冬の雨⑥
それは、まさにお城といったたたずまいだった――
周囲を高い壁でおおっていて、その中に童話に出てくるようなメルヘンチックな白亜の建造物が悠然とそびえ立っている様は、まるで中世の西洋にタイムスリップしてしまったかのような錯覚さえ感じさせる。
「ふわぁ……」
ワタシはそんな巨塔を見上げて、思わずマヌケな声をもらしてしまう。
呆然とするワタシをよそに、ヒメカミさんは門の脇に設置されているセキュリティのコントロールパネルを操作する。
まず、家の敷地に入る際にもあったけど、やっぱり大財閥の豪邸だけあって、セキュリティは厳重だ。
そして、鉄製の重厚そうな門の扉が自動で開くと、
「さあ、どうぞ」
ヒメカミさんが中へとうながす。
ワタシはコクリとうなずき、彼女の後に続いた。
ちなみに敷地内で車を降りてここまで少し距離が有ったけど、通路は全部アーチ型の屋根があったからもう傘をさす必要もなかった。
そして、いよいよ玄関前というところでもう一度邸宅を見上げて見たんだけど、やっぱりスケールがぜんぜん違くて圧倒されるばかりだ。
ホントにワタシみたいな庶民が入ってもイイものなのか、と気後れしてしまうのは仕方ないコトだと思う。
玄関もカードセキュリティになっていて、ヒメカミさんはカードキーを通して鍵を開ける。
「さあ、お入りになって」
「は、ハイッ!」
緊張のあまり思わず声が裏返り、ヒメカミさんはクスッと笑った。
「ふわぁ……」
ヒメカミさんのお部屋に通されたワタシは、そこでも惚けた声を発してしまう。
まず感じたのは、とにかく広いというコト。ワタシんちのお店――<雲越ベーカリー>の店舗面積よりも広いスペースが、ヒメカミさん個人のお部屋としてあてがわれてるんだから、やっぱりお金持ちはスゴい。
<高千穂財閥>恐るべしだ。
そして、もうひとつ驚いたのはその内装。部屋の中にいながら外の景色をパノラマで一望できる大きな窓。どれだけ寝相のワルいヒトでも安心の大きなベッド。情熱的な性格の彼女を象徴しているかのような赤い絨毯。そして、ファンシーでカワイらしいぬいぐるみたちがいっぱい並べられている。
「どうぞ、おかげになってくださいませ」
隣に大きなペンギンのぬいぐるみが鎮座しているソファーを示して、ヒメカミさんがうながす。そこにはハート型のクッションが敷かれていて、至れりつくせりのカワイイものづくしだ。
「ありがとう」
そう言ってソファーに座る。想像以上の快適さに、またしてもヘンな声が出そうになってしまう。
「お風呂まで使わせてもらっちゃって、ホントにゴメンね」
「わたくしが強引にお招きしたんですもの、あやまる必要なんてありませんわ」
ヒメカミさんも正面のソファーに腰を下ろして、優雅な口調で言う。
ワタシは家におじゃますると、最初にお風呂を勧められた。他人の家に来ていきなりお風呂はさすがに気後れしてしまったけど、ぜひにと言われてお言葉に甘えさせてもらった。
そこもやっぱり規模がケタ外れで、温泉宿の大浴場くらいの湯船の中にはバラの香りがする入浴剤が入った桃色の湯が張られていた。
ひとりきりだと逆に広すぎて少しさみしい感じもしたけど、それでもお風呂に浸かっている間、ワタシはお嬢さま気分を味わうコトができたのだ。
「今、お茶を用意させてますので、少しお待ちになってくださいませ」
「ありがとう。でも、なんでこんなに気をつかってくれるの? ワタシたち別の学校だし、そこまで親しいワケじゃないのに」
ワタシは、ずっと感じていた疑問を再びたずねる。さっき車内で聞いた時ははぐらかされたけど、今度はどうだろ?
「そうですわね……」
ヒメカミさんは、フゥ、とひとつため息をついてから、
「クモコシさんは、わたくしの家のことをある程度は知ってらっしゃるのかしら?」
逆にこちらに聞いてくる。
「え? うん。まあ、世間でウワサされてる程度のコトなら」
ワタシがそう答えると、ヒメカミさんはそっと目を伏せ、静かに語り出した。
「<高千穂財閥>の令嬢――それが世間一般におけるわたくしを表す言葉。遥か太古の時代より連綿と受け継がれてきた名家の娘――それはわたくしにとって誇りであり、切っても切り離せないアイデンティティでもあります」
粛々と語られるその言葉に、ワタシはジッと耳をかたむける。
「由緒正しき<姫神家>の娘として、わたくしは幼少のみぎりより英才教育をほどこされました。学問、武芸、教養……剣道もその中のひとつでした」
どこかで聞いたコトのある話だ、と思い返してみると、シーコだった。
シーコも<高千穂財閥>と双璧を成す<星乃宮財閥>の令嬢で、彼女もそういった英才教育を幼いころから受けていた、と言っていた。
「それって、大変だよね。ツラいとか逃げ出したいとか思ったりしないの?」
ワタシは、シーコの時と同じ質問をしてみた。
「わたくしにとってそれらは生活の一部で、ツラいと感じるヒマもありませんでしたわ」
すると、シーコの時と同じ答えが返ってくる。
やっぱり、スゴいヒトは子供のころからスゴいんだな、と感嘆してしまう。
「ですが……」
不意に、ヒメカミさんの声のトーンが下がる。
「どうしようもなくさみしい、と感じることが多々ありましたわ。わたくしは同世代の方と一緒に遊んだことはほとんどありませんでしたから」
「でも、菊池……さんと瀧川さんは? あの2人は昔から一緒なんだよね?」
「たしかに菊池も瀧川もわたくしのお友達です。ですが、あの2人はわたくしと同じ一族でいわばお目つけ役。普通のお友達とは少し違いますわ」
たしかに2人は、<お嬢さま>とか<お嬢>と呼んでいた。おままごとならまだしも、まるで主従関係のようなその間柄は、友達と呼べるかどうかビミョーなところかもしれない。




