66話 嵐の前の静けさ
「縫い留めろ【奈落の鎖縛】」
俺は地面を右足で踏み抜く。
それと同時に前方にいるモンスターたちの足元に黒い魔法陣が出現する。
そこから現れたいくつもの鎖が次々と連中に絡みつき、引き摺り倒していった。
全身から魔力が零れ落ちるような感覚に襲われるが、気にせずアイテムボックスから取り出した『代償の指輪』をはめた。
突如自由を失ったモンスターたちに困惑した様子の冒険者たちに声をかけようとしたが思い留まり、近くにいたロボに声をかける。
「ロボ、今のうちに一時撤退の指示を。第七段階冒険者からの言葉の方が通りが良いだろう」
「……わかりました」
ロボは一瞬眉を顰めたものの、俺が言いたい事は理解してくれたようだ。
「総員一時撤退!モンスターが動けない今のうちに後退し、体力の回復に努めなさい!!」
「ロボさん、でもっ……」
何人かの冒険者がちらりと俺に視線を向ける。
『目は口ほどに物を言う』
察しが悪い俺にも、冒険者たちが何を言いたいのかが手に取るように分かった。
しかし今は自分のためにも黙って引き下がってもらいたい。
ここで俺に噛み付いたところで彼女らには何の利益も無いはずだ。
「私は最高位の冒険者としてこの区画の指揮を魔王様より任されています。まさか知らないわけではありませんね?」
「それは勿論知っています」
「ならば黙って指示に従いなさい。あなたたちにも思うところがあるのでしょうが、今は丁寧に事情を説明している時間はありません。あなたたちも冒険者の端くれであれば、今我々がどれだけ切迫した状況に置かれているのか分かるでしょう」
「ッ……」
彼女らは不満げな表情を浮かべつつも後退を始めた。
俺の存在は気に食わないものの、さすがにこのような状況で第七段階冒険者たるロボと事を構える気にはならなかったようだ。
やはりロボに任せたのは正解だったな。
少し虎の威を借る狐のようで情けない気もしたが、たいした問題ではない。
とりあえずロボに礼を言う。
「すまん。助かった」
「いえ、お気になさらず。それよりも本当に彼女たちを後退させてよかったのですか?ディアボロ様が連中の動きを止めている今こそ、一気に攻めに転じた方が……」
「いや、これでいい」
俺は前方の鎖に絡みつかれ、奇声を発しながらもがく有象無象共に向けてエンドレスダークの胸元を展開する。
一番の障害は無くなった。
後は全て蒸発させるだけで良い。
「掻き消せ【黒炎砲】」
吐き出された黒炎が次々にモンスターを飲み込み、焼き尽くし、蒸発させていく。
数秒後には俺の前方に焼け野原が広がっていた。
そこにはつい先ほどまで大量のモンスターが蠢いていた痕跡すらない。
「……確かに彼女たちがいては、この技は使えませんね」
「ここいら一帯のモンスターは掃討できたはずだが、次はどうする?」
前回の反省をふまえてロボに意見を求める。
正直俺としてはやり辛いが、実際に本格的なスタンピードの対処に携わった経験がある彼女の意見は貴重だ。
「そうですね……」
そう言ってロボは自分のアイテムボックスから見覚えのある手のひらサイズの結晶を取り出した。
「『念話結晶』、持っていたのか?」
それ持ってたなら合同探索や護衛依頼の時に使えたのでは?
しかしロボは俺の問いに首を振る。
「残念ながらこれは私個人が所有している物ではありません。各区画の指揮官に軍が貸し出したものです」
そう言ってから彼女は結晶に話しかける。
「こちらロボ、この区画のモンスターの掃討が完了しました。他の区画の状況を教えていただきたい」
俺は彼女から少し離れた大木に背を預け、彼女が状況の把握に努めている間に自身の考えをまとめる。
先ほど対峙した巨大な肉塊のような俺の知らない未知のモンスターも気になるが、それ以上に『統率者』の存在が気になる。
第七危険度のモンスターですら他の高危険度のモンスターを統率する事など考えられない。
しかし実際に存在するのであれば考えを改めなくては。
この目で見るまでは到底信じられないが。
六英雄が全員召喚された事とも何か関係があるのだろうか?
イレギュラーが多過ぎる上に情報がまるで足りない。
「ディアボロ様」
念話を終えたロボがこちらに向かって来た。
「他の区画も殆ど問題なく討伐が済んでいるようです」
意外だ。
思ったより余裕があるじゃないか。
彼女の話を聞く限りかなりの苦戦が強いられる事になると思っていたのだが、その予想は外れたらしい。
とはいえ、俺の悪い予想や予感はかなりの的中率を誇っているので油断はできない。
「これなら俺はいらなかったんじゃないか?」
「いえ、今回は魔王軍側からも指折りの魔族を派遣していますので。第七危険度以上のモンスターが他の区画に現れていれば、ここまで順調には行かなかったでしょう」
そういうものなのか。
「ただ……」
「ただ」
「今回のスタンピード、前回の物よりも大人しい気がします。ここまで順調なのも何か」
そこまで言って彼女は再び『念話結晶』を取り出し、起動させる。
また誰かから連絡が届いたようだ。
「分かりました。すぐに向かいます」
数秒聞きに徹していたロボが少し焦ったようにこちらに声をかけてくる。
「『統率者』の目撃情報がありました。申し訳ありませんがもう少し付き合ってください」




