第114話 招待
目を開けると知らない天井ではなく、知らない白衣の人が俺の顔を覗き込んでいた。医者か……。
「川原亮平くんだね。僕の声が聞こえるかな」
「は……い」
声が出にくい。こっちの体はずっと寝たきりだったからな。
「この指何本かわかる?」
「8……です」
普通2本、3本じゃね? って思ったけど、たまに見えなくてもあてずっぽうでいう人がいるらしく、両手指にしているんだそうだ。
「ここ……どこです?」
「ここは縦浜にあるカーライル社の直営病院だ。カーライル社社員を優先的に見ているが普通の病院だよ。まれに君の様にVR機器の事故に遭った患者も見ている。意識がはっきりと戻ったようだね。親御さんにすぐ知らせるので面会はもう少し待って欲しい」
ちょうど脳波が覚醒のサインを出していて、確認しようとして覗き込んだところ俺が目覚めたそうだ。だから天井じゃなく、先生のアップだったんだな。
先生が言うには、俺の意識がないとわかった当初は近所の病院に連れられたそうだ。だけど機械が外れないとわかって、この病院に転院してきたらしい。事件については全く知らないそうだが、契約代理店が絡んでいたからと治療費は全額カーライル社持ちになるそうだ。
しばらく話していたら俺の声帯も良く動くようになって、普通に話せるようになった。
「俺の命、だいぶヤバかったんですか?」
「命? それは全く問題なかったけど。
ああでも入学式が3日後に控えているから、検査とリハビリを優先的に行うようにと通達があったね。僕がここに詰めていたのもそのせいなんだよ」
あんなに長い時間向こうにいたのに、ここでは1カ月程度しか時間がたっていなかった。つまりエリーちゃんの言ってたタイムリミットって俺の入学に合わせての事だったんだ。
俺はいろいろな検査と簡単なリハビリを受けて、特に異常は見られないが経過観測のため通院するだけでよくなった。
検査が終わるころには父さんと母さんが迎えに来てくれて、いっぱい泣かれていっぱい叱られたけど無事でよかったと抱きしめられた。
まだ体がだるかったけど俺は予定通り入学式に出席できた。クラスに喋れる友達も出来てホッとする。確かにタイムリミットギリギリだった。入学式後のモジモジ期を越えてから学校に行ったら、よっぽどの陽キャでもなけりゃすでに出来上がってる人間関係に入るのは割と辛い。
中学のクラスメイトも別クラスにいた。俺が卒業式に行かなかったので、事故のことが知れ渡っていたらしく心配しされた。VR事故ではなく、交通事故だと思われていたようだが特に否定はしなかった。
「なぁ知ってる? ほらあの村瀬っておっさんがやってたゲームショップ。お前割と行ってただろ。あそこ潰れたんだぜ。なんとあの親父、金持ちの顧客殺して金を奪ってたんだって。マジやべーよな」
「人を殺してたのか?」
「もう連日報道されてすごかったんだぜ。なんか傷一つ負わせず殺してたんだって。こんなに身近に殺人犯がいるなんて思わなかったぜ」
15人すべてではなかったが一部の人の死体を遺棄していたらしく、それが逮捕のきっかけになったらしい。俺はもう一人の共犯というか被害者についても尋ねてみた。
「クラスに坂本っていたじゃん? アイツどうなったか知ってる?」
「うん? なんで?」
「いや、よく村瀬さんの店でアイツ見かけたから」
「そういやアイツも卒業式出てなかったな。俺も良くは知らないんだけど、なんかあったのかも。アイツの進学先に俺のツレがいるから聞いてやろうか?」
「うん、頼むよ」
聞いてもらったところ、どうやら高校入学を辞退して入院しているそうだ。元クラスメイトのツレは坂本とご近所さんだったらしく、何でも俺はもう死ぬとか叫んで錯乱状態だったそうだ。それも村瀬さんのせいになっているらしい。いや坂本が80年の寿命を失ったのは確かにあの人のせいだ。
