86話 帰り道
「魔王様がお呼びです」
ロボのその言葉に俺はげんなりとする。
目の前の変態から解放されるのは大歓迎だが、魔王に会いに行くのは気が重い。
できれば聞きたいことだけ聞いておきたいのだが。
「すぐにか?」
「すぐにです」
どうやらそのような時間は無いらしい。
俺の都合も多少は考慮して欲しい。
「まさか魔王様からの呼び出しを妨げるようなこと、いくらフランベルジュ様でもしませんよね」
「……仕方ない。連れて行きたまえ」
あ、これ多分魔王からの命令だというだけでなく俺とフランベルジュを引き離したいというロボの私情も挟まってるな。
フランベルジュも不満気だが引き留めようとはしない。
何だかんだでコイツも魔王には弱いのか?
聞きたいことを全部聞かないままここを去るのも惜しい気がするが仕方ない。
俺はフランベルジュに軽く会釈をしてから扉の方に向かう。
「英雄君」
後ろから声をかけられる。
まだ何か用でもあるのだろうか?
「魔王様の用が終わったらまたここに来たまえ。キミならいつでも歓迎するよ」
「……時間があればな」
言われなくても再び訪れるつもりだったが、またロボの機嫌が悪くなりそうなので言葉を濁す。
本当はこんな場所、二度と訪れたくないのだがそうもいかない。
まだ『統率者』の研究を彼女に依頼するための報酬が決まっていない。
恐らくそれが決まらないうちはコイツが動くことはないだろう。
ヘルヘヴンよりも自身の知的欲求を優先するような女だからな。
「今は、それでいいよ。どのみちキミは必ずここに来ることになるのだから」
そう言ってフランベルジュは指を鳴らす。
次の瞬間、俺とロボは巨大な鉄製の門の前にいた。
振り返ると上へと続く長い階段が見える。
どうやら外まで転移魔法で連れ出してくれたらしい。
何だよ良い奴じゃん。
「……どうせ転移させるなら地上に送ってくれればいいものを」
ロボが呟く。
そうか、俺たちは今からこの延々と続く階段を上って行かなければならないのか。
前言撤回、やっぱりあいつは嫌な奴だ。
「……魔王を待たせることになりそうだな」
「その点はご心配無く、我々がこの場所にいることは魔王様も把握しておりますので多少時間がかかることは気にせずとも問題ありません」
多少?
俺は思わずロボと階段を交互に見る。
そんな俺を見てしばらく首をかしげていたロボだが、何を勘違いしたのか納得したように頷く。
「申し訳ございませんディアボロ様。先日の統率者との戦闘により、疲れが溜まっていることに気がつけませんでした」
「いや」
それは別に構わない。
肉体的な疲労とは別に精神的な疲労は常に感じているので、今さら疲れがどうこう言うつもりはないし。
するとロボが俺の近くまで歩み寄り背中を向けながらしゃがみこむ。
え、何これ?
困惑する俺に対して、ロボは不思議そうに首をかしげる。
「どうぞ」
「……すまん、何がどうぞなのか全く分からん」
どうぞじゃないが。
まさか俺のこと背負って地上まで上ってくれるつもりなのかこいつ。
死んでも御免なんだが。
「私がディアボロ様を地上までお運びします。その間は私の背中でゆっくりお休みください」
「いや、無理」
俺の返答を受け、彼女は愕然とする。
いや、何でだよ。
「何故ですか?」
「普通に恥ずかしい」
恥ずかしいし他人に体を預けるなんてこと、恐ろしくて俺にはできない。
そんな俺に対して、ロボは心の底から不思議そうに再び首をかしげた。
「ディアボロ様、男性が女性に背負われることなどは何も恥ずかしいことではありませんよ?」
「他の男性がどうかは知らんが、俺にとっては恥ずかしいことなんだよ」
そんな『何言ってんだコイツ』みたいな目をやめろ。
俺がおかしいみたいだろうが。
……いや、この世界の基準に照らし合わせれば俺はおかしいんだろうが、だからと言ってここは譲れない。
俺はさっさともと来た階段を上り始める。
「あ、お待ちください」
そんな俺にロボは慌てて付いて来た。
またこの長い階段を延々と上り続けることを考えると多少気が滅入るが、後ろに続く女に背負われることに比べれば何の問題もない。
俺は魔王からの用件がいったい何なのかに思考を巡らせながら階段を一段、また一段と上っていった。
しばらく二人の足音だけが地下に響き渡る。
俺とロボとの間に会話は無いが、なんとなく気配で彼女が俺に話しかけようとしてはやめ、話しかけようとしてはやめるのを感じ取っている。
いや、用があるなら早く言えよ。
最近俺に対して遠慮がなくなってきたと思っていたのだが、この様子はどういうことだ。
とはいえわざわざ俺から聞き出す訳にもいかないので無言を貫く。
それからしばらくして、もう地上に着くかといった地点でようやくロボが意を決したように話しかけてきた。
「ディアボロ様……」
「なんだ」
「ディアボロ様は、フランベルジュ様に対して何を対価として支払われるおつもりなのですか?」
少し拍子抜けする。
なんだそんなことか。
「俺が支払える範囲の物ならある程度は支払うつもりだ。だが俺にはたいした財産もなく、持っている物と言えば己の身体ぐらいの物だ。なら相手が望むなら多少はこの身を切り売りするしかないだろう。……さすがにフランベルジュもそこまで無茶は言わんだろうがな」
言わないよね?
いやでもあいつは俺との間に子供を作りたいとか戯言を抜かすような奴だ。
何を要求されてもおかしくはない。
自分で言っておきながら不安になってきたな。
俺が頭を悩ませていると、前方から僅かに光が差し込んでくる。
どうやら地上への出口に辿り着いたようだ。
「…………」
俺は背後から聞こえる歯軋りを無視して歩みを進めた。




