87話 追加報酬
レイラ視点
「よく来てくれたな」
私は意識して微笑みながらロボとディアボロを自らの執務室に招き入れた。
無駄な努力かもしれんが、少しでも彼の我々に対する警戒心を薄れさせたい。
「遅れて申し訳ありません、魔王様」
「気にするな。お前たちが『研究室』に会いに行っていたことはこちらも把握している。わざわざ呼び出してすまなかったな」
膝を突き、頭を下げ謝罪するロボを手で制する。
『研究室』のもとからここに来るまでは、あの長い階段を延々と上る他無いことは私も隣にいるカミーラも知っている。
よってこの二人に非は無い。
無いのだが……。
「悪いけど、ロボは少し席を外してくれるかい?」
「はい。……え?」
カミーラの言葉にロボが顔を上げる。
その顔には疑問の色が濃く浮かび上がっていた。
「なに、これからディアボロ君と大切なお話をしたいんだけど、できるだけその内容を知っている者は少なくしたいんだ。具体的に言えば私と、魔王様と、彼の三人だけで話がしたい」
「ですが私は」
「ロボ」
私の声に反応してロボはすがるような視線を向けてくる。
だが私はそれに応えることはできない。
「すまない、席を外してくれ」
「……分かり、ました」
彼女は僅かに震えながら立ち上がり、扉の前で一礼してから執務室を出た。
彼女を見送ってから私の中にある疑問が頭に浮かぶ。
ロボはあそこまで感情を表に出すタイプだったか?
彼女は基本的に無表情ではあるが、その耳や尻尾の僅かな機微から親しい者であればその感情を多少読み取ることはできる。
しかし、今の彼女は退室を命じた瞬間、明らかに不満を露にした。
明らかにとは言っても、あくまで普段と比べればだが。
現に隣に立つカミーラはその事に気がついていない。
「魔王様?」
いつまでも話を切り出さない私に彼女は首をかしげる。
いかん、今は目の前の最優先事項に集中しなければ。
「改めてよく来てくれた。まずは座ってくれ」
ディアボロがソファに腰を掛けるのを確認してからカミーラに目配せする。
彼女は小さく頷くとこの執務室の奥、私の私室へと消えていった。
「……」
「……」
私も彼もお互いに口を開かない。
彼は以前会った時と同様にどんよりとした黒い瞳でこちらを見ている。
しばらく執務室の中を沈黙が支配する。
しかしこの状況はよろしくない。
今日彼をこの場所に呼んだ目的を果たすためにも、今のうちに彼の心証を良くしておきたい。
「久しぶりだな」
「そうだな」
「お前の活躍はロボから聞いている。六英雄の撃退、タイラントバジリスクの群れの討伐、そして先日のスタンピードの鎮圧。どれもお前だからこそ成しえた偉業だ。このヘルヘヴンの王として心から感謝する」
実際この世界に召喚されてから今日までに彼が残した功績は大きい。
偶然とはいえ、六英雄の撃退に成功したことは言うまでもないが、その他にもこの国有数の希少鉱物の産出地であるカムイの村を全滅の危機から救ったことも見逃せない。
あの村が滅びていれば我々魔王軍が受ける影響は計り知れなかっただろう。
あそこから採掘される鉱物は非常に強力な武具や魔道具の原材料となっている。
本当であれば国が直接管理・保護したいのだが、カムイの村の住人は長年それを拒否している。
カミーラは『反抗するならば滅ぼせばいいだろう?私たちが欲しいのはあくまであの村が所有する鉱山から採れる希少な鉱物であって村に住む村人ではないのだから。なに、彼女らが秘匿している鉱石の採掘方法や加工方法はルーナに任せれば簡単に吐いてくれるさ』などと嘯いていたが、恐らく私がその案を良しとすれば彼女は本当に実行に移しただろう。
ヘルヘヴンでは『弱者に口無し』という考え方が一般的だ。
基本的に弱者は力ある者に従うしかない。
弱き者に発言権など無いのだ。
私を含む歴代の魔王がこの国を治めるようになり、これでもかなりマシにはなった。
かつては、ある魔族が「目付きが気に食わない」などと言って殴り殺されても誰も気に留めることはなかった。
何故ならばそのような出来事は『事件』などではなく、ただの『日常』に過ぎなかったからだ。
マシになったとはいえ、弱肉強食の精神は我々魔族の中に遺伝子レベルで組み込まれている。
それは私も例外ではない。
「それで、用件は?」
ディアボロの淡々とした返答に、自分がまたも考え事に耽っていたことに気がつく。
いかん、今は目の前の彼に集中しなくては。
「単刀直入に言おう、これまでのお前が成した功績を鑑みて報酬の上乗せをしようと思う」
以前ヴェリルに指摘された通り、現状彼に支払われる報酬はその働きに対してあまりに少ない。
彼が我々に協力する理由は支払われる報酬にしかない。
彼にとってこの国は縁もゆかりもない土地であるし、民も赤の他人だ。
私たちは誠意を示さなくてはならない。
そう、目に見える『金』という形で。
カミーラが私の私室から戻ってくる。
その手に持った盆には白金貨がざっと100枚。
結論から言うと、私たちは彼に対する報酬に不満を持っている上級魔族たちを説得することができなかった。
『国民の血税を敵対種族に報酬として支払うのか』と猛反発されたのだ。
我々がどれほど彼の有能さや彼の機嫌を損ねることで生じる不利益について説明しても彼女らは聞く耳を持たなかった。
彼女らとて私たちが言ってる言葉の意味は理解していただろうが、それでも『なぜ人族なんかに』という考え方が捨てきれなかったのだろう。
だから私は今回、彼への報酬を私財から支払うことにした。
私個人の財産は私が好きに使う、誰にも文句は言わせない。
反対する上級魔族たちをそう言って黙らせて用意したものだ。
カミーラがテーブルの上に乗せた白金貨の山を一瞥すると、ディアボロは淡々とした口調で尋ねてくる。
「誰かに俺の報酬を増やせとでも言われたのか?」
心臓が僅かに跳ねた。




