60話 慰めの報酬
「英雄様、あなたがこのカムイの村のためにそこまでする理由が見当たりませんわ」
「ディアボロさん、申し訳ありませんが村は見ての通りです。何が目的かは分かりませんが、今の我々にあなたが望むような物を差し出せるとは思えません」
「悪いがまずはこちらの話を聞いてもらいたい。俺も別に慈善事業がしたいわけじゃない」
不安げな表情を浮かべるラージャにも少し黙ってもらう。
まずは話を聞け、質問はその後に答えるから。
「こいつ、きっと私たちの鉱山を狙ってッ……」
騒ぎ出そうとした村人の一人をラージャが一睨みして黙らせる。
非常に助かる。
気が立っているのはこちらも理解しているが、今騒ぎ立てたところで事態は何も好転しない事は理解してもらいたい。
別におかしなことを言うわけでもないのに妙に緊張するのは、この一室にいる全員の視線を一身に受けているからだろうか。
「最初に言っておきたいのは、別に俺はこの村の境遇に同情して金銭を送る訳では無いということ」
「見舞金、と言うのは……」
「もちろん俺の救援が間に合わずにタイラントバジリスクの犠牲になった人々に対する見舞金だ。まずは大黒柱を失った遺族に対して、次に大事な労働者を失った村に対して支払う形になる。取引相手はヘルへヴンでも有数の商会『ヴェノム商会』だ。それなりの額にはなるだろう」
俺の言葉にロボは徐々に眉間の皺を深くしていくが、口は挟まない。
少し怖いが今さえ乗り切ることができれば、後のことは後の俺に任せれば良いだけのこと。
「英雄様、それでは筋が通りません。あなたの本来の仕事はあくまで私の護衛ですわ。村人の救出はあなたが独断で行った事とはいえ誰に依頼されたものでもない。であればあなたにこのたびタイラントバジリスクによって出た犠牲の責任を負う必要はありません」
「本当にそうでしょうか?」
「どういう意味ですの?」
サーシャは怪訝そうな表情を浮かべる。
そうか、彼女は本当に気がついていないのか。
今、周囲にいる村人たちが俺に向けている視線に。
「本当に俺には何の責任も無いと、あなた方は思っているのか?」
今度はサーシャではなく、今この部屋にいるドワーフたちに問いかける。
誰も、何も言わない。
要するにそういうことだ。
彼女たちは今、やり場の無い感情の捌け口を求めている。
理不尽な災厄に対する怒り、家族を失った事による悲しみ、これから来る冬に対する不安。
そしてこの中で唯一の人族である俺は彼女たちにとって格好の標的だ。
しかも彼女らの中で俺は『救出に来たくせに間に合わなかった役立たず』というイメージが刷り込まれている。
俺が実際に何と言ったかは既にもうどうでもいいのだ。
とにかく攻撃できる理由を作りたくて仕方が無い。
だから彼女たちは俺の問いに答えない。
今回の犠牲は間に合わなかった俺のせいだと思っているから。
「お前ら、この沈黙はどういう意味だ?」
沈黙を保っていたラージャが僅かに震えながら搾り出すように声を発する。
その声には燃えるような怒気が込められていた。
「今回の件で、ディアボロさんに責任の一端が欠片でもあると思っているのか!?あの地獄から救い出してもらっておきながらなんと図々しい!恥を知れ!!!」
「も、申し訳ありません英雄殿」
「あのような場所から助けていただいたのです。感謝こそすれ恨む事などあろうはずがございません……」
「あなたは命の恩人です。ですが……」
ラージャの怒気に押され、口先だけの侘びを告げる村人たちの中で一人だけ、俺の前に進み出てきた女性がいた。
「お前、この期に及んでまだディアボロさんに何か文句があるのか?」
「お、恐れながら申し上げます!ディアボロ様に責任が無い事は百も承知!しかしながら我々の心情としてはあなたに心の底から感謝の言葉を述べる事はできません!」
「……そうか」
小刻みに震えながら声を張り上げる女性に対して、先ほどとは打って変わり能面のような表情を浮かべたラージャが腰に差していた鉈を抜き、それを振り下ろす。
「なッ!?」
それをすんでのところで素手で掴んで止める。
最悪指を何本か落とす事を覚悟してもう片方の手には上級のポーションを握っていたが、血こそそれなりに出ているもののちゃんとつながっている。
死ぬほど痛いが、それだけだ。
「ディアボロ様、お放しください!」
ロボがすぐに駆け寄ってくるがその前にもう少し質を落としたポーションを傷口に浴びせて回復させる。
ラージャは俺の血を見た事で怒りを忘れたようで鉈を取り落として呆然としている。
エンドレスダークを纏った状態で鉈を掴んでいたらこうは行かなかっただろう。
「あなたの考えている事は、今俺に対して不満げな視線を向けている彼女たちの総意でしょう。まぁ、俺はそれが間違っているとは思いませんがね」
「ディアボロさん何を言って」
「村長、あなたがどうしても納得いかないというのであればこういうのはどうでしょうか」
ようやく正気を取り戻したラージャと視線を合わせ、俺はゆっくりと言い聞かせるように話す。
「あなた方はタイラントバジリスク討伐に向かっていたのでしょう?であれば後からあの場所に向かった俺は結果としてあなた方の獲物を横取りした事になる。俺はそれをお詫びとして返すことにした」
「馬鹿な事を言わないでください。仮にあの場にあなたがいなかったとして我々だけで66体ものタイラントバジリスクが討伐できると、本気で思っているのですか?」
「思いませんよ?」
「ならば」
「今この話の焦点は俺があなた方の獲物を横取りした事にあります。あなた方だけでタイラントバジリスクが討伐できたかどうかはまた別の話です」
俺の言葉に未だに納得できない様子の村長にもう一押しすべく、俺は更なる言葉を投げかけた。
「たかがトカゲ66匹の死体でくだらない因縁をつけられずに済むのなら安い物だ」




