表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星の魔女  作者: えごさん
PR
2/4

星の魔女2

星の魔女2

第二章 旅立ち


 祭りの翌朝だった。

 昨日の賑やかさが嘘みたいに静かだった。

 広場にはまだ焚き火の跡が残っている。

 踏み固められた土。

 転がった空き樽。

 食べかけの串。

 誰かが落としていった帽子。

 昨夜ここにいた沢山の人達はもういない。

 旅人達は朝が早い。

 私は窓からそれを眺めていた。

 風が吹く。

 どこか遠くへ向かう荷馬車の音が聞こえる。

 知らない人達は来た時と同じように村を去っていく。

 なんだか不思議だった。

 昨日までここで笑っていたのに。

 今日はもういない。

 旅人ってそういう生き物なんだろうか。

 ぼんやりそんなことを考えていると。

 どん。

 宿屋の外から重たい音が聞こえた。

 窓から覗く。

 ウィズだった。

 大きなリュックを地面に落としている。

 まただ。

 この人はたまに自分の荷物に負ける。

 旅人なのに。

 私は少し笑った。

 急いで外へ出る。

 ウィズはリュックの紐を締め直していた。

 見慣れた剣。

 見慣れたリュック。

 見慣れた顔。

 でも。

 今日は少し違った。

 何というか。

 出発する人の顔だった。

 「行くの?」

 私が聞く。

 ウィズは振り返った。

 そして頷く。

 「行く。」

 迷いのない声だった。

 「どこへ?」

 「知らん。」

 知らないらしい。

 適当だった。

 でもウィズらしかった。

 私は少し笑う。

 ウィズも少し笑った。

 そして。

 少しだけ真面目な顔になる。

 「昨日な。」

 広場の向こうを見る。

 祭りの時に来ていた旅人達の方角を。

 「面白い話を聞いた。」

 また旅人の話だろう。

 この人は本当に好きだ。

 「どんな話?」

 「奇跡の遺物。」

 風が吹いた。

 その言葉は聞いたことがあった。

 子供達の間でも有名だ。

 願いを叶える宝物。

 どんな願いでも。

 どんな夢でも。

 叶えてくれるらしい。

 もちろん私は見たことがない。

 村の人達も見たことがない。

 大体そういう話は誰も見たことがない。

 「南の遺跡で見つかったかもしれないんだと。」

 「かもしれない?」

 「かもしれない。」

 私は首を傾げた。

 随分と曖昧だった。

 ウィズは肩を竦める。

 「旅人の話だからな。」

 「じゃあ嘘かも。」

 「かもな。」

 それでも。

 ウィズの目は笑っていなかった。

 真っ直ぐだった。

 遺跡の話をする時の目。

 遠くを見る時の目。

 「それでも行くの?」

 「行く。」

 また即答だった。

 私は少し考える。

 どうしてそこまで。

 そんな疑問が顔に出ていたのかもしれない。

 ウィズは少しだけ笑った。

 「探してるんだ。」

 「何を?」

 「奇跡の遺物。」

 当たり前みたいに言う。

 まるでパンを買いに行くみたいに。

 でも。

 その声だけは本気だった。

 私は広場を見る。

 旅人達が去っていく。

 東へ。

 西へ。

 南へ。

 北へ。

 世界は思ったより広いらしい。

 私はまだザザバンジュ村しか知らない。

 その外には何があるんだろう。

 海。

 街。

 山。

 国。

 遺跡。

 そして。

 私が目を覚ました場所と同じような場所。

 その時だった。

 胸の奥で何かが引っ掛かった。

 夢の中で聞いた声みたいに。

 暖かくて。

 少しだけ寂しい何か。

 私は遺跡で目を覚ました。

 それだけは覚えている。

