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冬の雨⑦

「実はわたくし、小学生までは(セント)ヴァレリア女学院に通ってましたのよ」

「あ、やっぱりそうなんだ。あそこっていろんな有名人が通ってるもんね」


 (セント)ヴァレリア女学院は前橋市にある由緒正しき名門カトリック校で、幼稚園から高等部まである一貫校だ。

 他県からも名家のお嬢さまや著名人のご息女が通う、チョーお嬢さま学校で、そこを卒業するコトは一種のステータスとなっているのだ。


「あれ? でもヒメカミさんはそこをやめて四中に通っているってコトだよね? なんで?」


 正直もったいない、と思った。

 (セント)ヴァレリア女学院は一貫校だけど、初等部、中等部、高等部と進学する度にキビしい審査試験が行われていて、それに落ちてよその学校に転入するヒトも少なくないらしい。

 偏差値も驚くほど高い上に、校風に見合った資質と教養が問われるのだから、そこに通い続けるだけでもスゴいコトなのだ。


 ヒメカミさんはワタシの問いに、少し間を置いてからゆっくりと語った。


(セント)ヴァレリアにいる間、わたくしは毎日決まった生活をしておりました。姫神家の宿命ともいうべき、型にはめられた生活を……。もちろん、それはそれで充実した日々でしたし、自己を研鑽するのにふさわしい最高の環境でしたわ。ですが……わたくしは抗ってみたくなったのです」

「抗う?」


 ヒメカミさんはコクリとうなずいた。


「一般の公立校で、自由な校風の中で普通の学園生活を送ってみたい。そう強く願うようになったのです」

「フツーの学生生活かぁ……」


 正直、ワタシはヒメカミさんとは生まれも育ちも違いすぎるから彼女の気持ちを全部理解するコトはできない。だけど、型にはめられた生活だとか、決められたレールの上を走るだけの人生に見舞われたとしたら、きっとワタシも抗うんだろうな、とは思った。


 とはいえ、ワタシみたいな一般人からしたら、ヒメカミさんみたいな裕福な家庭をうらやましいと思ったり、あこがれたりするものだ。

 フツーの家庭のコでもお嬢さまでも、悩みというものは等しく存在するものなんだなぁ、としみじみ感じてしまう。


「ですが、わたくしにはそれを言い出す勇気がありませんでした。両親を失望させてしまうのではないか? 姫神家の者としてそれは許されざるワガママなのではないか? そう考えてすべてをあきらめようとしておりました。ですが……」


 ここでヒメカミさんはようやく顔を上げて、まっすぐワタシを見すえた。


「そんな時、わたくしはアナタを知ったのです」

「ワタシを?」


 突然のコトにワタシは首をかしげる。


「テレビに映る同い年のアナタはひと際大きな存在感を放っていて、とてもまっすぐな瞳で前を見すえていて、とてもまぶしくてわたくしはすぐに心惹かれましたわ」


 それは、野球をやっていたころのワタシだ。


「好きなことを好きと堂々と公言できるアナタのお姿を見て、わたくしは自分を恥じましたわ。やりたいことをやりたいと言うことに何を迷う必要があるのか、と。そしてわたくしは両親に自身の希望を伝えましたわ。もちろん、最初は戸惑われましたが、<中学の3年間だけ>ということと、<高校は(セント)ヴァレリアを受験する>という条件付きで承諾してくださいました」


 そう言って穏やかな笑みを浮かべるヒメカミさん。


 ワタシはまず、ヒメカミさんが昔のワタシを知っていたコトに驚いたし、それにヒメカミさんのやりたいコトに対する熱意にも驚かされた。


「でも、(セント)ヴァレリアを受験し直すって、相当大変だよね?」


 大半の生徒が中等部からエスカレーター先で高等部に進学するから、外部からの受験となるとその難易度はかなりハードなものになるハズだ。


 それなのに、ヒメカミさんはあえてその苦難の道のりを選択した。それは生半可な気持ちじゃできない勇気ある決断だし、そうまでして我が道を貫こうとする彼女に尊敬する覚えるのだった。


「ええ、大変でしょうね。ですが、後悔はありませんわ。わたくしは今、四中で学園生活を満喫できておりますもの。それも、すべてクモコシさんのおかげ。アナタのまっすぐなお姿が、わたくしに勇気を与えてくださったから。わたくしの背中を押してくださったから……。わたくし、アナタに感謝しておりますの。ですから、どうしてもそれをお伝えしたくて、半ば強引にお招きしてしまいましたわ」


 そう言って、ヒメカミさんはいたずらっぽく笑った。


「ワタシが……?」


 不意に、乾ききってヒビ割れてしまったワタシの心に優しい風がそよいだような気がした。


 それは、以前にも感じたコトのあるさわやかな温もり。


『クモコシちゃんが、妹を変えてくれたんだよ。クモコシちゃんのがんばる姿が、妹の心を動かしたんだよ』


 そうだ――


 あの時、上泉(かみいずみ)さんがワタシに伝えてくれていた。


 ワタシが誰かの背中を押して、それがワタシ自身にも勇気と感動を与えてくれた。

 それはとても不思議な(えにし)の連鎖だ。


 だけど、上泉(かみいずみ)さんの妹さんだけじゃなく、まさかヒメカミさんにまで影響を与えていたなんて思ってもみなかった。


「もんじゃ焼き屋でアナタと初めてお会いした時、わたくしはすぐに気づけませんでした。でも帰ってからすぐに雲越緋美華(くもこしひみか)だと思い出しましたわ」


 たしかにあの時、ヒメカミさんはワタシを見て何かに気づきかけていた感じだった。


「アナタが剣道をしていると知って、わたくしは舞い上がりましたわ。ですからわたくし、二中と練習試合をすると提案をいただいた時、アナタとまたお会いできると思ってよろこんで快諾しましたわ」


 夏休み最後の日の練習試合――

 あの時ヒメカミさんは、ワタシの名前をフルネームで呼んでいた。

 ワタシのコトを知っていてくれてたからだったんだ。


「アナタとの試合、とても楽しかったですわ。まっすぐで、情熱的で、お互いのすべてをぶつけ合えた最高の舞台でしたわ」


 それはワタシも同じだ。

 あの時、最初こそ緊張で何もできなかったけど、ワタシはその緊張感を楽しむコトができた。ヒメカミさんという強い相手と竹刀を交えるよろこびを、心から感じられた。


 それはとても儚い夢のような時間――

 刹那のキラめき――


 ――そうだ……。そうだった……


 ワタシはそんな夢のような時間をもっと楽しみたくて、今までやって来たんじゃないか。


 タッつん――

 カッシー――

 ヒメカミさん――

 上泉(かみいずみ)さん――

 そしてシーコ――


 ワタシは、やっぱり戦いたい。

 あのドキドキを――刹那のキラめきを取り戻したい!


 ワタシは、胸の中で再び情熱が炎のように燃え上がるのを感じた。


「ありがとう、ヒメカミさん!」


 ワタシは思わず身を乗り出し、ヒメカミさんの手を取った。


「え?」

「ワタシも、ヒメカミさんと試合ができてとても楽しかった。心の底から剣道をやっててよかった、って感じさせてくれた。だからワタシ……もう一度ヒメカミさんと戦いたい!」


 そう言うと、ヒメカミさんは驚いたように目をぱちくりとさせていたけど、


「わたくしも、同感ですわ」


 すぐにワタシの手を力強く握り返してうなずいた。


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