事件の報道が別の事件に塗り替えられて、世間はそんなこともあったなという感じに落ち着いてきていた。俺も通院やリハビリの必要がなくなり、学校や何やかやでまるであの時のことが夢みたいな気がしてきた。
それで体調が落ち着いてきたので生体コンピュータを導入することになった。もちろんカーライル社製のを選んだ。何といっても安全性がピカ一で、しかも事件のお詫びということで無料になったのだ。母さんはちょっと嫌そうだったけど、悪いのは村瀬さんだと説得した。
導入方法はとても簡単だ。適性診断を受けて、注射して7日後に定着しているか見るのだ。だから大抵は中学卒業後高校入学(あるいは就職)までに済ませるけど、意識不明の間にするわけにはいかなかった。
だから高校進学してもしばらくは中学で使っていたタブレットを持って行くしかなかった。すごく目立った。事故で受けられなかったと言うと、そういう人はチラホラいるらしく、「俺の知り合いにも」「私のいとこの友達が」なんて話で盛り上がる。大体が入院ではなく、スポーツ特待生で春休みの期間に導入する暇がなかったって話だったけど。中にはゲームのやりすぎで予約を忘れたって話もあって、ちょっとドキリとした。
近所でも受けられるけど、念のためということで縦浜のカーライル社の病院に招待された。先生も顔なじみで、診断も受けたばかりなのでそれも省かれるしね。
行くとなんかすごい応接間に連れていかれて、高級ホテルのアフタヌーンティーセットまで出された。こっちが恐縮しつつ食べ終わると、めっちゃくちゃ仕事の出来そうな美人秘書って感じの女性に準備が出来たと案内された。
「川原様、特別室にご案内いたします」
いや、普通のでいいんですが。そう思ったけど、秘書さんは俺をどんどん奥の方へ連れて行き豪華なエレベーターに乗せる。行先は最上階だ。
なんだか不安になってきた……。母さんの言う『只より高い物はない』ってやつか?
どうしよう……。
エレベーターが止まり、秘書さんに俺だけが降りるように言われた。
「ここから先は招待された方だけしか行けないのです」
言われるまま前に進み、自動ドアを通り抜け、さらに重厚な木のドアに直面する。ノックしようとすると、「入りたまえ」と言われ俺はドアノブをひねった。
中には超渋いイケオジの外人がいた。俺はもちろん、世界中の多くの人が知っている有名人だ。カーライル社の現CEO リオネル=ルエーガーだ。
元々は創立者のアンドリュー=カーライルって人がCEOだったんだけどこの縦浜で事故死して、なぜか奥さん側の甥であるこの人がカーライル社のすべてを引き継いだのだ。それまでも冒険者(ギルドに所属するあれではなく、マッターホルン登ったり、深海に潜ったり、未知の植物探しに行ったりするあれだ)としてファンの多い人で引き継いだ時にはすごく話題になったそうだ。
「君が川原亮平くん、リアンだね?」
何でそれを! と叫びそうになったが、一つ間違えればカーライル社の信用問題に関わる大きな事件になるはずだった。あの事件の全容を把握しているに違いない。
「君にどうしても会いたいという人が居てね。会ってやって欲しいんだ。もちろん危険はない」
どちらにせよここまで来て否とは言えないだろう。そう思って了承した。
「ではミネ、ホログラムの準備を」
〈もうできているわ〉
可愛らしい5歳くらいの女の子の声だが、人の声ではなかった。
〈リアン、わたしはミネルヴァ。カーライル社のホストAIよ。よろしくね〉
マジで⁈ シンギュラリティを起こしているというあの有名なミネルヴァ?
そうして写してくれたホログラムは俺にとってとても親しみ深い人たちだった。
『やぁ、リアン』
『リアン、ひさしぶり。げんきそうでよかった』
ホログラムの相手はアルとエリーちゃんだったのだ。
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