88話 蛇の毒
カミーラ視点
「誰かに俺の報酬を増やせとでも言われたのか?」
自分の頬が僅かにヒクつくのを感じる。
完全に図星だ。
こちらの思惑は彼に筒抜けになっている。
思わず舌打ちしそうになったが、すんでのところで堪える。
恐らく、私の隣に座るレイラも似たような心境なのだろう。
私同様、彼からの問いに未だ答えられずにいる。
「……」
「……」
「……」
沈黙が続く。
ディアボロは私たちをそれ以上追求してこない。
これは私たちからの返答待ちなのか?
それとも、私達からの返答など端から期待しておらず、すでに興味は逸れたのか?
彼の深淵のような瞳からは何も読み取れない。
「……なぜそう思う?」
「……」
レイラが口を開く。
しかし、質問に質問で返すのは悪手だ。
恐らく、彼女も冷静では無いのだろう。
「ヴェノム商会の代表からね。『黒曜の英雄ディアボロに対して、あなた達は本当にその働きに見合った報酬を支払っているのか』と言われてね。実に耳が痛い話だ」
ここは下手に言葉を濁すよりも本当のことを話した方が良いと判断した。
レイラは不満気に私を一瞥するがそれを意図的に無視する。
そもそも目の前の男に対しては嘘も誤魔化しも通用しない。
我々の腹の内は全て見透かされていると思って接した方が良いだろう。
「つまり、お前達は俺に対して出し渋っていた。という認識で間違いないか?」
そう淡々と私達に問いかけるディアボロの表情に変化は、無い。
ただ、それが逆に恐ろしい。
本当は激昂しているのではないか?
本当は我々を軽蔑しているのではないか?
本当は我々を見限ろうとしているのではないか?
心なしかディアボロの瞳が先程よりも濁って見える。
「ああ、間違いない」
口ごもる私をよそにレイラははっきりと答えた。
「それは、俺が人族だからか?」
「違う」
「この世界に来たばかりの世間知らずなら、安く使い潰せると思ったからか?」
「違う」
「『協力者』、だったか」
ディアボロが私の方に視線を向けた。
思わず息が詰まるような錯覚に襲われる。
そうだ。
私だ。
私が最初に彼のことを『協力者』だと言ったのだ。
恥ずかしげもなく。
「俺は、お前達にとってさぞ良い『協力者』だったんだろうな」
「ッ……!!!」
馬鹿にするのも大概にしろ。
彼の視線がそう言っている気がした。
謝罪の言葉を口にしようにも頭が上手く回らない。
正確に言えば、頭は回っているがこの状況でどのような謝罪をすれば彼の気が収まるのかが思い付かない。
今さら、彼に何と言えば良い?
「ディアボロ、今回の件に関しては私が全面的に」
「まぁ」
私に代わり、謝罪の言葉を口にしようとしたレイラを遮り、ディアボロは本当に、本当に心の底からそう思っているかのように
「どうでも良いがな」
吐き捨てる。
そうだ。
彼にとっては理由などどうでも良い。
我々が彼に対する報酬を出し渋っていた事実には、何ら変わりないのだから。
「あと、俺はこの報酬を受け取るつもりはない」
「なっ……!」
不味い不味い不味い!
彼は今回の件で本格的に我々を見限ってしまったのかもしれない。
隣に座るレイラの表情を窺うと、彼女も若干顔色が悪い。
当然だ。
今彼にファンタズム側に付かれてしまえば、我々魔族は完全に終わる。
彼への待遇改善を後回しにすべきではなかった。
私はあの程度の報酬で文句も言わずに黙々と戦果を挙げ続ける彼の報告を聞いて、安堵していた。
これで軍、さらには国内の有力な上級魔族たちとの不要な衝突は避けられる、と。
馬鹿か。
何が不要なものか。
彼をこのヘルヘヴンに繋ぎ止めることこそが最優先事項だったはずだ。
たとえその結果、有力な魔族たちとの間に軋轢が生まれようとも、言い方は悪いが彼に見限られることに比べれば些細な問題だ。
今更無意味なことだと理解しつつも己の無能を呪う。
「……これでは、足りないか?」
レイラの声には隠し切れない焦りが込められていた。
彼女はこの国の王だ。
当然その私財は莫大なものである。
しかし同時にそれは無限ではない。
人族との戦争がいつまで長引くかわからない中、彼への報酬を継続的に支払うことを考えると無暗にその額を吊り上げることはできない。
彼は忠誠心によってではなく、報酬によって我々に力を貸している。
重要なタイミングで報酬が支払えなくなりましたなどと言って、彼に見限られることだけは避けなければならない。
当然私の私財も彼の報酬に充てるつもりだが先が読めない以上、それでも足りるか分からない。
しかし、それは我々の事情であって彼には関係のない話だ。
今更『こちらの事情も汲んでくれ』など、口が裂けても言えない。
「……あぁ、そう受け取ったのか」
「どういう意味だ……?」
ディアボロの言葉に私もレイラも困惑する。
報酬の額が問題ではないのなら、いったい何が不満なんだ?
「さっきそちらは、ヴェリルから忠告を受けたから今回俺に追加報酬を用意した、と言った。ここまでは間違いないな?」
「あぁ」
つまり、この国の要人からの忠告を受けなければこちらが動かなかったことが気に食わないのか?
しかし、彼の返答は違った。
「なら猶更この白金貨は受け取れない。もし受け取れば、俺はヴェノム商会の代表に借りを作ることになってしまう」
「それは……」
無いとは言い切れない。
あの蛇女は狡猾な女だ。
その借りを口実にどのような要求を吹っ掛けてくるか分からない。
だからこそ彼はこの報酬を受け取りたくない。
いや、受け取れない。
やはりあの女のことは伏せておくべきだったか?
だがあの女と彼の間に交流がある以上、伏せていた内容が彼に伝わるのも時間の問題か?
「失礼します!!!!」
「誰も通すなと言っていたはずだぞ!何のつもりだ!!」
「火急の用件故、ご無礼を!!」
突如、執務室のドアが乱暴に開かれた。
苛立ちが募っていた私はつい入ってきたロボを怒鳴り付ける。
しかし彼女は膝をつくと怯まずにこう続けた。
「『暁の傭兵』と『神の盾』両パーティー、それと第七段階冒険者『雷帝』アレキサンダーが境界の森にて六英雄と交戦中です!!」




