76話 警鐘
「ヴェリル貴様。今の発言、もはや冗談では済まされんぞ」
いくらなんでも調子に乗りすぎだ。
相手がこの国の王であることをこの女は本当に理解しているのか?
私が自分の獲物に手をかけようとするとまたもやレイラはそれを手で制した。
「何がおかしい、言ってみろ」
「魔王様、わざわざ取り合う必要はありません。今ここで極刑に処しましょう」
確かにこの女を処分するのは魔王軍、さらにはヘルヘヴン全体に対する大きな損失となるだろうがもう限界だ。
王がなめられては国が立ち行かない。
「確かに私は先ほど、あえて英雄様の価値を低く見積もりました。彼が対価であればこれから魔王軍へお売りする商品全て無償で差し上げても、なんなら私が今まで築き上げてきた財産の9割を失ってでも余裕でお釣りが来るものと考えています。彼にはそれだけの価値がある」
「ではなぜ」
「1年につき白金貨1枚」
「……」
その一言にレイラは黙り込む。
私も内心舌打ちをする。
この女、どこからそれを?
情報が漏れるとすれば彼本人からだろう。
ロボからは彼が以前ヴェノム商会から仕事の依頼を受けたことは報告されているので恐らくその時に。
しかし、彼を責めることはできない。
我々は最初に交わした契約について、彼に『他言してはならない』とは一言も言っていないからだ。
恐らく彼もただ聞かれたからそのまま事実を答えただけ。
それくらいの感覚だったのかもしれない。
だがこの状況はよろしくない。
「先ほどは随分と英雄様の価値について語っておられましたが、ではこの報酬額がその価値に見合ったものだとお考えなのですか?」
「……それは」
「まさか魔王様ともあろうお方が、『彼がその額で納得したから』などと言うつもりじゃありませんよね?それとも白金貨一枚という報酬額は彼から言い出したことなのですか?」
「……」
どこまでも痛いところを突いて来るなこの蛇女。
現在ヘルへヴンの財政は決して豊かな物ではない。
ここ数百年、度重なる人族との争いの激化により我々は決して少なくは無い量の『境界の森』内の資源を失っている。
先ほどヴェリルに告げたディアボロに対する評価は嘘ではない。
しかしその評価に見合った報酬を支払うことができていないのも事実だ。
彼がレイラの提示した額に特に不満も述べずに納得した際には正直ホッとした。
恥ずかしながら魔王軍には今も人族である彼に対して報酬を支払う事に不満を持っている者が数多く存在する。
レイラは魔王軍のトップであり、このヘルへヴンの王ではあるが彼女は独裁を嫌う。
だからそんな連中の意向を完全に無視する事はできないのだ。
彼女の優しさが、いや甘さが裏目に出た結果ともいえる。
違う。
彼女が飴になるならば、相談役である自分が鞭になるべきだったのだ。
これは彼女一人の責任ではない。
だが反省は後だ。
とにかく今はこの場を収めなくては。
「一年に白金貨一枚というのはあくまでベースとなる報酬だよ。彼の働きに応じて別途追加報酬は支払う契約だ」
「彼ほどの戦力を保有できている時点でその報酬は安過ぎると申し上げているのです。私とて当然彼を雇うのであれば働きに応じた追加報酬は用意するつもりですよ」
「現在、我が国にそれほど経済的な余裕が無い事はお前も理解しているのではないか?彼に対しては勿論申し訳ないと思っている。しかし我々もできる限りの誠意を」
「本当に……?」
ヴェリルの纏う空気が変わる。
彼女は確か殆ど視力を失っているそうだが、私にははっきりとそのサングラスの向こう側からこちらを射殺さんばかりの強烈な視線を感じた。
「本当に彼に支払える報酬はこれだけなのですか?相手は救国の英雄になりうるかもしれない人物なのに?」
「今現在、彼がどれほど不遇な状況に置かれているか、あなた方は本当に理解されているのですか?」
「頼れるような友人、家族、恋人、恩師、知り合いすらいないこの世界にたった一人召喚され、自分達の都合で呼んだくせに一方的に敵視してくるような魔族に囲まれながら戦い続けているのですよ?」
ヴェリルが捲し立てるように次々と正論を並べる。
そんなことはお前に言われなくとも分かっている。
分かっているが、今の我々の彼に対する待遇を考えれば何も言い返すことができない。
「彼にとってこの国は縁もゆかりもないただの異邦の地です。つまり、彼にはこの国のために戦う明確な動機がない」
「であればこそ、彼をヘルヘヴン側に繋ぎ止めるために最も重要なものは何か?」
「それは報酬です」
「……そんなことは分かっている」
「でしょうね。あなた方にも事情があるのでしょう。でもそれは魔王様が反ディアボロ派の魔族を抑えればなんとかできるのでは?」
レイラの眉がピクリと動く。
再び痛いところを突かれた。
やはりそこまで理解しているかこの女。
「簡単に言ってくれるね。国を治めることの難しさは当人にしか分からないよ」
「確かに私は商人であって国を治める立場ではありません。なので純粋な疑問を述べさせていただきます。その反ディアボロ派と英雄ディアボロ、この国にとって真に優先すべきはどちらですか?」
私もレイラも即答できない。
ヴェリルはそんな私たちを見て心底失望したといった様子を見せる。
「提案も飲んでいただけないようなので、私からのお話は以上です。そちらからは何かありますか?」
「……ない」
「それでは貴重なお時間をいただきありがとうございました。有意義な時間が過ごせたとは全く思いませんが、これにて失礼します。あぁそれと……」
丁寧に一礼した後、見えないはずの瞳で我々を見据える。
「余計な事かとは思いますが、ヘルへヴンのためにどちらを優先するべきかは見誤らないほうがよろしいかと。それでは今度こそ、失礼いたします」
そう言って彼女はクラウンを引き連れ、玉座の間を去っていった。