 なら。

 他の遺跡には何があるんだろう。

 私と同じように。

 何かが眠っているんだろうか。

 分からない。

 でも。

 知りたいとは思った。

 「私も行く。」

 気付けばそう言っていた。

 ウィズが目を丸くする。

 「いいのか?」

 「分からない。」

 私は正直に答える。

 そして少し考える。

 少しだけ。

 「でも。」

 風が吹いた。

 村の外へ続く道が揺れる。

 ずっと遠くまで続いている。

 見えないところまで。

 「ここにいても分からない気がする。」

 ウィズはしばらく黙っていた。

 それから。

 いつものように笑った。

 「まぁまぁだな。」

 相変わらず意味は分からなかった。

 でも。

 その日。

 私は初めて村の外へ出ることになった。

 後から思えば。

 それが全ての始まりだった。

  ウィズと共に旅へ出ることになった。

 行き先は南。

 旅人が話していた遺跡だった。

 奇跡の遺物があるかもしれない場所。

 あるかもしれない。

 ないかもしれない。

 相変わらず随分と曖昧だった。

 でもウィズは行く。

 だから行く。

 私もそんな感じだった。

 季節は少しずつ夏に近付いていた。

 風は暖かい。

 というより少し暑い。

 空気もじめっとしている。

 歩いているだけなのに額に汗が滲んだ。

 夏は大変そうだった。

 まだ夏じゃないのに。

 旅立ちの日。

 村の人達は朝から集まっていた。

 宿屋のおばさんは大きな包みを持たせてくれた。

 中にはパンが入っていた。

 沢山入っていた。

 とても嬉しい。

 「道中で食べな。」

 「うん。」

 「全部一日で食べるんじゃないよ。」

 私は返事をしなかった。

 おばさんが少し嫌そうな顔をした。

 失礼である。

 まだ食べると決まったわけではない。

 多分。

 村長は何度も頷いていた。

 何に対して頷いているのかは最後まで分からなかった。

 お酒を飲んでいたおじさん達は朝からお酒を飲んでいた。

 いつ寝ているんだろう。

 謎だった。

 子供達は私の籠や荷物を触りながら騒いでいる。

 まるで旅立つのが私ではなく荷物みたいだった。

 そんな中。

 ウィズだけは少し離れた場所にいた。

 剣を確認している。

 荷物を確認している。

 いつも通りだった。

 でも。

 少しだけ嬉しそうに見えた。

 多分。

 「じゃあな。」

 ウィズが言う。

 「おう。」

 「気を付けるんだよ。」

 「遺跡で死ぬなよ。」

 「飯はちゃんと食え。」

 最後のは私に向けてだった。

 失礼である。

 ちゃんと食べる。

 むしろ食べ過ぎるくらい食べる。

 問題ない。

 多分。

 私は村を振り返った。

 木の家。

 畑。

 宿屋。

 広場。

 祭りをした場所。

 名前を貰った場所。

 気が付けば見慣れた景色になっていた。

 少し前まで何も知らなかったのに。

 不思議だった。

 胸の奥が少しだけ寂しくなる。

 こういう気持ちを何と言うんだろう。

 分からない。

 でも嫌いじゃなかった。

 「ナラン。」

 ウィズが呼ぶ。

 顔を上げる。

 村の外へ続く道があった。

 ずっと遠くまで続いている。

 どこまでも。

 見えない場所まで。

 「行くぞ。」

 私はもう一度だけ村を見る。

 宿屋のおばさんが手を振っていた。

 子供達も手を振っていた。

 村長も頷いていた。

 やっぱり何に対してなのかは分からなかった。

 私は少し笑う。

 そして。

 ザザバンジュ村から一歩を踏み出した。

 その一歩は小さかった。

 さぁ、はじまる。

 ……その前にご飯食べよ。

 

