冬の雨⑧
コンコンコン
と、ここで部屋のドアがノックされ、メイドさんがカートを押しながら入室する。
「失礼いたします」
深々と腰を折った後にメイドさんはこちらへとやって来て、ワタシたちの前に紅茶が入れられたカップと、お菓子が乗せられた3段式のティースタンドが並べられる。
「ごゆっくりどうぞ」
用意を済ませると、メイドさんは再び頭を下げ、カートと共に部屋を後にする。
――メイドさんまで……。それにコレって……
英国貴族のティータイムそのままの豪華絢爛なテーブルを見て、ワタシは思わず絶句してしまう。
「さあ、どうぞ召し上がってくださいませ」
「い、いただきます……」
気後れしながらも、ワタシは紅茶を口にふくむ。
「んッ! おいしい!」
ワタシは思わずうなった。
それは今まで口にしたことのない芳醇な香りと味わいで、ワタシはすぐにその虜になった。
「お口に合ったみたいでよかったですわ。お菓子もどうぞ」
「ありがとう」
ワタシはお言葉に甘えて、ティースタンドからスコーンをひとつ手に取る。
「んまッ!」
ひと口食べただけで、ワタシはまたしてもうなってしまう。
外はサクサクで中はしっとりとしたプレーン味の生地に、クラッシュしたアーモンドが散りばめられている。その食感と風味にワタシは再び虜になった。
ワタシは思わず夢中になって食事を楽しむ。
と、ここでようやくワタシはヒメカミさんがまだ紅茶を飲んでいるだけだったコトに気づいて、
「ゴメン、品がなかったよね」
自分ばかりが食べているコトを、恥ずかしく感じた。
「いいえ、お気になさらずに。むしろ、見ていて小気味いいくらいでしたわ」
ヒメカミさんはそう言って笑うと、優雅な所作で紅茶を口にふくむ。
うーん……やっぱり、こういうのはヒメカミさんだとスゴく絵になるなぁ。
そしてワタシは、普段なら決して経験するコトのできないエレガントなひと時を楽しんだ。
「ごちそうさま。こんなステキなティータイムは初めてだったよ」
「よろこんでいただけて何よりですわ」
ティータイムを終えてワタシたちはくつろぐ。
「ヒメカミさんて、いつもこんな感じでお友達と食事してるの?」
「……」
ワタシの問いに、ヒメカミさんはピクリと眉を落とす。
何かまずいコト聞いちゃったのかな?
「実はわたくし、ご友人と呼べるほど親しい方がおりませんの。この部屋にヒトをお招きしたのも、アナタが初めてなんですのよ」
「え、そうだったの?」
意外な事実にワタシは驚いた。
社交的な性格だし、ワタシにも気さくに声をかけてくれるくらいだから、友達もたくさんいると思っていた。
「ええ。学校でもたくさんの方と仲良くさせていただいてはいるのですが、どうもみなさんはどこかわたくしから一歩退いた感じで接しているような気がして、お誘いしてもやんわりと断られてしまうんですの」
退いてしまう気持ちはわからなくもない。現にワタシだって今のこの状況に現実感が湧かないし、ヒメカミさんのスケールの大きさに気後れしてしまっているのだから。
でも、実際にこうして直接お話ししてみると、驚くほど気さくで気配りができるヒトで、ヘンに構えてしまっていたのがバカらしく感じるくらいだ。
もちろん気位は高いし確固たるプライドを持っているから、それをキツいと感じて敬遠してしまうかもしれないけど、それも彼女の魅力だと思う。
「あの……クモコシさん。わたくし、アナタにお願いがあるのですが……」
そんなコトを考えていたら、ヒメカミさんがどこかもじもじと体をくねらせながら言ってくる。
「お願い?」
ワタシは小首をかしげる。
ヒメカミさんほどのヒトからのお願いって、なんか想像できなくてちょっとコワいかも。
