85話 異世界の常識
「きひひ。『あなたとの子供が欲しい』。まるで愛の告白のようじゃあないか、えぇ?」
堪えきれないといった様子でフランベルジュは笑みを溢す。
しかし、その目は全く笑っていない。
俺は何とか彼女の真意を探ろうと思考を巡らせる。
初対面の相手にいきなり『子供を作りたい』など、普通に考えればただの戯言に過ぎない。
だが今俺の目の前にいる女はその普通とは対極の位置にいる。
端的に言うと頭おかしい。
「沈黙は是と受け取って良いのかな?」
「断る」
良い訳ないだろ。
どれだけ自分に都合の良い頭の構造してるんだこの女。
「理由を聞いても?」
「先程俺は『可能な限り』あなたの要求には応えると言った。その上で断るということはその要求が俺にとって単純に不可能なものだからだ」
「キミは不能なのかい?」
「違う。ただ単純に見ず知らずの奴と子供を作ることに抵抗があるだけだ」
やかましいわ。
思わず反射的に返答してしまったが、これ俺が実は不能でしたとか言ってた方が丸く収まったのでは?
そもそもこいつの『子供を作る』という発言はそのままの意味として受け取って良いのか?
もしかして比喩的な表現だったり。
互いの協力によって得た研究の成果を『子供』と表現する可能性も無くはないのかもしれない。
だったら俺赤っ恥じゃねぇか。
いや、でも不能がどうとか言っていたな、ならばその線は無いのか?
少し落ち着け。
俺は大きく息を吸い込むことで脳に酸素を行き渡らせる。
こんなしょうもないことで思考を掻き乱されるな無能。
「誰しも最初は初対面だろ?なら私たちもこれから時間をかけて互いのことを知っていこうじゃないか。それなら問題あるまい」
「断る。そもそも何故俺との子供が作りたい?失礼だが子供が好きなようには見えないし、まさか俺に恋愛感情を抱いている訳ではないのだろう?」
正直、子供を愛でる姿よりも実験台にしている姿の方が容易に想像ができる。
だって頭おかしいもんこいつ。
「きひひ……、随分な言われようじゃないか」
彼女は何が面白いのか口角を吊り上げ笑みを溢す。
「だが、確かにその通りだ。ワタシは特別子供が好きな訳ではない。嫌いでもないがね。かと言って残念ながらキミに対して恋愛感情を抱いたわけでもないんだ。ワタシはね」
フランベルジュが俺との間にあった本の山を蹴り倒し、グッと顔を近づけた。
「英雄と魔族の混血児を作りたいのだよ」
倫理観もぶっ壊れてんじゃねぇかこいつ。
瞳に狂気を宿した彼女は捲し立てるように続ける。
「この考えはワタシの中にかなり前からあった。いや、ワタシだけじゃない。きっと魔王さまや五本指の面々も表には出さないものの同じことを一度は考えたことがあるはずだ。しかし今まで召喚された英雄はみな女。最初の英雄召喚から今日までずっとね。これでは子供はできてもワタシの望む結果は得られない。まぁ、そもそも英雄がファンタズム側の人材である時点でこの目論みは破綻しているわけだが……」
「は?」
彼女の言葉を理解することは諦め、ただただ聞き流そうとしていたが、フランベルジュのある言葉に思わず反応してしまった。
こいつ今何て言った?
「望む結果ってなんだ。そもそも別に英雄の性別なんて関係なくないか?英雄が女なら魔族の男を宛がえばいいだけだろ」
思わず余計なことを口走る。
黙ってやり過ごせば良いものを。
「貧弱な魔族の男と英雄を掛け合わせても意味がないだろ?キミはいったい何を……。ん、んん?」
俺の予想に反してフランベルジュは怪訝な表情を浮かべた。
てっきり俺が反応したことで嬉々として話続けると思っていたのだが。
「もしかしてキミは知らないのかい?生まれる子供の魔力や身体能力は両親のそれに比例するのだよ」
「それは初耳だ」
「ならこれも知らないのかな?我々は女同士でも子供を作ることができる」
「……」
思わず絶句する。
そんなことがあり得るのか?
しかし納得できる点もある。
この世界の男女比率は1対1000。
普通に考えればとっくに絶滅している。
しかし彼女の言うように、女性同士でも子供を作る方法があるのであれば話しは別だ。
「キミは『精霊樹』を知っているかい?」
「名前ぐらいは」
確かに名前ぐらいは聞いたことがあるが、『Truth story』では『魔力を有した神聖なオーラを漂わせた稀有な大樹』としか説明されていなかったはずだ。
ストーリーの進行上特に問題もなかったから単なるオブジェクトとして認識していたがどうやら違うらしい。
「この世界の各地に根を張る『精霊樹』。こいつのお陰で我々は女性同士であっても子を成すことができる」
「ぶっ飛んだ話だな」
いや本当に。
なんだよそれ、ファンタジーにしてもやり過ぎだろ。
そんな設定があるなんてまさに寝耳に水だ。
だからどうだこうだというわけではないが。
「子を成したいと願う二人の女性がそれぞれの魔力を精霊樹に捧げる。それに対して精霊樹はどちらかの腹に子を授ける。何故そうなるのかと聞かれても、そういうものだからとしか答えようがないねぇ」
「調べなかったのか?」
このマッドサイエンティストが謎を謎のままにしておくことをよしとするようには到底思えない。
しかしそれに対してフランベルジュはつまらなさそうに鼻をならした。
「最初は調べたさ。だが謎解きの糸口すら掴めないものを延々と研究するのは時間の浪費にしかならないからね。だからワタシは納得することにした。これはこういうものだ、とね」
なるほど。
確かに時間が有限である以上、何の手応えも得られないものに執着するのは愚かな行いだと言える。
「なら」
「失礼します」
フランベルジュに新たに浮かんできた疑問をぶつけようとした瞬間、後方から何か大きなものが飛んできた。
それが扉の残骸であることに気がつくまで、そう時間はかからなかった。
犯人は声ですぐに分かった。
ロボである。
「おいおい、躾のなっていない犬はノックも知らないのかい?」
「申し訳ありません、火急の用でしたので省略させていただきました」
そう言って部屋に入ってきたロボはどこか上機嫌に見えた。