  歩き始めてからしばらくして、私の荷物は少し軽くなっていた。

 パンを食べたからである。

 とても順調だった。

 その代わり私の足取りは少し重くなっていた。

 世の中は上手く出来ているらしい。

 ウィズは私に合わせて歩いてくれている。

 多分。

 でも少し早い。

 いや結構早い。

 旅人という生き物は常にどこかへ急いでいるんだろうか。

 私は歩く。

 ウィズも歩く。

 道は続く。

 暑い。

 とても暑い。

 旅というのは思ったより汗をかくものらしかった。

 歩きながら私達は色々な話をした。

 大した話ではない。

 村のおじさん達が朝から酒を飲んでいた話とか。

 宿屋のおばさんのパンが美味しい話とか。

 ザバンの実をどれくらい食べたら怒られるのかとか。

 重要な話は特になかった。

 でも。

 時々笑いながら歩く旅は思ったより楽しかった。

 その時だった。

 かこん。

 ウィズのリュックから音がした。

 しゃんしゃん。

 何かが揺れる。

 ぼきっ。

 ばきっ。

 何かが折れた気がした。

 私は思わず足を止める。

 「ねぇ。」

 「ん?」

 「今大丈夫な音した?」

 「なんか音がしたな。」

 認めた。

 ウィズは認めた。

 「大丈夫なの?」

 「おう多分。」

 多分だった。

 私はリュックを見る。

 夢と希望が詰まっている。

 と思っていた。

 でも違う。

 どう考えてもガラクタだった。

 以前見た時も変な石とか壊れた金具とかよく分からない板とか入っていた気がする。

 何に使うのか聞いたら、

 「そんなのは分からん。」

 と言われた。

 持ち主にも分からないらしい。

 謎である。

 かこん。

 しゃん。

 また音がした。

 私は少しだけリュックから距離を取った。

 「逃げるなよ。」

 「爆発するかもしれない。」

 「爆発はしない。」

 「本当に?」

 「多分。」

 信用できなかった。

 ウィズも信用できない顔をしていた。

 多分中身のことをよく分かっていないんだと思う。

 旅人って意外と適当である。

 風が吹いた。

 草が揺れる。

 遠くでは鳥が鳴いていた。

 かこん。

 しゃんしゃん。

 ぼきっ。

 やっぱり何かが壊れている気がした。

 私は少し考える。

 少しだけ。

 そして結論を出した。

 あのリュックは見なかったことにしよう。

 多分それが一番平和だった。

  ところで南の遺跡はどの辺にあるのだろうか。

 今さら気になった。

 旅に出る前に聞いておけばよかったと思う。

 でももう遅い。

 私達は歩いている。

 そして私は疲れていた。

 かなり。

 空は赤く染まり始めている。

 鳥達も帰る時間らしい。

 風も少し涼しくなってきた。

 つまり。

 もうすぐ夜だった。

 私の足も限界だった。

 休みたい。

 寝たい。

 その前に美味しいご飯が食べたい。

 とても大事なことである。

 「ウィズ。」

 「んー?」

 「お腹空いた。」

 「そうか。」

 そうかじゃない。

 大問題だった。

 人類共通の問題と言ってもいい。

 「なにか食べるか?」

 もちろん食べる。

 私はこくこくと勢いよく頷いた。

 頷きすぎて少し首が痛くなった。

 でも食べる。

 「ならここらで休むか。」

 ウィズはそう言うとリュックを下ろした。

 どさりと重たい音がする。

 相変わらず何が入っているのか分からない。

 本人も分かっていない気がする。

 ウィズはそのまま中身を漁り始めた。

 ごそごそ。

 がさがさ。

 時々首を傾げる。

 明らかに何かを探していた。

 「あれ。」

 ごそごそ。

 「んー。」

 がさがさ。

 「あれどこだっけ。」

 そんな顔をしていた。

 多分。

 私はそれを横目で見ながら近くの大きな岩へ向かう。

 そして。

 もたれ掛かった。

 幸せだった。

 岩は偉大である。

 歩かなくていい。

 それだけで素晴らしい。

 私はそのまま空を見上げた。

 赤い。

 とても赤い。

 昼と夜の間みたいな色だった。

 綺麗だなと思う。

 旅に出てからまだ一日も経っていない。

 それなのに村が少し懐かしく感じた。

 宿屋のおばさん。

 お酒のおじさん達。

 子供達。

 村長。

 何に頷いていたのか最後まで分からなかった。

 思い出すと少し笑ってしまう。

 その時だった。

