第115話 お願い
俺を引き合わせるとリオネル=ルエーガーは黙って仕事を始めた。彼から事情を聴くのではないようだ。
ホログラムのアルは相変わらずの超弩級のイケメンで愛らしいエリーちゃんを膝の上に乗せていた。そのいつも通りの姿に俺は安堵からか涙が出そうだったがグッと堪えた。
「ちゃんとお礼も言えてなかったから気になっていたんだ。また会えて嬉しいよ。
アル、エリーちゃん。俺を助けてくれてありがとう。モカたちも元気かな?」
『どういたしまして』
『みんなげんきよ。こっちこそなんにもいわずに、きゅうにかえしてごめんね』
「それならよかった。俺の入学式に間に合うように気を遣ってくれたんだろ?」
『モカがね、そのひにいかないとダメっておしえてくれたの』
何でもモカは中学の入学式で一生の友達となる夏菜さんと出会ったのだという。入学式というのは初めてクラスメイトと顔を合わせる心のハードルが下がる日だからと主張したそうだ。だからその日までに絶対帰すと決めていたんだとエリーちゃんは笑った。そう言えばモカは異世界で王妃様をしている親友がいるって言ってたっけ。なんか薄い本作る話だったけどさ。
『それで無事友達は出来たのかい?』
「うん、一生の友達になるかまではわかんねーけど仲良くなれたよ。ただでさえ生体コンピュータを入れてないから、入学式まで休んでたら悪目立ちするところだった。それよりあれからどうなったのか知りたい!」
『そうだなリアンは知る権利があるね。
君が帰ってすぐ僕らはプラムとカイルの遺体と意識を失ったリアン君をアイリスとチェリーの元に返したよ。魔王の背後にいた悪魔と戦って2人が死んでしまい、リアン君もエリーが打った剣と記憶を失ったことになっている』
「そんな! 記憶を失うって全部か?」
『いいや、法廷でのことだよ。アレは神の領域の話だからね』
よかった。これ以上リアン君に負担を掛けたくなかったんだ。
悪魔についてはアイリスに剣聖の力を奪う時に神の言葉として伝えたのだという。
「どうしてアイリスを剣聖から外したんだ?」
『勇者と聖女が死に、1人だけ強すぎる力を持っていることをよく思わない輩がいるからだよ。それに元々彼女は借金だらけの伯爵令嬢だ。立場が弱く、レッドグレイブ男爵でなくても彼女を利用しようとする人間は後を絶たないだろうからね』
「でもそんなことをしたら、彼女の立場がもっと弱くなるじゃないか?」
『大丈夫だ。リアン君が彼女を娶ることになったから』
ええっ! どうしてそんなことに? 別に恋仲に発展するようなこと何もなかったけど?
『リアン君は勇者カイル亡き後、それに代わる人物だ。そして彼の願いは婚約者の家を再興して魔剣を受け継ぎ、彼女の親族に継承させること。そのためには貴族との婚姻が不可欠だ。だが一体どんな貴族女性が自分の子どもに跡を継がせないなんてことを認めると思うかい?
