52話 漏れ出る闇
「動かないで、いただけますか?」
俺を囲む村人たちの中で、もっとも身に付けている装備が上等な妙齢のドワーフが震える声で言った。
上等と言ってもあくまで村人にしてはといった程度であり、さらにタイラントバジリスクとの戦闘であちこちが壊れたり破けたりと無事なのは手にしたバトルアックスくらいの物で、言っては何だがかなりみすぼらしい様子だ。
しかしその目には怯えの色こそ浮かんでいるが、場合によっては目の前の得体の知れない生き物と戦う事も覚悟した強い意思が見て取れる。
身長はおよそ185前後、茶髪のくせ毛でどことなく見覚えがある。
「村長、人を分けましょう。ここは我々が。村長はまだ戦える者を連れて一刻も早く村にッ…」
あ、村長ってことは彼女がラーバの母親か。
確かに良く似ている。
「馬鹿を言うな。戦えない者をこの場に残して何になる。それならばここは私一人に任せて全員村に戻れ」
「ですがそれでは村長が……」
「行け。命令だ。……後のことは任せた」
村長、ラージャと村人のやり取りから彼女らが決して友好的ではないことが伝わってきた。
このような不穏な空気にも慣れたものである。
……どうしよう。
空気には慣れていてもその対処に慣れている訳では無い。
無い知恵を振り絞って誤解を解こうとするがなかなか良い考えが浮かばない。
自分を彼女たちの立場に置き換えればこの対応もある程度理解はできる。
絶体絶命のピンチに駆けつけた見ず知らずの人族がタイラントバジリスクの群れと共にどこかに消え、再び現れたときには一人だけ。
自分でもかなり怪しまれるような事をした自覚はあるが、今のような状況にならないために負傷している彼女らに『恵みの雨』を使った。
恩に着せたいとは思わないが多少の警戒心は解けると踏んでいたのだが、彼女らの態度を見る限り効果は薄かったようだ。
さすがに俺の考えが単純過ぎたのか?
村長だもんね、警戒心が強くないと他の村人を守れないよね。
理解はできるが、俺にとって都合が悪い事には変わりない。
さてどうしたものか。
そんな事を考えているうちにあちらの考えがまとまったようで、俺を取り囲んでいた村人たちは視線をこちらに向けたまま徐々に後退していく。
どうやら当初の予定通り、ラージャ一人に俺を任せて他の村人は村に帰すことにしたようだ。
それでは困る。
「待て」
俺の一言に全員の動きが止まる。
助かるね、ここで全員で四方八方に逃げられては面倒だからな。
「勝手に話を進めないで欲しい。そちらの『動くな』という要求にこちらを従わせておきながらそれっきりか?話にならん」
せめて会話してくれないと誤解も解けない。
一応理由はどうあれ俺は彼女たちを助けたことになると思っているんだが、もしソレを分かった上でこのような対応をとられているのだとしたらどうしよう。
「あなたの言うとおりです、無礼な真似をして申し訳ありません」
ラージャは小さく頭を下げるが視線は俺から外さない。
謝意は示しつつも警戒は決して解かない。
本当にただの村長か?
ラーバからは自分の母親は村一番の戦士だとは聞いていたが想像以上だ。
「ですがこちらにもあまり時間に余裕がありません。失礼を承知でお願いします。私以外の村人は見逃していただけませんか?あなたのお相手は、私が」
そう言って彼女は手にしたバトルアックスを構える。
え?
お相手ってこれどう見てもお話のお相手じゃないよな。
だって武器構えてるし。
もしかしてドワーフって肉体言語で語り合うタイプの種族だったりするのか?
そんな現実逃避じみた事でも考えなければやってられない。
「断る。そもそも今のあなたたちの装備でこの場所からカムイの村まで無事辿り着けると思っているのか?」
「……なぜ我々の村の名前を知っているのですか?」
彼女を含めた村人全員の警戒心が高まる。
『俺はあなたたちの事情を把握している』といった旨を伝えたいのだが、こうも大人数に囲まれては緊張して上手く口が回らない。
「俺はカムイの村で事情を聞き、この場所に来た」
「それはどういう」
「安心しろ、あなたの娘は無事だ」
そう言った瞬間、ラージャが俺の頭めがけてバトルアックスを投擲してきた。
そして自身も腰に差してあった鉈を抜き放ってこちらに突っ込んでくる。
飛んできたバトルアックスを篭手で弾き飛ばしてから俺に向かって来た彼女の腕を掴んで地面に引きずり倒す。
鉈を持った手を捻り上げ、暴れる彼女をうつ伏せにさせて抑え込んだ。
意味が分からない。
「お前、私の娘に何をしたァッ!?村を、子供たちをどうした!?」
「なんのことだ」
いや本当に何の事だよ。
今の話の流れで何で俺がラーバやカムイの村に何かしたことになる。
「とぼけるな!人族が魔族を助けるわけがないだろうが!何が目的だ!」
「とぼけるも何も、俺はラーバから事情を聞いてあなたたちの救援に来ただけだ」
「嘘をつけ!そんなことをして人族であるお前に何の益がある!?」
多分サーシャに、ひいてはその母親であるヴェリルにも恩を着せられる。
俺だって慈善事業をしている訳では無い。
しかしそのあたりの事情を説明しても今の彼女の状態では理解できまい。
彼女のあまりの怒気に周囲の村人たちも動けずにいる。
彼女の母親として娘を心配する気持ちと、村の長として村を心配する気持ちを考えればこの取り乱しっぷりも理解できなくはない。
だが、それと同時に思う。
ここまでして俺がこいつらを助ける必要があるのか?
もう、全員ここで皆殺しにしてしまってもいいのではないだろうか。
村で待つ彼女たちには『間に合わなかった』と伝えるだけでいいだろう。
死体はこの森に住まうモンスターたちに処分させても良いし、跡形もなく焼却しても良い。
安全策を取るならば後者だろうか。
もういい加減疲れたのだ。
余計な苦労はもう、したくない。
抑え付けたラージャの頭を握る手に力を込める。
今の俺にはその気になればいつでもこの頭を握りつぶす事が出来る力がある。
「ごめんなさいっ!ラーバ……」
彼女の涙と言葉にはっとする。
俺は今、何をしようとしていた?
自身のらしくない思考に一瞬困惑するが、深く息を吸い冷静さを取り戻す。
気にはなるものの、今は目の前のやるべきことだけに集中しよう。