 「よし。」

 ウィズが声を上げた。

 見れば手には一本の棒が握られている。

 先端が少し黒くなっていた。

 「何それ。」

 「便利なやつ。」

 便利なやつらしい。

 全然説明になっていなかった。

 私は少しだけ嫌な予感がした。

 ウィズはその棒を地面に突き立てる。

 そして。

 火打石を取り出した。

 数回打ち鳴らす。

 ぱちっ。

 火花が散る。

 そして次の瞬間。

 ぼうっと小さな炎が生まれた。

 私は目を丸くする。

 「おぉ。」

 思わず声が出た。

 ウィズは少し得意そうだった。

 「旅人の必須技術だ。」

 「すごい。」

 「だろ。」

 さっきからその顔ばかりしている気がする。

 でも。

 確かに少しすごかった。

 炎はゆっくり大きくなる。

 辺りが少しずつ暖かくなっていく。

 夜が近付いていた。

 でも。

 なんだろう。

 不思議と怖くなかった。

 目の前には火があって。

 隣にはウィズがいて。

 そして。

 そろそろご飯が出てきそうだったから。

  ガサゴソとウィズはリュックをひっくり返した。

 石。

 金具。

 変な木片。

 何に使うのか分からない部品。

 そして鍋。

 鍋が出てきた。

 私は少し安心した。

 少なくともご飯は出てきそうだった。

 「よし。」

 ウィズは袖をまくる。

 そして慣れた手つきで小枝を集め始めた。

 火を起こす。

 鍋を置く。

 水を入れる。

 野菜を切る。

 肉も切る。

 ぽんぽんと包丁が動く。

 意外だった。

 もっと不器用な人だと思っていた。

 「何その顔。」

 「別に。」

 「今馬鹿にしただろ。」

 「してない。」

 したかもしれない。

 少しだけ。

 ウィズは鼻を鳴らす。

 そして得意そうに鍋をかき混ぜた。

 「旅人はな。」

 「うん。」

 「料理くらいできないと死ぬ。」

 なるほど。

 説得力があった。

 しばらくして料理が完成した。

 私は期待した。

 かなり期待した。

 宿屋のおばさんの料理くらい。

 いや。

 半分くらい。

 四分の一でもいい。

 でも。

 出てきたのは。

 煮込んだだけだった。

 本当に煮込んだだけだった。

 肉。

 野菜。

 終わり。

 潔い。

 「どうだ。」

 「まぁ。」

 一口食べる。

 もぐもぐ。

 「まぁまぁ。」

 ウィズが固まる。

 「お前。」

 「おいしいよ。」

 「今の間は何だ。」

 「宿屋のおばさん思い出してた。」

 ウィズは大きくため息を吐いた。

 失礼である。

 でも事実だった。

 美味しい。

 美味しいけど。

 宿屋のおばさんは強かった。

 そんな時だった。

 私はポケットの中に手を入れる。

 硬い感触。

 ザバンの実だった。

 そういえば持っていた。

 私はそれを取り出す。

 「何してる。」

 「実験。」

 ザバンの実を鍋へ放り込む。

 ぐつぐつ。

 少し混ぜる。

 少し待つ。

 食べる。

 私は目を丸くした。

 「ウィズ。」

 「なんだ。」

 「食べて。」

 ウィズも食べる。

 そして。

 目を丸くした。

 「うま。」

 「うまい。」

 辛味と香りが広がる。

 肉の旨味も増している気がする。

 気のせいかもしれない。

 でもうまかった。

 私達は顔を見合わせる。

 そして。

 笑った。

 さっきまで普通だった鍋が急にご馳走になった気がした。

 不思議だった。

 焚き火がぱちぱちと音を立てる。

 空には星が見え始めていた。

 風は少し涼しい。

 ご飯も食べ終わって。

 何となく静かな時間が流れる。

 その時だった。

 「なぁ。」

 珍しくウィズが先に口を開いた。

 「ん?」

 焚き火を見つめたまま言う。

 「俺さ。」

 少しだけ。

 本当に少しだけ。

 言葉を探しているように見えた。

 「奇跡の遺物を探してるんだ。」

 「うん。」

 知っていた。

 ずっと聞いていた。

 でも。

 私はふと思った。

 「どうして?」

 ウィズは答えなかった。

 焚き火の向こうを見ている。

 揺れる火を。

 ずっと。

 見つめていた。

 そして。

 小さく笑った。

 でもその笑顔は少し寂しそうだった。

 「会いたいんだ。」

 「誰に?」

 少しの沈黙。

 それから。

 「両親。」

 私は黙る。

 ウィズは続けた。