しかし彼に借りがあるアイリスならば、交渉して穏やかに話を進められると踏んだんだ。
それで彼は討伐の褒賞にアイリスとの結婚を王に申し入れたんだ。おかげで彼女も大嫌いなアルフォンス君と結婚しなくて済んだし、貴族夫人の名を借りた娼婦にならなくて済んだ。その後の2人の関係がどうなるかは知らないけど、とりあえず現時点では納得していたみたいだよ』
「そっか、2人がいいんならいいか」
『ただ彼は君じゃないからね。アイリスは彼と君との違いに戸惑っているみたいだけど』
「それは仕方ないな」
『少しかわいそうだったよ。君は優しかったけど、リアン君は完全なる打算によるものだからね』
そう言われてもちゃんとフレデリカのことは話したし、期待を持たせるようなことは何もなかったけど。
「まさか、君を愛することはないなんて言ってないよな?」
『リアン君はそこまで愚かじゃないよ。でもそれに近いかもしれないね』
それは悲しいな。アイリスには思うところがない訳じゃないけど、悪い子じゃなかった。不幸になって欲しい訳じゃない。
『さっきも言ったけど、これからしばらくは2人でお家再興に努めるんだ。もしかしたら仲良くなるかもしれないよ。彼は強い女性が好きだからね』
ちなみにウォルフォード伯爵夫妻は2人共鉱山奴隷としてレッドグレイブ男爵売られていったそうだ。彼はアルフォンス君の死を悼むことなく、役立たずとののしったらしい。すごくムカつく。ざまぁしてやりたいと思ったら、もう悪魔のサポートを受けられないから、これまでのような魔道具は作れないそうだ。
『自分が九死に一生を得たなんて知らないから、傲慢な彼がいつまで帝国で大きな顔が出来るか見ものだね』
「悪魔はどうしてあのおっさんを喰わなかったんだ?」
『帝国の中枢に食い込んだからじゃないかな。もっとおいしい獲物を運んでくる餌にするつもりで生かしておいたんだろう。もっとも僕は悪魔じゃないから、絶対ではないけど』
「それにしても悪魔ってあんなに簡単に討伐できるんだ……」
だってエリーちゃんが光る矢で刺しただけで消えてしまうなんて思わなかった。
『とても弱い個体だった。たぶんもっと大きな悪魔の分裂体か、成りたてで模倣するしかできなかったんだと思う』
「模倣……」
この方法で別の世界のだれかの魂が喰い散らかされたってことか……そう思うと背筋に悪寒が走った。
『力がなかったので、ゲームディスクを1枚しか作れなかったのさ。目立つことが出来なかったのもあるけど。この世界はそれなりに異世界転移・転生があるものの、管理が行き届いている方なんだ。そうでなければ新しい神が生育される土壌にならないからね』
管理が行き届いていないと神様になれる人が生まれても早死にしたり、不幸過ぎて目覚めなかったりするそうだ。
「そうだ、エリカはどうなった? あとチェリーやサリーも」
『リカは故郷に帰っていった。別れる時連れて帰って欲しいって頼まれたけど、精霊女王たちが許さなかったんだ。あとの2人のことは無事に王都へ返したから、たぶん婚約者たちとなかよくやってるんじゃないかな?
僕も他のことに忙しかったから、さほど見ていない』
「他のこと?」
『アルフォンス君として死んで、ダンジョンを全部潰してあの世界の魔素に返還しないといけなかったんだ。
まず初めにしたのは王都に帰って来たリアン君の受け入れとアイリスとの婚約解消だ。その後暴漢に襲われたことで死んだことにした。彼の遺体には前々回のカイルの暴力の痕が残っていたからね』
「なんだか、悲しいね。彼は被害者だったのに……」
『それでも魂が悪魔に喰われたわけではないから転生できる。
魂はね、1つとして同じものはないんだ。生死を繰り返していろんな世界に循環し成長していく。それを輪廻というのさ。仏教用語とは少々違うけどね』
「じゃあさ、パラレルワールドとよく言うけど、別の所に同じ魂がいるってことはないんだ?」
『特殊な場合を除いてはない。ほとんど同じシチュエーションでも同じ名前でも同じ顔でも魂は違う』
「特殊な事情って?」
『エリーのような神や強大な力を持つ悪魔のような存在なら、いろんな世界に同時に居られる』
『わたしはいまおにいさまのひざのうえにいるけど、べつのところにもいるの。かみとは『へんざいするもの』だから』
『遍在するもの』、ありとあらゆるところに広く行き渡って存在していることだそうだ。
エリーちゃん(とはっきりわかっていなくても)を信じる人が居るところに彼女は存在する。だったら俺の心の中にも彼女はいるから、この世界にもいることになる。そう思うとなんとなく温かい気持ちになった。
「それにしてもまさかリオネル=ルエーガーさんの手引きで会えるなんて思わなかったよ。今日は生体コンピュータを入れに来ただけですごく楽しみなんだ。
でもいいのかな? すでに治療に掛かったお金全部払ってもらっているのに……」
『リオ、問題ないね?』
「ああ、父さん」
うん? 父さん?
『リオはね、おにいさまのこどもなの。エリーのおいっこね』
ええっ! 天下のリオネル=ルエーガーがアルの子ども?
