90話 金色の暴君
ロボ、アレキサンダー視点
「何だと……?」
「詳しい状況は分かりませんが、事態は一刻を争います」
普段は表情を動かさないレイラ様が眉をひそめた。
六英雄
本来であれば詳細な情報を集め、入念に準備をしてから全力で挑むべき相手。
だが今はそんな時間は無い。
そんなことをしていれば私の可愛い教え子も腐れ縁の仲間も優秀な冒険者も皆、死んでしまう。
すぐにでも彼女達の元に向かいたかった私がこの執務室に飛び込んだ理由は二つ。
一つ目はレイラ様に状況を説明し、現場に向かう許可を得るため。
二つ目は
「ディアボロ様」
彼に助けを乞うため。
情けない話だが、今の私では六英雄には勝てない。
『所詮は畜生。貴様らはただ我々に狩られていれば良い』
『お前もう飽きたわ。また気が向いたら遊んでやるよ犬ッコロ』
かつて私が交戦した六英雄は、私のことなど敵とも思っていなかった。
悔しかった。
だがそれ以上に私は恐怖してしまった。
魔族の冒険者の頂点たる『第七段階冒険者』
驕ったことはないが、その地位に上り詰めるまで自分が積み上げてきた物には誇りを持っていた。
命の恩人であるレイラ様の剣となるため、生涯をかけてただひたすらに自身を鍛え上げてきた。
それでも届かない。
そんな圧倒的な力の差に、私は心底怯えてしまったのだ。
あれから自身の身体を虐め抜き、比喩ではなく血反吐を吐きながら修練を積んできた来た。
しかし皮肉なことに自分が強くなれば強くなるほど連中との力の差を嫌でも理解させられる。
あれは戦っていい相手ではない
逃げろ
今でも私の中の本能が警鐘を鳴らす。
だから私は愚かにも彼を頼るのだ。
あの六英雄と同じ六英雄である彼を。
魔族の都合に振り回される彼に同情しておきながら、結局は私も他の魔族達と同じことを彼に求めようとしている。
戦え。
戦え。
戦え。
私の大切なものを守るために、無関係のお前が戦え。
「ッ……!」
しかし声が出ない。
嚙み締めた唇からは血の味が広がる。
私の中の最後のマトモな部分が『彼を巻き込むな』と叫んでいる。
だが、このままでは彼女たちは嬲り殺しにされてしまう。
跪く私に背を向けながらソファーに腰掛ける彼に言うのだ。
この国のために、いや……
私の大切なもののために戦ってくれ、と
「……場所は、分かっているのか?」
彼はボソリと、呟くように問いかける。
「レドにもあなたにお渡しした『銀狼の笛』を持たせてあります」
「移動方法は?」
「『吹き零れ』の際に使用した『転移門』の座標を合わせてあります」
「……という訳だ。悪いが急用ができたので失礼する」
そう言うと彼は立ち上がり、私の方へと歩を進める。
いつも通りのその能面のような顔からは、感情を窺い知ることはできない。
しかし
「案内は頼めるな?」
「……はいッ!」
英雄は私に救いの手を差し伸べてくれた。
◆
「ッハァ……、ハァ、ハァ。ッぐ……!」
「悲しくなるほど弱いなお前」
目の前の女は、ガントレットに付着した俺の血を払い飛ばしながら、心底詰まらなそうに呟く。
金色の短髪に赤黒い瞳、褐色の肌を眩い黄金の鎧で包んだ長身の女。
その肉体は極限まで磨き上げられた鋼のようにどこまでも完成されていた。
六英雄が一人、『黄金の英雄』エルシー
ファンタズムが誇る理不尽と暴力の化身。
その一角は俺たちに吐き捨てるようにそう名乗った。
もはや奴の目に俺は映っていない。
そうだ、最初からこいつは俺のことを『敵』とも思っていなかった。
「まぁ、お前は別に良いんだよ。俺ちゃんが用があるのはその後ろの虫共だからよ」
そう言って視線を俺の背後にいる瀕死の『暁の傭兵』に向ける。
すぐにでも彼女達を回復させてやりたいがここまでの戦闘でアイテムは全て使い尽くした。
一刻も早くこの場から逃がして回復させてやりたいが、こいつの目的は
「そいつら、俺ちゃんのお仲間と顔見知りなんだろ?エメラルダちゃんから聞いてるぜ?」
「お前の仲間なんて知るかよ、ボケてんのか筋肉達磨ッ……」
脳が揺れる。
その後に視界の端に映る拳を振り抜いた女を見て、ようやく自分が殴り飛ばされたことに気がついた。
「……いいからさっさとディアボロちゃん呼んでこいよ」
「ゲホッ!ハァ、ハァ、ハァ……」
痛みと吐き気で呼吸が整えられない。
口の中に広がる血の味が余計に吐き気を誘う。
ここまでなのか。
ここまで届かないものなのか……!?
俺は亜人種の中でも特に身体能力に優れた獅子王族だ。
しかも身体能力がずば抜けている代わりに本来魔法の適性が低いはずの獅子王族でありながら俺の魔法の腕はヘルヘヴン『五本指』にすら迫る。
『獅子王族の突然変異種』
『一族の誉れ』
『生まれ持っての獅子王』
一族の連中のみならず、他の種族の連中も俺に対して畏怖と尊敬の念が籠った視線を向けていた。
なのに。
なのにッ!
なぜ俺は無様に地べたに這いつくばっている!?
「お前が弱いからだろうが」
頭に凄まじい圧力がかかる。
頭蓋骨が軋む不快な音が頭の中に響き渡る。
「俺ちゃんに立ち向かってくる阿呆な虫けら共は、どいつもこいつもみーんなお今のお前と同じ顔をしやがる。『納得いかない』ってなぁ?俺ちゃんに蹂躙される理由なんて、考えなくても分かるだろう普通」
頭上の女はヒヒヒヒ、と気色悪い笑みを堪え切れないとばかりに零しながら、さも当然のように吐き捨てる。
「お前らは虫けらで、俺ちゃんたちは人族様だからだよ」




