75話 王と商人
カミーラ視点
「さて、本日はどのような御用向きかな、ヴェリル殿?」
現在私は玉座の間にて魔王であるレイラと共に客人、ヴェノム商会の代表ヴェリルとその護衛であるクラウンを迎えている。
ひとまずスタンピードが収まったとはいえ、私もレイラも事後処理に追われており決して暇ではない。
魔王軍の軍人はもちろん、国営である冒険者ギルドに所属する冒険者たちの補償も我々の管轄なので仕事は今も山積みになっている。
本当に面倒なときに来てくれたものだ。
今日の謁見もたった数日前、あちらから急に求められた物である。
ただの有象無象が相手であれば無視する事もできた。
それなりの相手であっても日程を後日に遅らせることはできた。
ただこいつはこの国で数少ない、そのようなやり方ができない相手だ。
ヴェノム商会。
この国でその名を知らぬ者など殆ど居まい。
生活するうえでこの商会とまったくの無関係でいることはできない。
食品、日用品、装備、素材の売買。
飲食業、土木、漁業、畜産業。
この商会が手を出していない分野を探すほうが難しいだろう。
そしてもちろん、その影響は我々魔王軍も大きく受けている。
兵士が使う装備や身に纏う鎧や軍服、食料の調達に魔道具やアイテムの発注。
公平性を期すために仕事を頼む先はできるだけ分散させているが、それでもヴェノム商会の比重は決して無視できる物ではない。
製品や仕事の高い質、手頃な金額。
魔王軍の財政を考慮するのであれば全てをヴェノム商会に任せたいくらいだ。
さすがにそこまで特定の相手に依存する事は危険なのでできないが。
とにかく我々にとってヴェリルは軽んじる事のできない人物なのだ。
「魔王様、カミーラ様、本日は私のような一商人の為に貴重な時間を割いていただきこのヴェリル、感謝の気持ちでいっぱいです」
彼女はそう言って恭しく礼をする。
一商人?
思ってもいないくせによくもまぁぬけぬけとそのようなことが言えるものだ。
慇懃無礼とはこの女のことを言うのだろうか。
「本日は私から一つ、ご提案をしに参りました」
「提案?」
「はい。もし私の願いを聞き届けていただけるのであれば、今後魔王軍が我々ヴェノム商会に発注していただく商品の値段を半分にさせていただきます」
「なっ……!?」
この女は今、自分が何を言っているのか本当に理解できているのか?
魔王軍がヴェノム商会から買っている商品の数々は、個人が買う量とは文字通り桁違いだ。
それを半値で売るだと?
「お前が言う、願いとはなんだ?」
ここでこの謁見が始まってから初めてレイラが口を開いた。
彼女には相手がヘルヘヴンでも有力の商会であるため顔だけは出して貰わなければならないが、そこに座っているだけでいいと言っていたのだが。
「さすが魔王様話が早い」
ヴェリルは人好きしそうな笑みを浮かべ、チロリと唇を舐めた。
「黒曜の英雄、ディアボロ様。彼を我々ヴェノム商会に、いや私にいただきたい」
「……」
この女、正気か?
「ヴェリル殿、申し訳ないが今我々はスタンピードの後処理に追われており忙しい身だ。そのような戯れに付き合っているような暇は無い」
彼は、ディアボロは恐らく現状レイラに並ぶ、もしくはそれ以上のヘルへヴンの最高戦力だ。
それをいくらこの国有数の大商人とはいえ、一商人に引き渡すことなどあるはずが無いだろう。
「それにしても意外だな。ヴェリル殿がそのような冗談を時と場所も選ばずに口にする人物だったとは。いやはや、これは評価を改めなくてはいけないね!」
そう皮肉たっぷりに告げる。
本来であれば彼女に対してここまで挑発的な態度をとることは望ましくないのだが、これぐらいは許されるだろう。
今回の件は不敬罪と捉えられてもおかしくは無い。
「……ヴェリル殿、悪いがそれはできない」
「それは何故でしょうか魔王様?交換条件としては悪いものではないと思いますが?」
レイラの予想通りの返答に対して、ヴェリルは予想外の返しをする。
変に食い下がるじゃないか。
まさか本気で言っているのか?
「まず最初に、価値が全く釣り合っていない。ディアボロは異世界から召喚したファンタズム最強の六英雄の一角。そんな彼と先ほどお前が提示した条件が同等だと本気で思っているのか?そもそも彼はあくまで我々の協力者であって所有物ではない。よって、彼の同意無くそのような取引に応じる事はできない」
まぁ仮に彼の同意があったとしても、それを容認するわけには行かないんだけどね。
彼には悪いがこれもヘルへヴンのためだ。
「なるほどなるほど……、ふ、ふふふ」
しばらくうんうんと頷いた後、ヴェリルは堪えきれ無いといった様子で笑い出した。
「貴様、魔王様の御前で無礼だぞ!!」
いい加減我慢の限界が来たのか。
傍に控えていた護衛の数人が槍を構える。
ヴェリルの護衛であるクラウンも懐に手を入れ彼女の前に立つ。
確かにヴェリルの態度は目に余る。
これは私が仲裁に入るべきか、それとも糾弾するべきか。
「よい、下がれ」
しかし、それを手で制したのは当のレイラ本人であった。
「ヴェリル私が言った事がそんなにおかしいか?」
レイラは僅かに覇気を纏わせた声音で告げた。
しかし、それに対してヴェリルは何の気負いも無く口を開いた。
「はい、魔王様。あまりのおかしさに私、哀れみすら覚えてしまいますわ」