『不肖の息子だよ。僕がこの世界で死んだとき74歳だったんだが、まだ孫どころか伴侶すら見つけてなかったんだから』
「今は結婚しているんだからもういいだろ。そんなわけで我々カーライル・グループは2人の悪魔討伐に協力しているんだ」
『僕に協力というより、エリーにだろ。僕の妻は世界的な俳優だったから、よくエリーに彼を預けていたんだ。だからもうママン、ママンってべったりでね』
「父さんこそ、世界一のシスコンって呼ばれるほど、ずっと一緒にいたじゃないか‼ 俺のことを言えた義理か⁉」
そんな醜い言い争いを制したのはエリーちゃんだ。
『リオ、わたしはあなたのママンでしあわせだし、おにいさまのいもうとでしあわせだよ。おにいさまもリオをいじめないで』
「ママンがそういうなら、父さんとも仲良くする」
『苛めたつもりはないけど、悪かったね、リオ』
〈ねぇ、ママ。ミネは? ミネもママの子どもでしょ?〉
『そうよ、ミネのママになれてしあわせよ。リアンもね。
エリーはたくさんのこどものおかあさんになれてしあわせなの』
聞けばミネルヴァはエリーちゃんが元の旦那さんたちと一緒に教育して、その間に魂が生まれてシンギュラリティが起こったんだそうだ。神様候補だったから魂を生み出してしまったんだって。すげーな。
そんな親子仲直り的なものを見せられたが、それが理由で呼び出されたはずはない。
「それで俺は何で呼び出されたの?」
するとエリーちゃんとアルは困ったように顔を見合わせて、それから俺に向かって土下座して頭を下げた。
『ごめんなさい! リアン』
『すまない、リアン』
『にほんではあやまったり、おねがいがあったりするときはこうしてあたまをさげるのよね?』
「そうだけど……2人は俺に何かしたの?」
『何かしたというか、解除し忘れたというか……』
『リアンをかえすのにいそぎすぎて、エリーのにくきゅうスタンプ、つけっぱなしなの』
ああ、あの『いのちだいじに』か!
「つけっぱなしはダメなの?」
『リアンはただでさえ初回の魂で清らかだ。その上神の加護を与えられて、悪魔からしたらむき身の牡蠣みたいなごちそうなんだ』
その例え、あんまり嬉しくない。
『だけどこっちのじかんはゆっくりだから。いまのうちにはずせばとおもったの』
まだ事件後1カ月程度だもんな。外されるとなると寂しくなるけど危険ならば仕方がない。
『でもそれだけではないんだ。
リアン、もしよかったら少しだけ僕を助けてくれないかな?』
助ける? そういえばあの土下座は謝罪だけじゃなくて、お願いとも言っていた。
『今こっちの世界によく似た、でももっと魔素が薄い世界で急激にダンジョンが発生している。僕らはそれを悪魔の侵攻と見ている。でもどうしても人手が足りなくてね』
『まそをあまりひつようとしない、にんげんでないといけないの』
つまり魔獣であるモカ、ミランダ、モリー、ルシィはついてこれないってことか。
「それ、俺が行きたいって言ったんだが……」
唐突にリオネルさんが話に入って、俺を羨ましそうに見てきた。この人元々冒険家だし、大事な家族が困っているなら手を貸したいだろうな。
『悪いけど日本の知識のある子どもの方がいいんだ。モカが最適だったんだけどね。あの子は魔素がかなり多くないと連れていけないし……』
モカは相当ごねたそうだ。ダンジョンでやりたいことがあったらしい。なんだろう……ゲームキャラのコスプレとかかな?
『それにきけんがないとはいえないの。
だからリアンがいやなら、なんとかできるから。しんぱいしないで』
基本悪魔討伐に行ってるんだからな。でも心配するなと言われて断るほど、俺は薄情じゃない。2人のことは好きだし、会えなくてなんとなく寂しい気持ちにもなっていた。それに何でもできるアルが困る状況って一体何か興味もある。
「俺でよかったら手を貸すけど。でもこっちの学業優先にしてくれる?」
『『もちろん!』』
そうして俺は次の冒険に出ることになったのだ。
お読みいただきありがとうございます。
こちらで第1章が終了いたします。よくあることですがこんなに長く書くつもりがなかったんだけど変に筆が滑ってしまいました。
次は1か月ほどお休みをいただいて、もう1つ書こうと思っていた勇者ユーダイ(エリーの孫でモカの兄)のハーレムのような、そうでないようなそんな物語を書き進めたいと思っています。
この作品の第2章もほぼプロットは出来ているので、不定期連載か、週1回ぐらいのペース配分になると思います。
ハッキリとわかったらまたご報告させていただきます。
どうぞよろしくお願いいたします。




