49話 憤慨
サーシャ視点
「ご不満ですか?」
彼を見送った後、ロボ様が声をかけてきた。
「当然ですわ!仮にも私は彼の依頼主なのですよ?」
正確には今回の依頼主はお母様なのだが、この場にいない以上護衛対象である私の指示に従うのが道理と言う物だろう。
ここまでの道程で比較的真面目な人物だと思っていたのだが、化けの皮が剥がれたと言ったところか。
一方的に依頼を放棄するなど無責任にも程がある。
「ですがサーシャ様としては助かったのでは?」
「それは……」
「あなたも分かっているはずです。1度町に戻り、事情を説明し、準備を整え、この村に戻る。そんなことをすれば討伐に向かった村人たちの生存率が著しく下がる事は」
彼女の言うとおりだ。
私でなくとも、彼女たちにはもうそんな時間が残されていない事くらい分かる。
「言いたいことは分かります。安全策をとるならばサーシャ様の案を選ぶのは当然でしょう。今あなたが一番やってはいけない事は、自分の命を失う事です」
私は何があっても死ねない。
お母様から何度も言い聞かされて来た。
商品よりも、商売相手よりも、まずは自分の命を守れと。
たまに『商品を守るために馬車に轢かれて死んだ』『襲ってきた賊から商売相手を庇って死んだ』、そんな出来事が美談として語られる事がある。
お母様はその話を聞いて鼻で笑った。
『その方々は人格者という点では一流かもしれないけど商売人としては三流以下ね。商品を、商売相手を守ったところで自分の命を落としては意味が無いでしょ?商人としての信用を気にしているのかもしれないけど、生きてさえいれば挽回のチャンスはあるわ。でも死んだらそこで終わり。命あってこその物種よ』
私が死ねば『ヴェノム商会』とお母様の未来はどうなる?
天涯孤独だったお母様の娘が私一人である以上、私が死ねば『ヴェノム商会』を継ぐ者は血縁者ではなくなる。
そうなれば醜い後継者争いに発展する事は火を見るよりも明らかだ。
誰もが『ヴェノム商会』のトップの座を狙っている。
お母様の事だ、そんな有象無象の俗物どもにやすやすと代表の座を明け渡すことはないだろう。
だがその体と精神にかかる負担は今より確実に増す。
それだけは絶対あってはならない。
私が死んでもお母様が幸せに暮らせるのであれば何も思い残す事はないが、そんな都合の良い未来は到底描けない。
クラウン、私を実の妹のように可愛がってくれる優秀な仮面の執事。
彼女は非常に頼りになるが、そんな彼女が補佐に就いて尚今の状態なのである。
ラーバは親友だし村長のラージャさんや他の村の人たちにもいつも良くしてもらっている。
リスクを背負うのが私一人ならもっとやりようがあるのだが、今回は駄目だ。
見捨てるしかない。
「しかし今回は普段とは状況が異なります。あなたが今回護衛として同行させたのは誰ですか?」」
「……今回英雄様に依頼したのはあくまで私の護衛です」
「であれば追加報酬を払うからと交渉すればよいではありませんか。受け入れられるかは別として、状況に応じて契約内容の更新を提案する事は何もおかしなことではないでしょう」
「……」
私は何も言い返すことができない。
商人にとっての柔軟な対応力がどれほど重要なものか、そんなことは私だって分かっている。
通常であれば私も迷わずそうした。
しかし、今回ばかりは相手が悪い。
相手はファンタズム六英雄が一人『黒曜の英雄』ディアボロだ。
この絶望的な状況で彼を頼ってしまえば、いくら報酬を支払うと言ってもそれが私個人で払いきれるような額で収まるとは限らない。
相手は人族だ。
どのような要求をされるか分かった物ではない。
「ディアボロ様に借りを作ることがそんなに嫌ですか?」
不意に投げかけられたロボ様からの言葉に、心臓が跳ね上がる。
ワーウルフと言う種族自体、相手の感情の機微を感じ取る能力が非常に高い事は知っていたが、ここまではっきり言い当てられてしまってはもはや魔道具やスキルの次元である。
お母様からはロボ様の本来の仕事はディアボロ様の監視であり、世話役と言うのは常に彼と同行する為の建前だと聞かされた。
とはいえ名目上は彼の世話役である彼女の前でこの対応は拙かったか?
少しおびえる私にロボ様は優しく、そして悲しげに話しかけた。
「心配しなくても彼は今回の事を貸しだと思っていないでしょう」
「何故、そこまで自信を持ってそう言えるのですか?」
「それは彼が期待していないからです」
「期待?」
彼女は何が言いたいのだろうか?
「彼はあなたに貸しを作ったところで、それが返ってくるとは思っていないと言う事です」
「なぜ?」
「彼自身が自分が人族であることを誰よりも理解しているからです。『借りは返す』それは我々にとって常識ですが、その魔族にとっての常識が人族である自分にも適用されるとは考えていません」
「そんなこと」
「無いと言い切れますか?」
一流の商人を目指す者としてそのような不誠実な真似はしない。
そう言いたかったが、自分の中に『相手は人族』といった思いがあることに気がつく。
「だから彼は最初から我々に何も期待していないのです」
「では、英雄様は一体何のために戦っていますの?」
相手からの見返りを期待していないと言うのであれば、彼が戦う理由とは何なのだろうか。
『見返りを求めない』と『見返りに期待しない』は似ているようでまるで違う。
前者は物語の中の英雄のような振る舞いだが、後者はあまりに悲観的だ。
彼の救いは、どこにある?