 「もういないんだけどな。」

 笑う。

 でも。

 全然楽しそうじゃなかった。

 「でも奇跡の遺物なら。」

 焚き火の火が揺れる。

 「もしかしたらって思うんだ。」

 その声は。

 遺跡の話をしている時よりずっと子供っぽかった。

 私は答えに困った。

 両親。

 私にはいない。

 いたのかもしれない。

 でも知らない。

 だから。

 何を言えばいいのか分からなかった。

 しばらく考える。

 少しだけ。

 本当に少しだけ。

 それから。

 私は手を伸ばした。

 ぽん。

 ぽん。

 ウィズの頭を軽く叩く。

 「なんだよ。」

 「大丈夫。」

 「何が。」

 「分からない。」

 正直に言った。

 分からないものは分からない。

 でも。

 「きっと見つかる。」

 根拠はない。

 理由もない。

 ただそう思った。

 ウィズはしばらく黙っていた。

 それから。

 少しだけ笑う。

 今度はちゃんと。

 いつものウィズみたいに。

 「ありがとう。」

 そう言った。

 私達はしばらく焚き火を眺めていた。

 火は暖かかった。

 心地よかった。

 でも少し暑かった。

 星は綺麗だった。

 風も気持ちよかった。

 そして私は思う。

 今日一日で。

 私はウィズのことを少しだけ知った気がした。


  そんなこんなで夜を過ごしていた。

 焚き火は少し小さくなっている。

 虫の声が聞こえる。

 風は昼間より涼しい。

 ウィズは相変わらず焚き火を眺めていた。

 私は少し眠かった。

 その時だった。

 森の奥で何かが光った。

 月明かりを反射したみたいに。

 一瞬だけ。

 きらりと。

 「ん?」

 ウィズが顔を上げる。

 私もそちらを見る。

 でももう光っていない。

 気のせいかと思った。

 ウィズは立ち上がる。

 「見てくる。」

 「また?」

 「まただ。」

 そう言って森の中へ入っていく。

 私は焚き火の前に残された。

 慣れたものである。

 この人は光るものと遺跡っぽいものを見つけるとすぐ行く。

 魚を見つけた猫みたいだった。

 しばらく待つ。

 ぱちり。

 薪が弾ける。

 少しして。

 がさがさ。

 草をかき分ける音が聞こえた。

 ウィズだった。

 てくてく歩いてくる。

 少し機嫌が良さそうだった。

 嫌な予感がした。

 大体こういう時はガラクタが増える。

 「何かあった?」

 私が聞く。

 ウィズはにやりと笑った。

 そして握っていた手を開く。

 小さな欠片だった。

 銀色っぽい。

 月の光を受けて少しだけ光っている。

 「なにそれ?」

 「分かんない。」

 分からなかった。

 やっぱり分からなかった。

 変なものを何でも拾ってくるのは猫とウィズくらいである。

 私はその欠片を覗き込む。

 金属みたいにも見える。

 石みたいにも見える。

 どっちでもない気もする。

 つまりよく分からなかった。

 「何かの破片?」

 「だと思う。」

 「何の?」

 「分かんない。」

 最初に戻った。

 私は欠片を見る。

 ウィズも見る。

 二人とも分からない。

 不思議だった。

 「これは遺跡の欠片?」

 「かもな。」

 ウィズは真剣な顔で頷いた。

 欠片をくるくる回す。

 月明かりが反射する。

 「きっと何か大事なものだ。」

 「へぇ。」

 私は頷く。

 多分ガラクタだと思った。

 でも黙っておいた。

 優しさである。

 ウィズは満足そうだった。

 それだけで十分な気もした。

 「宝物かもしれない。」

 「そうかも。」

 「遺跡の鍵かもしれない。」

 「そうかも。」

 「伝説の武器の一部かもしれない。」

 「そうかも。」

 私は全部同じ返事をした。

 ウィズは気付いていない。

 幸せそうだった。

 そして。

 その小さな欠片は夢と希望の詰まったリュックへ収納された。

 かこん。

 しゃん。

 ぼきっ。

 また嫌な音がした。

 「今なんか壊れた。」

 「気のせいだ。」

 「絶対壊れた。」

 「気のせいだ。」

 ウィズは二回言った。

 つまり壊れたんだと思う。

 でも本人が幸せそうなので問題ないのかもしれない。

 こうしてウィズは新しいお宝を手に入れた。

 そして夢と希望の詰まったリュックサックには、また一つガラクタが増えたのだった。


  翌日の朝だった。

 空は青かった。

