56話 帰って来た者と帰って来なかった者
「母さん!!」
カムイの村に到着してすぐに入り口で待ち構えていたラーバがラージャの胸に飛び込んだ。
しかし、娘との感動の再会を果たしたというのにラージャが浮かべた笑みはぎこちないものであった。
それを皮切りに他の子供たちも次々に自分の親や姉妹に飛びつき、再会できた喜びをかみ締めていた。
ロボやサーシャたちもそれを見守っている。
そこだけ見れば実に感動的な場面だが、それとは対照的な感情を浮かべている者の姿もそこにはあった。
「私のお母さんは!?」
「おねぇがいない……」
「私のママがいないの。どこ?」
亡くなった村人の家族だ。
喜び抱き合う家族の間を迷子のように不安げな表情を浮かべながら彷徨い歩くその姿は嫌でも目に付いた。
俺は今すぐこの場から消えてしまいたい衝動に駆られる。
あわよくばまだ彼女らが自分の家族を見つけらていないだけだと思いたかったが、先ほどまで抱き合っていた家族の沈痛な面持ちを見てはそんな楽観的な考えは消え去ってしまう。
「ねぇ!おばさん、私のお母さんは!?」
彷徨っていた一人の少女が、先ほどまで自分の娘と抱き合っていた女性の服を掴む。
「一緒に、一緒に村を出たよね?なのになんで帰りは一緒じゃないの?」
「それは……」
少女からの問いに、女性は言葉を詰まらせる。
その少女以外の、まだ自分の家族と出会えずにいた子供たちからも似たような疑問の声が飛び交う。
「おねぇは?なんでおねぇいないの!?」
「ママ、帰ったら一緒にクッキー焼くって約束したもん!」
先ほどまで明るかった村人たちの空気が一気に沈む。
自分の家族が見つからない子供たちはもちろん、悲痛な面持ちで周囲に訴えかける彼女らの姿を見て再会を果たす事ができた家族たちも心から喜ぶ事ができないようだ。
「……ディアボロさん、彼女たちの遺体を出していただけますか?」
村に戻って真っ先に娘と再会の抱擁を交わしたラージャが、声を震わせながら言ってきた。
俺は無言で頷き、回収した遺体をアイテムボックスから彼女たちの前に出した。
本来、俺のアイテムボックスは生きた物は入れられない。
しかし、すでにタイラントバジリスクとの戦闘で亡くなっている彼女らは回収する事ができた。
その事実が、彼女らはもう『生き物』ではなく『物』になってしまった証左に思え、現実を突きつけられたような気分になる。
「ママ?なんで寝てるの?帰ってきたんだから約束守ってよう…」
幼い少女が母親の亡骸を揺する。
「おねぇ、おーねーぇー!!」
釣り目の少女が泣きながら目を閉じた姉に抱きつく。
「………」
少し周囲の子供たちよりも大人びた少女が、静かに眠る女性の顔を涙で濡らす。
あちこちから聞こえる悲鳴や泣き声、物言わぬ亡骸に呼びかける声が俺に突き刺さる。
俺がもっと早く動いていれば、こんな光景を見ずにすんだのだろうか?
