89話 戸惑い
ロボ視点
「……」
レイラ様に退出を命じられた私は、執務室の扉を背に立ち再び入室の許可が下りるのをひたすら待っていた。
不敬だと理解しつつも聞き耳を立てる。
当然何も聞こえない。
この執務室はレイラ様の私室と繋がっていることもあり、その守りは魔王城『ワールドエンド』でもっとも厳重である。
以前、レイラ様からこの執務室には【静寂】の魔法が組み込まれているという話は聞いていた。
無駄と知りつつも私は何もせずにはいられなかった。
思わず握りしめた拳に力が入る。
私は彼がヘルヘヴンに召喚されてから今日まで、ずっと監視の任を務めてきた。
『黒曜の英雄』ディアボロ。
我々にとって切り札にも、劇薬にもなりうる諸刃の剣。
彼の監視をレイラ様より任された時、私は緊張と同時に大きな喜びを感じていた。
ヘルヘヴンの命運を左右しかねない重大な仕事を魔王様はこの私に、他の誰でもないこの私にお任せになられたのだ!!
だからこそ、自分だけ退出を命じられたことに動揺が隠せなかった。
何故?
私は信用されていないのだろうか?
無意識のうちに自分が歯軋りをしていることに気が付く。
幼い頃からの悪癖だ。
彼のことはこの世界で私が一番よく知っている。
この世界に召喚されてから常に彼を監視し、補佐し、世話をしてきたのだから当然だ。
彼に関する大事な話なのであれば、彼のことを一番よく知る私も同席するべきなのではないか?
知りたい。
知りたい知りたい。
知りたい知りたい知りたい!!
彼のことはすべて知りたい。
彼のことで、自分が知らないことがあるのが我慢できない。
なんだこの感覚は?
私は今まで自分が経験したことのない感覚に困惑する。
私は確かに自他とも認める好奇心の塊だ。
だがここまで好奇心に駆られたことはなかった。
違う。
私は彼に関して知らないことがあるということ以上に、それを私以外の誰かが知っていることが我慢ならないのだ。
それが例えカミーラ様やレイラ様であっても。
そこで気がつく。
「私は、彼に執着しているのか……?」
フランベルジュが彼に対して自分に飼われる気はないか?と聞いたとき、私は腹の底から不快感が滲み出てくるのを自覚した。
『怒り』よりも先に『不快感』が。
もともと私はレイラ様に対してさほど忠誠心を持ち合わせていない彼女に対して良い感情は抱いていない。
あの時も本来であれば『不快感』よりも先に『怒り』が湧いてくるはずなのだ。
ふざけたことを言うなと。
あなたはこの国にとって彼がどれほど重要な人物なのか理解しているのかと。
自己中心的な要求も大概にしろと。
しかし現実は違った。
私抜きで勝手に話を進めようとするな。
彼は
私のモノだ。
頭を振る。
私はいったい何を考えているのだ。
彼はヘルヘヴンの協力者にして切り札。
決して手放すことのできない最後の希望だ。
断じて私個人の所有物などではない。
しかしあの時私は、自分の獲物が他人に横取りされそうになった気分であった。
彼を監視できるのは私だ。
彼を世話できるのは私だ。
彼を守れるは私だ。
彼を癒せるのは私だ。
彼を理解できるのは私だ、
彼を××できるのは私だ。
先程、私は初めてレイラ様に不満を抱いてしまった。
幼少期、母を人族に殺され魔王様にこの命を拾われて以来、一度も抱いたことがない感情だ。
私の中でレイラ様がこの世のどんな存在よりも優先すべき尊いお方であることは、これから先も未来永劫変わることはない。
涙と泥と雨に濡れたあの日。
薄汚い哀れで惨めな犬は決して拾われた恩を忘れることはない。
だからこそ今の自分が抱いた感情に困惑する。
頭では理解できている。
彼は現状このヘルヘヴンでレイラ様の次に重要な人物だ。
悲しいかなそれを正しく理解している魔族は極少数だが。
それゆえ、国内で風当たりの強い彼の情報を秘匿するためにも会談に参加する人物を制限する意図があったことは理解できている。
だが感情が不満を抑えきれない。
こんなことは今までなかった。
今までずっとレイラ様のために私情は挟まず職務を全うしてきた。
アレクはそんな私のことを『魔王様の犬』と揶揄するが、むしろ私はそれを喜ばしく思っている。
主のために働き、主のために死ぬ。
そんな私はまさしく自分にとっての理想像だからだ。
だというのにこの体たらくはなんだ?
もはやレイラ様からの信頼が得られなかったから不満を抱いているのか、彼に関することで自分が輪から外されたこと自体に不満を抱いているのか分からなくなってきてしまった。
落ち着かない。
彼から離れているこの時間が落ち着かない。
ああ、レイラ様。
早く彼を返してくれないだろうか?
「?」
ポケットに入れていた発光する『念話結晶』を取り出す。
不足の事態に備え、アーネの伝でヴェノム商会から購入したものだ。
相手は、レドだ。
「どうしました?レド?」
嫌な予感がする。
『先生!!六英雄です!あたしたちのパーティーと『神の盾』、アレキサンダーさんが今も交戦中だけど長くはもちません!!はやく』
「レド?もっと詳しく説明しなさい!レド!?」
焦燥に駈られたレドの声が突如途絶える。
こちらからも呼び掛けるが応答がない。
最悪の可能性が頭を過た。
「今すぐ行かなくてはッ……」
事態は一刻を争う。
私はノックもせずに背後の扉を開け放った。