ヒメカミさんは小さくうなずくと、
「わたくしと、その……お友達になっていただけませんか?」
いつもはハッキリと物言う彼女にしてはめずらしく、おずおずとした口調でそう言うのだった。
「友達って……ワタシと?」
「ええ」
「ワタシでイイの?」
「もちろんですわ。わたくしは、アナタと仲良くなりたいんですの」
「うれしいけど……なんでそんなにワタシにこだわるの? 昔のワタシがヒメカミさんの後押しをしたから?」
「それもありますが」
ヒメカミさんは少し間を置くと、
「初めてお会いした時、アナタはわたくしたちにハッキリと意見をおっしゃってくださいました。あのようにまっすぐに忌憚のない言葉をぶつけられたのは初めてのことで、おかしいと思われるかもしれませんが、わたくしはとてもうれしいと感じたのです」
微笑みながらそう言った。
「あ〜、たしかあん時は、ヒメカミさんのコトをよく知らなかったからなぁ……」
あの時はついつい勢いでつっかかっちゃったけど、そのすぐ後にヒメカミさんの素性を知って後悔したんだっけ。
「わたくしの周囲の方々は、わたくしに優しく接してくださいますが、やっぱりどこか心の距離感を感じてしまっておりました。ですが、アナタの言葉は素直で偽りがなくてとても心地良いと感じられるのです。この方なら信頼できる。この方とお友達になりたい。そう強く願うようになっていたのです」
「ヒメカミさん……」
彼女がワタシのコトをそんな風に思っていたなんて驚いたけど、素直にうれしいと感じた。
ワタシも、こうして直接お話しをして、彼女の本音を知るコトができた。
ヒメカミさんはたしかにプライドの高いお嬢さまだけど、それ以前に年相応のフツーの女のコなんだ、って知るコトができた。
そう思えるようになると、ワタシは気後れしていたのがウソのそうにフッと肩の力が抜けて、心からリラックスできるようになっていた。
「ありがとう。ワタシもヒメカミさんとお友達になりたいよ」
「本当ですの⁉︎ うれしいですわ!」
ワタシの言葉に、ヒメカミさんはパァっと花が咲いたように満面の笑みを浮かべて、ワタシの手をギュッと握った。
「それでは親愛の証として、お互いあだ名で呼び合うのはいかがでしょう?」
「あだ名かぁ。うん、イイよ」
ヒメカミさんの提案に、ワタシはコクリとうなずく。
「ではわたくし、これからクモコシさんのことを、<ヒミちゃん>とお呼びしてよろしいかしら?」
「ヒミちゃん、かぁ……。ちょっと照れくさいけど、うれしいな」
ちゃん付けで呼ばれるのは小学生以来だから、すごく懐かしい気さえする。
「じゃあ、ヒメカミさんは……」
たしか、名前はリンネだったよね?
それじゃあ――
「<リンリン>、なんてどうかな?」
安直かな、とも思ったけど、語感がけっこう気に入っている。
「リンリンッ⁉︎」
突然目を大きく見開いて立ち上がるヒメカミさん。
やっぱり、いきなり馴れ馴れしすぎたかな?
「うれしいですわ! リンリン……あぁ、なんてステキな響きなのかしら!」
そう思ったけど、ヒメカミさんはうっとりとした表情で上を見上げ、まるでオペラ女優のような仕草と口調でワタシの付けたあだ名をつぶやく。
とりあえず気に入ってもらえたみたいなので、ホッと安堵する。
「これからよろしくお願いしますわ、ヒミちゃん」
「うん。よろしくね、リンリン」
ワタシたちは握手を交わす。
そこから伝わる温もり。彼女の優しさが――情熱が、ワタシの胸のモヤモヤも心に刺さったトゲも、すべて溶かしてくれたんだ。
窓の方に目を向ける。
あれだけ降りしきっていた雨は、いつの間にか止んでいた。




