8話 臆病な男
「十分休めましたか?」
「それなりには」
本気で言ってるのかこいつ?
俺は先を歩くロボの背中を眺めながら、わずかに口角がヒクつきそうになるのを我慢する。
とは言え、もしかしたら30分で十分な休息がとれるほど魔族は人族よりも体力面で優れた種族だという可能性もある。
であれば彼女の『十分休めたか?』と言う言葉にも納得がいく。
ただの嫌味じゃないといいのだが。
面と向かって嫌われるのは仕方ないとしても、あまりネチネチしたやり方は勘弁して欲しい。
とは言え一応俺の世話を任されている以上、露骨に嫌悪感を向けるのは難しいか。
「早速ですが、あなたには今から仕事をしていただきます」
「内容を聞いても?」
「『境界の森』でスタンピードの予兆が報告されています。本格的に始まる前になるべく数を減らすのが今回のあなたの仕事です」
「スタンピード……」
「不満ですか?確かにあなたは六英雄に対抗するために召喚されましたが、モンスター討伐も立派な仕事ですよ。毎回スタンピードによって地図から消える村も少なくはありませんから」
スタンピード。
ある一定の周期で『境界の森』のモンスターが溢れ出し、森の浅い場所まで雪崩れ込んでくる現象のことだ。
普段は到底森の奥から出てこないような強力なモンスターも現れるため、俺は素材や経験値稼ぎのためによく討伐に参加していた。
最初のころは、俺でも手に負えないような超弩級の大型モンスターが現れて何度も教会送りにされたこともある。
リターンは大きいがその分リスクも大きいイベントだ。
「与えられた仕事はしっかりやる」
「魔王様はあなたに期待してます」
魔王様は、ね。
他の魔族からはまるでアテにされていないみたいだが、その方が気が楽だ。
それにどこかホッとしている俺がいる。
いきなり人族と殺し合えなんて言われていたら気が狂っていたかもしれない。
いつかは必ず通る道で、問題の先送りにしかなっていないが今はまだ駄目だ。
もっと精神を安定させなくては。
「何か必要な物はありますか?」
「……特には」
俺は所持品を確認してから答えた。
魔道具や装備品、回復アイテムも充実している。
ゲームの終盤に魔王城に乗り込んでからはそもそもアイテムを使う暇も無かったため、かなり手持ちに余裕がある。
「あなたには現地で戦っている冒険者たちと合流し、彼女たちと討伐に臨んでいただきます」
「冒険者?」
「ええ、魔王軍ではなく冒険者ギルドに所属し基本的には人族ではなくモンスターの討伐を仕事として生計を立てている者たちです」
知らなかった。
魔族側にも人族側と同じように冒険者ギルドが存在していたなんて初耳だ。
大きな違いは討伐対象か。
人族側の冒険者はモンスターだけでなく、魔族も積極的に討伐していた。
中には魔族討伐専門の冒険者もいたくらいだ。
「有事の際は、彼女たちも軍と共に人族と戦ってもらうことになりますが」
「だろうな」
『自分は冒険者だから』といった理由で人族との戦いを避けられるほど、今のヘルへヴンの戦力に余裕は無いのだろう。
「はっきり言いましょう。あなたに対する我々魔族が抱く感情はお世辞にも良い物ではありません」
「オブラートに包んだ言い方をするんだな。だが俺ははっきり言ってもらった方がありがたい」
「では訂正しましょう。誰も彼もがあなたに激しい憎しみを抱いています」
「……」
「異世界から召喚されたばかりのあなたに非が無いこと、皆理解はできるでしょう。しかし感情は必ずしも理性で抑え付けられる物ではありません」
「つまり、耐えろと?」
「違います」
え、違うの?
てっきり『我々が人族であるお前に感情的になるのは仕方が無い。だからお前は諦めて、黙って働け』ってことだと思ったんだがどうやら違うらしい。
「確かにあなたに我々は我慢を強いることになるでしょう」
「ああ」
「ですが現在のあなたに対する評価を覆すことは可能です」
「……」
「現にあなたは他の人族とは立場が違います。あなたは魔王様が召喚された魔族の切り札になり得る存在です」
「……」
「魔族が憎んでいるのは『ディアボロ』と言う個人ではありません。『人族』です」
「つまり、周囲の評価を変えたければその働きで自身の有用性を示せと」
「……少しずれているようですが、概ね正解です」
もしかして俺のこと心配してくれているのかこの人?
嬉しくて涙が出るね。
そんな訳ないだろうが。
いくらなんでも俺のことを馬鹿にしすぎじゃないか?
さっきお前は言った。
『感情は必ずしも理性で抑え付けられる物ではない』と。
なら俺がどれだけ魔族にとって有用か示したところで、評価は変えられても向けられる悪感情が変わることはないだろう。
せいぜい使える駒程度にしかなれない。
必要が無くなればお前たちはすぐにでも俺を切り捨てるだろう。
「貴重な助言ありがとう」
「いえ、助言というほどたいした物ではありません」
「この世界に来てから一番長く話をした気がするな」
「そう、ですか」
ロボはまだ何か言いたげだったがそれ以上は何も言って来なかった。
いいだろう。
お前の言うとおりその働きによって俺に向けられる評価を覆す。
まずはそれを目標に精一杯働こうじゃないか。
どのみち今の俺に選択肢は無いのだから。
それにロボが言っていることが俺に取れる手段の中で最善なのは間違いないだろう。
「こちらです」
ようやく1つの部屋の前にたどり着いた所でロボはこちらを向いた。
その瞳は、まるで哀れな者でも見るかのように俺には映った。
怒りや憎しみ以外でも、あまり向けられて気持ちがいい感情ではないな。
彼女は何も言わずに扉に付いたダイヤルに自分の魔力を流しながら回転させる。
ガチン
何かが嵌まり込むような音がして、扉が開いた。
「では、どうぞ中へ」
俺は扉の向こうに足を踏み入れる。
むせ返るような血の匂いがした。