仮定の話などしたところで、何の意味もありはしない。
俺はラビスにもそう言ったではないか。
俺は最善を尽くした。
この状況は、避けられなかったのだ。
そう考えなければ俺は正気を保てない。
俺は、悪く
「嘘吐き!!!」
足に衝撃が走る。
先ほど視界に入ったつり目の少女が、目を真っ赤にしながら涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔に怒りの表情を浮かべて俺の足を蹴っている。
「嘘吐き!嘘吐き!!嘘吐き!!!あんたおねぇ助けるって言った!なのに、おねぇ冷たくなってる!」
「……」
「なんで!?アニーのお母さんもマリアのおねぇも助けたのに、なんであたしのおねぇは助けてくれなかったの!?」
「……」
「ずるい!ずるい!ずるいずるい!!!」
俺は、『様子を見てくる』とは言ったが彼女の姉を助けるとは一言も言っていない。
もちろんあわよくば全員無事に連れ帰るつもりではいたがそれを口に出す事はなかった。
こうなる事は予想できていたからだ。
俺がこの村から村人たちを救出に向かう時点で既に何人かの犠牲が出ている事は分かりきっていた。
片や第六危険度のモンスター、片や軍人でも冒険者でもないただの武装した村人たち。
到着する頃には全滅している可能性も十分あったため、どちらかと言えば救出と言うよりも状況の確認として向かった意味合いが強い。
そんな絶望的な状況を考えればむしろたった2割の犠牲で済んだのは奇跡に等しい。
タイラントバジリスクもあの群れは全滅させた。
本来であれば村ごと滅ぼされていたかもしれない事を考えればこれ以上の成果を望むのはいささか贅沢だろう。
だがそんなことはこの子たちには関係ない。
全体で見ればたった2割でも、彼女らにとってはかけがえの無い愛する家族なのだ。
そこにあるのは『絶望的な状況から村が助かった』最高の結果ではなく、『愛する家族を失った』最悪の結果にすぎない。
「何とか言ってよ!」
他の犠牲者の遺族も、目の前の少女ほどではないにしろ近い感情を持っているのだろう。
『なんで?』と言いたげな視線からは嫌というほど怒りが伝わってくる。
「やめなさい!」
見かねたのかラーバが少女を後ろから抱きしめて止める。
善意からの行動なのだろうが、俺としては大人しく見ていて欲しかった。
「英雄様は本来の仕事を放棄してまで母さんたちを助けに行ってくれたの!アイリスちゃんのお姉さんの事は残念だったけど……」
「結局助けられて無いじゃん!お母さんが帰ってきた人は黙っててよ!!!」
「っ……」
ラーバと少女、アイリスとでは立場が明確に違う。
『再会できた者』と『再会できなかった者』、両者の間にある溝は深い。
前者が後者を宥めるのは逆効果だ。
「あんたに何が分かるの!?上から目線で慰めないでよ…。ラーバのお母さんが死んでたら同じこと言われて納得できた!?」
「それは……」
「こんなことなら、ラーバのお母さんがっ!?」
俺はしゃがみ込み、アイリスを抱き止めた。
自分がしている行為に寒気がする。
彼女の顔を俺に押し付ける事で何とか口を塞ぐ。
恐らく今、彼女は言ってはならない事を口走るところだった。
彼女の家族構成は分からないが、もし身内が亡くなった姉一人であれば、これから生きていくのに他の村人達の助けが必ず必要になる。
『ラーバのお母さんが死ねばよかったんだ』
そんな事を言ってしまえば、この村での立場が危うくなる事など目に見えている。
後でどれだけ罵倒されようが蹴られようが殴られようが構わない。
極度の興奮状態にある彼女を止めるには、馬鹿な俺ではこんな方法しか思いつかなかった。
「放してよ!なんなのよあんた!?」
「……」
「人族が触らないでよ汚らわしい!気持ち悪い!!」
彼女は俺の拘束から抜け出そうと顔を逸らして叫ぶ。
蹴りを入れられ、あちこち殴られるが痛みは無い。
痛いが、痛くない。
大丈夫だ。
俺に対してなら何を言っても何をしても良い。
なんとか目的通り彼女の怒りの矛先をラーバから俺に移せたようでホッとした。
俺は彼女の耳元で呟く。
「そうだ、俺を恨め」
「何をっ……」
「お前の姉を救えなかったのは俺だ。最善は尽くしたつもりだが、結果はご覧の通りだ」
「役立たず!本当に、役立たず!!」
「……すまん」
「うぇ、うぅう……、何でよぉ、何でおねぇが、返してよぉ…」
「分かっていると思うが、さっきラーバに言おうとしていた事、あれはダメだ。お前の立場が悪くなるだけで何も良い方向には向かわない」
「そんなことっ、分かってる…」
ならいい。
先ほどは冷静さを欠いたため失言しそうになっただけなのだろう。
誰だって大切な家族を失えば平静で入られなくなるに決まっている。
少し落ち着いたアイリスを放し、立ち上がった。
「あ……」
彼女は無意識のうちに掴んでた俺のコートを慌てて手放した。
大丈夫だ、気が動転していた事はちゃんと分かっている。
『人族なんかに抱きつかれた可愛そうな子』として周りも同情してくれるはずだ。
ただでさえ追い詰められた状況にあった彼女にさらに嫌な思いをさせたことは、本当に申し訳なく思う。
「……ディアボロ様」
背後からロボに声をかけられた。
「ラージャ様がお呼びです。今後の事について話し合いたい、と」
そんな場所に呼んでくれるなよ。




