのかな。
大丈夫かな、ご飯ちゃんと食べてるかな、眠れてるかな。
あぁ、
恋しいなぁ。
ママにぎゅってしてほしいなぁ。
あったかい胸に抱かれて、落ち着く声で“大丈夫だよ”って、頭撫でてほしいなぁ。
「昨日、言い忘れてたんだけど」
唐突に、隣のパパが私の方に視線を向ける。
「パパだけじゃなくて、ママも。生きている世界が違えど、てんこの味方だからね」
「何よ、急に」
「あ、ごめん」パパが慌てたように頭をかいて、
「なんか俺も今、てんこと同じ気持ちだと思って。絶対、一緒に帰ろうな」
何なのよ、本当。
意味、わかんない。
でも、ちょっとだけ胸が軽くなった気がして。
「帰るよ、パパに言われなくたってわかってる」
ありがとうを伝えるのはなんだか嫌で、かわりにちゃんと、パパの目を見て私は答えた。
「よしっ、次はてんこだ」
博士は勢いよく机の下へ潜り込む。
ガサゴソ、ガタガタ、ドンッ
鈍い音を立てながら、博士は机の下で何かを探している。
なんだろう、私へのプレゼント。
きっと博士のことだから、私の魔法に役立つような道具を与えてくれるはず。
はたまた、一応唯一の女の子だからって、旅の間もいい睡眠がとれるように、どこでも快適に眠れるグッズとか⁉
化粧品とか⁉ メイク道具、とかぁっ……⁉
「じゃぁん!」
そこで博士が高々と掲げたのは、一本の剣だった。
……えぇぇぇ。
なんて微妙なラインんんん。
「主人公みたいで、かっくいぃ、だろ?」
なんなんだ、さっきからそのセリフ。
いや、かっこいい、っちゃ、かっこいい、んだけど。
私、いつから主人公枠に移籍したんですか?
私そもそも誕生日プレゼントとか、サンタさんからのクリスマスプレゼントも、受け取った時に無邪気に喜べるタイプじゃないのに。
なんだか無理やり張り付けたようなテンションになっちゃうのが悩みなの。
今、人生で一番反応に困ってるよ……!
どうしよう、正解がわからない。
「これはね、どんな強い敵でも一撃の剣なんだ」
博士が得意げに鼻の穴を膨らませて、剣を掲げる。
「……へぇ」
「へぇじゃないだろ! どれだけこの剣の完成に時間をかけたと思っているんだ」
わっかんないですよ!
剣なんてもらったことも、ほしいと思ったこともないですもん!
どう、反応するべきなんですか。
やったぁって、そんな十五のオナゴ、いませんて。
しかし、戸惑う私をよそに、博士が胸を張って続ける。
「この剣はね――」
その時だった。
ドゴォォォン!!
研究室全体が大きく揺れる。
「うわっ!?」
机の上のパソコンと、数本の薬品がガタガタと音を立てる。
博士の肩に乗っていたキャンディーちゃんが、勢いよく飛び降りる。
「思ったよりも、早かったな」
博士の顔から笑みが消えた。
「博士、今の揺れって」
顔を青く染めたレオンが尋ねる。
「……正面玄関を突破されたんだ」
と、博士が小さく舌打ちする。
どうやら、玄関のドアは合図なしだと通常、施錠がかかるように設定しているみたいで。
教団の一味は呼び鈴に反応しない、この家が怪しいと踏み込み、ドアを爆破させたんだとか。
……居留守の場合もあるでしょうがっ。
そんなことで爆破させんなよ、過激だな。
博士は、敵の襲撃に思わず身構えた私の手に無理やり剣を押し付けた。
「……博s」
「その剣、一回だけだから。本当、どんな敵でも倒せるんだけど、有効回数一回だけだから、タイミングは自分で見極めるんだ。本当に困った時にしなさいね。あの、引っこ抜いてくれたら使えるから、じゃ、あとは頼んだよ」
説明雑すぎないっ⁉
いや、ま、そうだよね、時間がないよね。
今からルービックキューブと鍵の間を突破しないといけないにしろ、呑気に雑談している暇なんて、ないですもんね。
……ていうか、一回だけぇ⁉
そんなの、言っちゃ悪いけど、ただの重石だよ。
使う場面によっちゃ、無敵なんだけど、それ以外役に立たないじゃないっ。
