7話 押し殺した悲鳴
「こちらです。どうぞ」
案内されたのはかなり広い部屋だった。
俺が元の世界で下宿していたのはだいたい8畳ほどの部屋でそれでも十分な広さだったが、この部屋はその4倍はあるのではないだろうか。
ベッドやテーブル、クローゼットなどの家具も揃っている。
ここ自由に使って良いんだよな。家賃とかかかるのかな?
「……これからディアボロ様にはこの部屋で過ごしていただきます。必要な物があれば私にお申し付けください。どんな物でも、とはいきませんが可能な限り用意させていただきます」
「ありがとう」
部屋に入ってから無言で佇んでいた俺に見かねたのかロボが声をかけてきた。
どうやら俺の部屋ということでよさそうだ。
ちなみにレイラとカミーラ二人と別れてこの部屋にたどり着くまで、一切の会話は無かった。
俺は人族、協力関係になってもその事実は変わらない。
当然、仲良くおしゃべりしましょうとはならないよな。
彼女がもともと無口なタイプだとか恥ずかしがり屋だとか思えるほど俺は楽観的ではない。
色々考えたくてとりあえずソファーに座ってみる。
あ、これ高いヤツだ。
その座り心地の良さから以前、家具選びに訪れたホームセンターの高級ソファーを思い出す。
俺もいつかはあんなソファーを家に置きたいと思っていたが、思わぬ形で願いが叶った。
まあこれは俺の物ではないんだが。
そんなくだらないことを考えていたがそろそろ限界だ。
「まだ俺に何か用事が?」
「いえ、ですが私は魔王様から四六時中あなたの世話をするように仰せつかっていますので。何かご不満でも?」
不満だらけだ。
この部屋に入ってから彼女、ずっとドアの前に立って俺から視線を外さない。
レイラも『四六時中世話をしろ』とまでは言っていなかっただろ。
こんな状況で休めるものかよ。
「気が休まらない。少し1人の時間が欲しい」
「……」
「これから魔族のために働くんだ。俺が十分に休息をとれない状況は、そちらにとっても望ましくないはずだ」
「……かしこまりました。それでは私は失礼させていただきます」
思ったより物分りが良いですね。
「しかしあまり長時間あなたを1人にすることはできません。なのでそうですね…、30分程経ちましたらまたこの部屋をお尋ねしますのでそのつもりで」
前言撤回、たかが30分で十分な休息がとれると思ってるのかこいつ。
「……分かった」
「それでは失礼いたします」
そう言うとロボは一礼し、部屋を出て行った。
俺は扉が閉まってからしばらく様子を伺い、少ししてから顔を両手で覆い隠す。
装備が口元まで隠せる物でよかった。
そうでなければいくら感情が表に出にくいとは言え、彼女らに俺の動揺は隠しきれなかったかもしれない。
「~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!」
声にならない悲鳴を上げる。
胸元から吐き気がこみ上げてきた。
いきなりこんな訳の分からない場所に1人で放り出され、周囲から夥しい量の殺意をぶつけられたから。
それだけではない。
たしかにあれはキツかった。
今までの人生で殺意をぶつけられた事など数えるほどしかない。
それがあれほどの人数からとなればもはや次元が違う。
実際、俺は自分の恐怖心を抑え付けるのに必死だった。
これからも魔族の中で唯1人、人族として戦うことが恐ろしくてたまらない。
だがそれだけならまだマシだ。
あの場にいた魔王レイラ・ヘルヘブン、『吸血姫』カミーラ、『悲岸花』ルーナ、イザベラ、『死配者』オボロ、『独奏者』フルーレ、『狙撃守』エヴァ、その他の魔族。
そして今この部屋の扉の前で聞き耳を立てているであろう『孤狼王』ロボ。
その全員を俺は知っている。
全員、ゲーム中で俺が殺した相手だ。
本当は大声で叫びだしたい。
胃の中のものを全て吐き出したい。
できることなら、今すぐこの場から逃げ出したい。
何故今になって彼女たちの言葉が分かるようになる?
ゲームでは鳴き声のようなものしかあげていなかったのに。
俺はただのモンスターだと思っていた彼女たちの中に自分となんら変わりない『感情』を見てしまった。
『悪逆非道な魔族たちから無辜の民を救ってください。魔族は我々を滅ぼすという本能に従うだけの理性無き獣です』
ファンタズムで俺を召喚した時の神官たちのセリフだ。
大嘘吐きが。
何が理性無き獣だ。
俺たちと何も変わらないだろうが。
あまりにもイレギュラーが多過ぎて、『ゲームの世界とこの世界は別の物』なのかそれとも『同じ世界だが俺が何も知らなかっただけ』なのか分からなくなってきた。
とにかく全く情報が足りない。
まずはここで働きながら様子を見よう。
本当は色々聞いて回りたいところだが、協力関係にあるとは言え魔族も俺の味方とは言えない。
この部屋もどこかから監視されている可能性があるため独り言もこぼせない。
俺が魔族側を信用していないように、魔族側も俺を信用していない。
それはロボを俺に付けたことからもよく分かる。
俺の世話をするために、などと言うのは建前で本来の彼女の仕事は俺の監視だろう。
俺は彼女が魔王軍幹部『五本指』に匹敵するほどの実力者だと言う事は、ゲーム中の経験で嫌と言うほど知っている。
まあ、事前に知らなくてもさすがに警戒はしただろうけどな。
ロボは身長が2m近くある俺とほとんど変わらない。
さらにメイド服の上からだと分かりにくいが、時折覗く四肢から非常に筋肉質なことが分かる。
内包する魔力も一般的な魔族とは比べ物にならない。
もしかすると俺に対するロボの監視は、気づかれること前提で行われているのかもしれない。
俺が気づかなければそれでよし、気づいたとしても『我々はお前を警戒している。妙なことは考えるな』と牽制する事ができる。
後者は俺の魔族に対する印象を悪くするが、さすがにそこまで気にしている余裕も無いのだろう。
ここで無条件に俺を信用するような連中なら逆に不安だ。
とはいえ、お互いに腹の探りあいをしながら場合によっては命を預ける状況になることを考えると先が思いやられる。
そこでノックの音が聞こえてきた。
どうやらもう30分経ったらしい。
未だ考えはまとまらず、不安要素しかないが今は生き延びることだけを考えよう。
『俺はまだ、大丈夫だ』
自分にそう言い聞かせる。
俺は罪悪感と恐怖心を再び押し殺し、扉を開いた。




