91話 尋問
アレキサンダー視点
「で、少しは気が変わったか?」
頭の上に乗せられた足でグリグリと踏み躙られた。
痛みよりも屈辱で頭の中が埋め尽くされる。
同時にこの女への殺意がどんどん湧いてくるが、体に力が入らない。
だからせめてもの報いとして、憎まれ口を叩く。
「変わるも何も、さっきから、知らねえって言ってんだろうが。脳みそにまで筋肉詰まってんのか?」
「可哀そうに、もう口でしか俺ちゃんに反抗できないんだな…」
「ッ……!!」
「ハハッ。もがくなもがくな」
最後の力を振り絞って、足を振り払おうとするがビクともしない。
それどころか、頭部にかけられた圧はどんどん増す結果となった。
「ッ……、ッ……!!」
「これでも俺ちゃん、虫けら相手に結構気を使ってるんだぜ?だってお前らすぐに死んじまうんだもん」
この女と俺とでは、生物としての格が違う。
嫌でもそのことを思い知らされる。
「仕方ねーな」
「何を……ッ!?」
頭の上に乗せられた足がどけられ、その代わりに目の前の地面が踏み抜かれる。
俺の頭上を何かが通過し、それを女が掴む。
「お前が答えてくれないなら今度はこっちに聞いてみるか」
「カッ、ッはッッ……」
何とか顔を上げると、そこには女に首を掴まれ、苦悶の表情を浮かべる妙齢の修道服を着た淫魔がいた。
ウェーブがかかった桃色の髪は土埃と血にまみれ、体中至る所に傷を負っている彼女は、それでも黒い翼をばたつかせながら必死に女に抵抗している。
「てめぇッ……、その薄汚え手を放しやがれ!」
「それはお前の態度次第だ虫けら」
立ち上がろうとするが、またも地面に頭を踏みつけられる。
「人質、なんてカッコ悪い真似したくはないが、別に良いか。だってお前ら人じゃないし」
「分かった、呼ぶ。呼ぶから、その人は、放してやってくれ……」
「やっぱり知ってたじゃねぇか」
こいつの言うことを聞くのは癪だが、彼女の命には代えられない。
彼女は、カレンは、俺の幼馴染は今日が冒険者として最後の任務だったのだ。
『神の盾』リーダー、淫魔のカレン。
幻術を得意とする種族でありながら武闘派でもある彼女は、俺とは正反対の穏やかな性格の持ち主だが出会った当初から不思議と馬が合った。
彼女は誰に対しても優しかった。
それこそ見ているこちらが不安になるくらいに。
貧しい人にはパンを、悩める人には告解を、孤独な人には無償の愛を。
冒険者として活動し始めたのも、自分が神母を務める教会と併設している孤児院のためだ。
彼女はヘルヘヴンにおける最大の宗教、『アヴァロン教』に属している。
なので信者からの寄進以外にも協会本部から教会運営のための資金が分配されるが、孤児院で養っている子供たちのことを考えるとそれだけではとても食べていけない。
彼女は争いごとは嫌いだ。
人族どころかモンスターにすら慈悲をかけてしまうほどに彼女は戦いに向いていない。
それでも子供たちに人並みの生活を送らせるために俺が止めるのも聞かずに彼女はこの道を選んだ。
『あの子たちはね、みんなお母さんがいないの。捨てられたり、戦争で亡くしたり、理由は様々だけど。私は教会の説教で『神は皆の母であり父である。その無償の愛は皆に平等に与えられるでしょう』なんて言ってるけど、神は私たちみんなを救えるほど万能ではないわ。中にはどうしても取りこぼされてしまう子たちも出てきてしまう。そんな子たちのための受け皿に私はなってあげたいの』
こんなことを言ったら、罰が当たっちゃうわね。
そう言って舌を出す彼女を見て、苦笑したのを覚えている。
俺は彼女が、子供たちのために寝る間も惜しんで働いているのを知っている。
俺は彼女が、うなされる子供の手を泣きながら握ってやっていたことを知っている。
俺は彼女が、恐怖を押し殺して危険な依頼に臨んでいることを知っている。
そんな彼女が今日、ようやく平穏に日々の帰ることができるのだ。
ようやく孤児院の改築や生活必需品を買い揃えられるだけの報酬が貯まった。
今この瞬間にも、孤児院では子供達が彼女の冒険者引退のお祝いの準備をしている。
彼女をこんなところで死なせるわけにはいかない。
あいつには悪いが、あいつをこの場に呼んでこの女にぶつけた方が勝算はある。
俺は『念話結晶』を取り出そうとする。
ロボに、あいつをこの場所に向かわせるように伝えるために。
「駄目よ、アレク」
「カレン何を」
カレンが荒い息を必死に整えながら、俺を止める。
「彼を、この場に呼んで、ファンタズム側に取り込まれるようなことになったら、ヘルヘヴンは終わってしまうわッ……」
「そんなこと言ってる場合か!このままじゃ」
「そうなったらあの子たちまで皆殺しにされてしまうッ!!」
その可能性は、否定できない。
あいつには魔王様に対する忠誠心もヘルヘヴンに対する愛国心も無い。
あるのは『契約』のみ。
だが。
仮の彼女が言うとおりだったとしても。
今この瞬間にカレンが死ぬよりかはマシだ。
「そういうのいいから」
「あッ、ガアァァァァッ!!?」
ミチミチミチ、ブチン
女は、カレンの翼の根元に手をかけるとそれを一気にもいだ。
顔に生暖かい液体が降り注ぐ。
「やめ」
「バランスが悪いな、もう片方もいっとくか?」
化け物は持っていた翼を放り捨て、醜い笑みを浮かべながらもう片方にも手を伸ばした。




