51話 捕食者
「……そうきたか」
暗黒空間に飛び込んだ俺を待っていたのは数十体のモンスター。
その全てが頭頂部に、『|《・》暴君《タイラント|》《・》』の所以たる禍々しい冠を携えていた。
タイラントバジリスクの群れ。
およそ現実にはお目にかかることのないはずの光景が俺の目の前に広がっていた。
そりゃ魔力をゴッソリ持って行かれるわけだ。
「どんな確率だよクソッタレが……」
悪態をつきながらもこの状況が人為的に仕組まれた物である可能性に思考を巡らせる。
さすがにここまでくると運が悪いの一言で片付ける事が出来ない。
しかし考えるのは後だ。
今はこの場を乗り切ることだけを考えよう。
俺はアイテムボックスから取り出した『代償の指輪』をはめ、魔力を全回復させる。
できれば乱用したくない魔道具だが、ここで死ねば元も子もない。
少し震える自分の足を殴りつける。
この震えは、武者震いなどと言った格好のいいものでは決してない。
恐ろしい
いかに六英雄の加護があろうともそれを除けば俺自身ただの一般人に過ぎない。
目の前にいる巨大な災厄どもは皆俺の命を狙ってこちらの隙を窺っている。
怖くないはずがないだろう。
だが帰る場所を失っただけでなく、こんな訳の分からない異世界で訳の分からないまま死ぬのだけは御免だ。
「喰らい尽くせ【狂龍】」
纏っていたエンドレスダークが俺の体に牙を立て、体の至る所から血が噴出させる。
地面に赤い水滴が零れ落ち、徐々に赤黒い水溜りができていく。
「ッ!―――――ッ!!」
食いしばった歯の間から荒い息が漏れる。
深く息を吸い、吐ききった後に吸う。
激痛を呼吸法で鎮めようとするが、なかなか上手くいかない。
昔から怪我をすることが多かったため痛みを鎮めるために使っていた呼吸法だったが、さすがに全身に牙を突き立てられた経験などないのでどこまで効くかは未知数だ。
俺の体から噴き出した血がエンドレスダークに吸い込まれていく。
漆黒の鎧が徐々に赤黒く変色し、その形状も禍々しい姿に変貌していく。
それと同時に痛みも幾分マシになったような気がする。
「これでたいした事ない装備だったら叩き割るからな……」
できもしないことを口にする。
召喚されてからエンドレスダークのこの形態を使うのは初めてだ。
事前知識としてこの形態は『自身の身体能力が跳ね上がり攻撃した相手の魔力と体力を吸収する代わりに使用中は自身の魔力と体力が減少し続ける。吸収する魔力と体力は相手の強さに比例する』といった物だったのだが、ここまで直接的に吸われるとは思っても見なかった。
視界が徐々に赤く染まる。
自分の中でふつふつと怒りが沸き立っていく。
これもこの形態の効果なのだろうか。
目の前のモンスター共はどいつもこいつも警戒はしているものの、自分たちの方が強者であると信じて疑っておらず俺のことをまるで餌を見るような目で見てくる。
嘗めやがって
「GURURUAAAAA!!!!!」
俺が放った【帝王の雄叫び】に蜥蜴共が一気に浮き足立つ。
相手との間合いを一気に踏み潰し、先頭にいたソレの頭上に飛び上がる。
ソレの目は先ほどとは違い、何が起きているのか理解が追いついていないような目だった。
所詮は畜生、自分の理解の及ばない状況には弱いと見える。
「餌はお前らで、捕食者は俺だ」
振り上げた拳をその分不相応な冠の上から叩き込む。
肉を潰し、骨を砕き、脳漿をぶちまけさせ、耳障りな悲鳴は無視して頭蓋骨を掴んで首を引きちぎる。
体に魔力と体力が流れ込むのを感じながら次の獲物に標的を移す。
斬って、抉って、潰して、裂いて、殴って、砕いて、葬る。
ただ繰り返す。
標的が生命活動を止めるまで、同じことを何度も何度も繰り返す。
【帝王の雄叫び】の効果が切れ始め、連中は必死に地中に逃げ込もうとするがこの暗黒空間に地中など存在しない。
「おいおい、さっきまでの嘗め腐った目はどうした?第六危険度モンスターなんだろ?災厄なんだろ?暴君なんだろ?」
連中の数が目に見えて減っていく。
足元でうごめいていたソレの頭を踏み潰し、淡々と続ける。
「お前らは群れで俺は一人だぜ。…まあ戦意を喪失してくれるのは俺としてはありがたいがな」
必死で掘れるはずのない地面に爪を立てるソレの背中に右手を撃ち込み、心臓を掴んで引きずり出す。
ビクビク動いて非常に不快だ。
握りつぶしてからふと思い出す。
そういえばタイラントバジリスクの心臓は万能薬の素材になるんだったか。
もったいない事をしたな。
連中の数が減り、そんな事を考える余裕さえ出てきたが、緊張感は緩めない。
まぁ、戦闘中でなくとも緩められないんだが。
最後の一体は一際体が大きく、必死に逃げようとしていた他の連中と違い全力で俺を殺しにかかってくる。
恐らくこいつが『親』なんだろうが、力は強いが動きが鈍い。
こいつらの産卵に体力を消耗した状態で狩りに出かけたため万全の状態とは程遠い様子だ
大家族は大変だな。
まあ…
「俺にとっては好都合だが」
右腕の横から生えた刃でその首を刈り取る。
見た感じ、こいつからはいい素材が取れそうだったので内臓に傷をつけないようにしたかった。
最後の一体を狩り終えたところで周囲を見回す。
あたり一面、血と肉と骨で溢れ返っている。
とりあえず全てアイテムボックスに回収しよう。
これだけ滅茶苦茶な状態では素材として使える部分も限られてしまうだろうが、多少は使える分もあるだろう。
素材の回収を終え、【漆黒の監獄】を解除した俺を待っていたのは。
恐怖と困惑が混ざり合ったような表情で武器を手に俺を囲む村人たちだった。




