77話 二人の苦悩
レイラ視点
「……カミーラ、護衛を全員退室させてくれ」
「分かった」
私がそう言うとカミーラは護衛隊長に視線を送る。
護衛隊長は静かに頷き、部下を引き連れ玉座の間から退室して行った。
彼女が指を鳴らす。
その音が玉座の間に響き渡るのと同時に【静寂】の魔法が発動した。
どうやら彼女はこちらの思惑を察してくれたらしい。
今からする話は、極力誰にも聞かれたくない。
小さくため息をつく。
「少し、私も事態を甘く見すぎていたようだ」
「流石にこの問題ばかりは『そんなことはない』、とは言えないね…」
先ほどのヴェリルの発言。
全く以って耳が痛い。
「私は彼が文句を言わないのをいいことに、彼という替えの利かない戦力を安価に利用していた」
「交渉の席での彼の態度を見た限りだと、それほど不満を抱いているようには見えなかったけどね」
「本当にそう見えたのか?」
私の問いかけにカミーラは笑みを引き攣らせてからばつが悪そうな顔をして首を振った。
「ごめん、これは私の願望だね。正直あの場に限らず、彼が何を考えているのかは分からないよ」
「私もそうだ。だからこそ彼の態度を勝手にこちらの良い様に解釈した」
『特に不満を述べなかったのでこちらが提示した条件に満足したのだろう』
なんとも都合の良い発想だ。
まだわずかな回数しか話をする機会は無かったが、彼がかなり思慮深い人物である事は容易に理解できた。
そんな彼の事だ。
こちらが報酬を出し渋っている事も気付いていただろう。
あの場でカミーラは一年につき白金貨一枚の報酬を『彼にやってもらうことと現状を考えたら妥当』と言ったのが、あれは決してでまかせではない。
『彼にやってもらうこと』に対して『現状』の我々が支払えるライン、それが一年につき白金貨一枚。
しかしこの額は魔王軍に所属する上級魔族たちの不満を抑えるためにあえて低く設定された物であることもまた事実。
我々は彼一人よりもその他大勢の魔族を優先したのだ。
この選択は本当に正しかったのだろうか?
「彼、内心では不満に思っていても絶対に表に出さないよ」
「だろうな」
正直彼はかなりやり辛い相手だ。
とはいえ仮に彼が表情豊かだったとしても、我々はそれを疑ってかからなくてはならなかっただろうが。
「秘密裏に彼の報酬を引き上げることは可能か?」
「できなくはないと思うけど、その秘密がばれた時にあの連中が黙ってないよ?」
あの連中、というのは魔王軍に所属する反ディアボロ派の上級魔族たちのことだ。
彼女たちに悪意はない。
恐らくは本気でこの国のことを想っているのだろう。
それゆえに、愛国心が強い彼女らは総じて敵対種族である人族への憎しみも比例して強いのだ。
しかし、私はそれを『仕方ない』で済ませてはならない。
仮に彼女らの不況を買おうが、彼の働きに報いるためにはこれは避けては通れない問題だ。
「カミーラ、魔王軍内の主だった反ディアボロ派は分かるか?」
「……反ディアボロ派、ねぇ」
彼女は眉間に皺を寄せながら悩ましげに呟いた。
「むしろ、反ディアボロ派以外の人物を探す方が難しいのが現状だね。はっきり言って表立って彼の味方をしてくれそうな人なんて、この魔王軍にはいないよ?」
「……」
確かに彼女の言う通りだ。
『吹き零れ』の速やかな対処、ファンタズムに所属する六英雄の撃退、タイラントバジリスクの群れの討伐、そして先日の本格化したスタンピードにおいて現れた『統率者』の討伐。
この短期間で彼が成した大小全ての功績は魔王軍には浸透しているはずなのだが、どうも反応が思わしくない。
「彼は十分な働きをしてくれている」
「それは私も分かってるよ。ただどうも他の連中、特に有力な上級魔族たちはすんなりと彼の功績が受け入れられないみたいだね」
ある者は『その程度のこと、六英雄ならばできて当然だ』と言い。
またある者は『他に目撃者がいた『吹き零れ』の時はともかく、それ以外は全て自己申告ではないか。信憑性に欠ける』と言い。
なかには『彼は本当にファンタズム側の六英雄と戦ったのか?本当は口裏を合わせて我々に対するスパイを行っているだけなのではないか?』などと言い出す者までいた。
今まで人族にさんざん苦渋を舐めさせられてきたのだ。
彼女らの気持ちは分からんでもないが、彼がただ単純に自身に与えられた職務を全うしているだけなのであればあんまりではないか。
決して『ヘルヘヴンのために働いている』などとは言わないだろうが、結果として彼はその命を削ってヘルヘヴンの助けになってくれている。
「カミーラ、お前もディアボロが嫌いか?」
「『嫌い』って、そんな簡単な言葉では言い表せないよ」
カミーラは苦笑する。
「警戒は緩めない。でも信じたいとは思ってるよ。もとより私は人族は嫌いでも彼個人のことは嫌ってはいないからね。魔王様の相談役としては信じることはできないけど、『カミーラ』としては信じたい。だから複雑な心境なんだよ」
「私は……」
「レイラが彼を信じたいなら信じればいい。疑う役は私が請け負おう」
そう言って彼女は私にウインクをする。
彼女の気持ちはありがたいが、彼女ばかりに負担はかけたくない。
答えの出ない問いに、時間だけが過ぎていく。