 とても青かった。

 雲も少ない。

 風も気持ちいい。

 私は機嫌が良かった。

 昨日の鍋が美味しかったからかもしれない。

 ザバンの実のおかげだけど。

 多分。

 「今日は暑くなりそうだな。」

 ウィズが空を見上げる。

 「そうだね。」

 「雨は降らなそうだ。」

 その一時間後だった。

 降った。

 すごく降った。

 どうしてなのかは分からない。

 さっきまで青空だった。

 でも今は違う。

 空は真っ黒だった。

 雨も真っ直ぐ落ちてこない。

 横から飛んでくる。

 痛い。

 「ウィズ!」

 「なんだ!」

 お互い叫んでいた。

 雨音で何も聞こえない。

 「雨降らなそうって言った!」

 「言った!」

 「降ってる!」

 「見れば分かる!」

 役に立たなかった。

 旅人は天気予報ができる訳ではないらしい。

 私は一つ賢くなった。

 雨はどんどん強くなる。

 服はもうびしょ濡れだった。

 髪も顔に張り付いている。

 靴の中も気持ち悪い。

 歩くたびにぐちゅぐちゅ鳴った。

 最悪だった。

 「どこかないの!?」

 「探してる!」

 「見つかった!?」

 「見つかってない!」

 駄目だった。

 全然駄目だった。

 私は空を見る。

 真っ黒だった。

 空も駄目だった。

 雷まで鳴り始める。

 ごろごろ。

 ぴかっ。

 私は少しだけウィズに近付いた。

 少しだけである。

 怖かった訳じゃない。

 多分。

 「木の下とか!」

 「危ない!」

 「なんで!」

 「雷落ちる!」

 「最悪!」

 最悪だった。

 自然は理不尽である。

 私達は走る。

 走る。

 滑る。

 転びそうになる。

 私は盛大に水たまりへ足を突っ込んだ。

 ばしゃん。

 もう靴が濡れているので意味はなかった。

 でも悲しかった。

 その時だった。

 前を走っていたウィズが何かを見つけたらしい。

 急に立ち止まる。

 私は避けきれなかった。

 どん。

 背中にぶつかる。

 硬かった。

 「痛い。」

 「見ろ!」

 「痛い!」

 「見ろって!」

 痛かったけれど見る。

 ウィズの指差す先。

 木々の向こう。

 雨の向こう。

 何かが見えた。

 石だった。

 大きな石。

 いや。

 違う。

 柱だった。

 崩れた石柱。

 半分壊れた壁。

 そして。

 雨に濡れながら立つ古い建物。

 私は目を丸くする。

 ウィズの目も輝いていた。

 嫌な予感がした。

 「ウィズ。」

 「遺跡だ。」

 「ウィズ。」

 「遺跡だ!」

 興奮していた。

 さっきまで雨で死にそうだったのに。

 元気だった。

 私は少し呆れる。

 でも。

 屋根があった。

 少なくとも見えた。

 それは素晴らしかった。

 「行こう!」

 「雨宿りが先!」

 「遺跡も見れる!」

 「雨宿りが先!」

 「両方だ!」

 そう言うとウィズは走り出した。

 私は慌てて追いかける。

 雨は相変わらずひどかった。

 でも。

 少しだけ希望が見えていた。

 そしてその希望の半分は遺跡だった。

 残り半分は屋根だった。

 慌ててたどり着いた遺跡はなんだかカビ臭くてじめじめした場所だった。

 遺跡というより大きな物置に近い気もする。

 少なくとも今の私には神秘的な感じはしなかった。

 寒かったからである。

 雨に濡れた私達は崩れた壁際に座り込んでいた。

 服はびしょ濡れ。

 髪もしっとりしている。

 靴なんてもう諦めた。

 歩くたびに変な音がする。

 ぐちゅ。

 悲しい。

 「寒い。」

 「寒いな。」

 珍しく意見が一致した。

 ウィズは荷物を下ろす。

 ごそごそと中を漁る。

 そして見慣れた火打石を取り出した。

 少し頼もしく見えた。

 今の私達に必要なのは火だった。

 暖かい火。

 あと出来ればご飯。

 「大丈夫かナラン?」

 「寒い。」

 「服乾かすために火を焚こう。」

 そう言うとウィズは慣れた手つきで薪を組み始めた。

 流石旅人だった。

 こういう時は頼りになる。

 多分。

 カチッ。

 火花が散る。

 消える。

 カチッ。

 消える。

 カチッ。

 やっぱり消える。

 遺跡の中には火打石の音だけが響いていた。

 なんだか少し寂しい。

 ウィズの顔も段々寂しそうになっている。

 「つかない?」

 「つかない。」