「はい、じゃあみんなこっち!」
博士は研究室の奥へ、私たちを押し出す。
何かと思えば。
その先の壁が音もなく開いた。
「隠し通路!」
「ロマンだろぉ? この部屋、全部真っ白だからさ、ばれないように存在させやすいんだ。おかげで、この部屋に招待した数々の騙された顔を幾度なく見ることができた」
最低。
ていうか、なんだろう。
通路の向こうから湿った感じの雰囲気が流れてくる。
暗いし、狭いし、一番嫌なのが臭いしぃ。
「うわっ」
通路に踏み入れると、足元に泥が絡みつく。
最悪だ。
いやぁんとか思って手をついた壁には、今度は苔が生えている。
やだやだっ、こんな下水道みたいな。
「え、今からここを進めと」
「なんだ、てんこちゃん。もと来た道をたどって、敵と対面したのか」
ゲームオーバーだぞ、と博士は仁王立ち。
……それも、そう。
「覚悟を決めろ」
博士の声をバックに、私たちはさらに奥へ進む。
当たり前のようにあった明かりがどんどん離れていく。
辺りはもう、真っ暗だ。
やがて、行き止まりにたどり着いたかと思うと、そこには一本の梯子がかかっている。
遥か上へ伸びた、梯子だ。
……え゛
まさか、これを登るんじゃ。
だってここ、地下八階だよね。
地上まで、どんだけかかるのよぅ。
「今日朝起きて一番にぃ、レオンにぃ、静寂の島までの特製マップを渡したぁ」
遠くの明かりに博士の陰が見える。
レオンが思い出したかのように、ポケットから地図を取り出す。
……あの、すでにぐしゃぐしゃになってますが。
遠くの影がそのまま口元に手をやって、叫ぶ。
「その梯子を登るとぉ、川の近くへ出るからぁ、そのまま川沿いに進みなさぁい。そうすると最初の関門である、峡谷が見えてくるぅ」
――峡谷……。
「そこを越えれば次の目印があるぅ」
その時。
また辺りに振動が響いた。
天井の埃がぱらぱら落ちる。
「道中、楽しむんだぞぉ」
「博士っ」
しかし、私の叫びもむなしく、博士は勢いよく扉を閉めた。
あっけな。
仕方ないにしろ、悲しいよ、こっちはっ。
辺りはさらに暗闇と、静けさに染まった。
……博士。
すでに私、心折れそうだよ。
博士の明るい声が早くも、懐かしい。
最後まで、遊び心を追求する人だったな。
「どうする? 出発するか?」
沈黙の中、切り出したのはパパの声だった。
「今のは、エレベーターが作動した振動だ」
続いて、レオンの声があたりに響く。
「教団のやつらは、博士が何とか誤魔化してくれるから、俺らは先を急ごう」
暗いから、分からないとは思うけど。
私は大きく頷いて、梯子へ手をかけた。
登りきるのにどれだけかかるかな。
レオンや私の魔法を使って登りきることもできるけど。
今の私たちが使うと、後々体力も気力も魔力も減りが早まって疲れちゃうから。
「……じゃないな。レオン、さっき魔力強化の手袋貰ってたよね。それで時短になるし、魔法の絨毯とか出せない?」
「早速頼るとか、情けねぇだろ」
レオンのぶっきらぼうな声が返ってくる。
はいはい。
そうですね。
そうしましょうか。
地道さがいいですもんね。
私は観念し、梯子にやった手に力を込めて体を浮かせる。
一歩ずつ、登っていきましょ。
長い旅が、始まろうとしていた。
まずはそう、真実を語る者のみが通れるという、
――三問峡、別名、嘘喰い峡谷に向かって。
最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます。
楽しんでいただけましたでしょうかっ。
次回、ep.17は【《三問峡》別名、嘘喰い峡谷】です。
新しい展開が始まります~。
ぜひ、お手すきの際に、よろしくお願いいたします。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします♪