 「頑張れ。」

 「頑張ってる。」

 そう言いながらまた打つ。

 カチッ。

 消える。

 カチッ。

 消える。

 湿気が酷いらしかった。

 薪もしっとりしている。

 空気もしっとりしている。

 私もしっとりしている。

 全部しっとりしていた。

 私は何か手伝おうかと思った。

 思っただけだった。

 寒い。

 動きたくない。

 というか今動いたら暖かい場所を失う。

 私は膝を抱える。

 応援することにした。

 「頑張れウィズ。」

 「おう。」

 カチッ。

 「もうちょい。」

 「おう。」

 カチッ。

 「いける。」

 「おう。」

 全然いけていなかった。

 それでもウィズは諦めない。

 流石旅人だった。

 こういう時だけは格好いい。

 その時だった。

 ぱちっ。

 小さな火花が薪の隙間に落ちる。

 じわり。

 煙が上がる。

 ウィズの目が輝いた。

 私も少しだけ身を乗り出す。

 じわじわ。

 じわじわ。

 煙だけ増える。

 そして。

 消えた。

 「……。」

 「……。」

 遺跡は静かだった。

 遠くで雨音だけが聞こえる。

 私はそっと肩を叩いた。

 「元気出して。」

 「まだ終わってねぇ。」

 ウィズは真顔だった。

 そして再び火打石を構える。

 その背中はどこか勇ましかった。

 多分。

 でも少しだけ可哀想だった。


  その後、火を焚くのを諦めたウィズは何か暖かくなるものはないかとリュックを漁り始めた。

 ごそごそ。

 がさがさ。

 かこん。

 しゃん。

 相変わらず不安になる音がする。

 私は膝を抱えながらその様子を眺めていた。

 お布団とか出てこないだろうか。

 大きな毛布でもいい。

 奇跡の遺物でもいいから暖かいやつが出てきてほしい。

 そんなことを考えていると。

 「お。」

 ウィズが何かを取り出した。

 少し嬉しそうだった。

 嫌な予感がした。

 大体こういう時は碌なことにならない。

 「ナラン。」

 「なに。」

 「これ食うか?」

 渡されたのは茶色い種だった。

 見覚えがある。

 というか嫌な思い出がある。

 確か。

 ザバンの実の辛さを倍にした辛さと言われている。

 えーっと。

 なんだっけ。

 忘れた。

 「これなんだっけ。」

 「クラハスの種。」

 「あー。」

 そうそう。

 それだった。

 思い出した。

 思い出したくなかった。

 クラハスの種は辛い。

 とても辛い。

 食べると体がぽかぽかする。

 そんな説明をする人がいる。

 嘘である。

 正確には。

 辛すぎて何も分からなくなる。

 が正しい。

 以前村のおじさんが挑戦していた。

 結果として井戸へ頭から突っ込んでいた。

 あまり参考にしたくない。

 「食べよう。」

 ウィズが言う。

 目が輝いていた。

 完全に面白そうだから食べようとしている顔だった。

 私は首を横に振る。

 全力で振る。

 「嫌。」

 「なんで。」

 「死ぬ。」

 「死なない。」

 「多分死ぬ。」

 「多分生きる。」

 信用できなかった。

 全然できなかった。

 私はクラハスの種を見る。

 種は黙っている。

 見るからに危険そうだった。

 「ウィズ食べていいよ。」

 私は優しかった。

 譲ってあげたのである。

 ウィズは少し考えた。

 少しだけ。

 それから。

 「じゃあ食う。」

 食べた。

 本当に食べた。

 迷いがなかった。

 旅人は勇敢なのか馬鹿なのか時々分からなくなる。

 数秒後。

 固まった。

 「ウィズ。」

 返事がない。

 「ウィズ?」

 目が見開かれている。

 顔も赤い。

 耳も赤い。

 なんなら首まで赤い。

 「お。」

 「お?」

 「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 叫んだ。

 遺跡中に響いた。

 鳥が飛び立った気がした。

 いないけど。

 ウィズは水筒を掴む。

 飲む。

 飲み干す。

 足りない。

 さらに飲もうとして空なのに気付く。

 絶望していた。

 私は少し離れた。

 安全のためである。

 「大丈夫?」

 「痛ぇ!!」

 痛いらしい。

 やっぱりだった。

 私は頷く。

 知っていた。

 そうなると思っていた。

 「ナラン。」

 「なに。」

 「絶対食うな。」

 「うん。」

 その意見については完全に一致した。

 こうして。

 火は起こせなかった。

 毛布も見つからなかった。

 でも。

 少しだけ暖かくなった人はいた。

 主に顔面が。


  しばらくして。

 雨宿りのつもりだった。

 本当にそれだけだった。

 少し雨が止むまで待って。

 服が乾いたら出発して。

 また南の遺跡を目指す。

 そのはずだった。

 火は結局つかなかった。

 クラハスの種で顔だけ真っ赤になったウィズも落ち着きを取り戻し、私達は壁際で雨が弱まるのを待っていた。

 けれど。

 待てど暮らせど雨は止まない。

 むしろ強くなっている気さえした。

 外では雷も鳴っている。

 ごろごろ。

 ぴかっ。

 その度に遺跡の入口が白く光る。

 私は膝を抱えた。

 寒い。

 少しだけ。

 本当に少しだけ。

 帰りたくなってきた。

 「なぁ。」

 ウィズが立ち上がる。

 嫌な予感がした。

 「なに。」

 「ちょっと見てくる。」

 やっぱりだった。

 この人は遺跡を見ると落ち着きがなくなる。

 犬がおやつを見つけた時みたいになる。

 「雨宿りじゃなかったの?」

 「雨宿りだ。」

 「探索してる。」

 「ついでだ。」

 ついでの範囲が広すぎる。

 私はため息を吐いた。

 でも暇だったので付いていくことにした。

 遺跡の奥は思っていたより広かった。

 入口付近は崩れていたけれど、奥は意外と原型を残している。

 長い通路。

 割れた石像。

 壁に刻まれた模様。

 昔は立派な場所だったのかもしれない。

 今はカビ臭いだけだけど。

 「見ろ。」

 ウィズが壁を指差した。

 何か文字みたいなものが刻まれている。

 「読める?」

 「全然。」

 駄目だった。

 知ってた。

 それでもウィズは楽しそうだった。

 まるで宝探しみたいに。

 壁を見たり。

 床を見たり。

 天井を見たり。

 時々何か拾ったり。

 多分ガラクタだった。

 私は何も言わなかった。

 夢と希望を否定するのは良くない。

 多分。

 気付けば結構歩いていた。

 曲がり角をいくつも曲がった。

 階段も下りた。

 部屋もいくつか通った。

 私は後ろを振り返る。

 暗い。

 来た道が分からない。

 少しだけ嫌な気持ちになった。

 「ウィズ。」

 「ん?」

 「帰ろう。」

 「もう少し。」

 「帰ろう。」

 「もう少し。」

 聞いてくれなかった。

 遺跡相手になると本当に頑固だった。

 その時だった。

 ごごごごご。

 低い音が響く。

 地面が揺れた。

 私は思わず壁に手を付く。

 「なに!?」

 「分からん!」

 分からんらしい。

 頼りにならなかった。

 天井から砂が落ちてくる。

 遠くで何かが崩れる音がした。

 どん。

 どどどどど。

 そして。

 静かになる。

 私達は顔を見合わせた。

 嫌な予感しかしない。

 「ウィズ。」

 「うん。」

 「帰ろう。」

 「帰ろう。」

 今度は意見が一致した。

 私達は来た道を戻ろうとする。

 右だった気がする。

 いや左かもしれない。

 階段はどこだろう。

 この部屋通ったっけ。

 さっきの石像どこだっけ。

 嫌な汗が出る。

 しばらく歩く。

 また歩く。

 さらに歩く。

 見覚えのない通路。

 見覚えのない部屋。

 見覚えのある気もする壁。

 でも違う。

 多分違う。

 「ウィズ。」

 「なんだ。」

 「迷った?」

 少し沈黙があった。

 ウィズは壁を見る。

 床を見る。

 天井を見る。

 そして。

 「まぁまぁだな。」

 と言った。

 私は知っている。

 この人が「まぁまぁだな」と言う時は。

 全然まぁまぁじゃない。

 かなり駄目な時だ。

 「迷ったんだ。」

 「迷ったな。」

 即答だった。

 ひどい。

 私は頭を抱える。

 遺跡は静かだった。

 雨音も聞こえない。

 外がどこかも分からない。

 出口も分からない。

 帰り道も分からない。

 分からないことばかりだった。

 でも。

 その時の私はまだ思っていた。

 きっとそのうち出られるだろうと。

 まさか。

 これから数日も遺跡の中を彷徨うことになるなんて。

 その時の私は知らなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