43話 終わった夢
「何かありませんの?具体的なものでなくても良いのです。例えばお金持ちになりたい、権力を手に入れたい、誰よりも強くなりたい、世界一の美女が欲しいなんていうのも素敵ですわ」
彼女の言葉を聞いて嫌な事を思い出す。
かつては俺にも夢があった。
世界最高峰のバスケットボールリーグで活躍すること。
バスケットボールはその競技人口の多さにもかかわらず、日本でメジャーなスポーツである野球やサッカーと比べプロの知名度が低く、また収入も少ない。
だから俺はより高い収入が見込める世界最高峰のバスケットボールリーグであるアメリカのリーグを目指していた。
金が一番の目的ではなかったが、無くて困る事はあってもあって困る物ではない。
両親への恩返しもできる。
そんな事を考えていた。
そのためにできる事は全てやった。
友人が遊んでいるときも練習したし、寝る間も惜しんで動画を見たり書籍を漁って戦術の理解を深め、体のケアも怠らなかった。
競技を始めてからすぐに、自分にはあまり才能が無い事に気がついた。
他のチームメイトが数回練習すればできるような事も、俺はその何倍も練習しなければできなかった。
真剣に取り組めば取り組むほど、自分がいかに周囲より劣っているのかを突き付けられた。
友人からの
『仁は真面目で努力家だな』
恐らく善意から投げかけられたであろうその言葉が、俺にはどうしようもなく辛かった。
真面目であっても、努力家であっても、それ自体には何の意味も無いではないか。
俺が欲しいのは結果だ。
目に見える形で結果が残せなければ、俺はその過程に価値を見出す事ができない。
だってそうだろう?
人は誰しも結果を残すために努力を重ねるのだから。
『努力』とは目指すべき目標ではなく、目標に到達するための手段でしかないはずだ。
何度も失敗した。
何度も涙を流した。
何度も折れかけた。
それでも俺の中にはやめるという選択肢はなかった。
どれだけ苦しくてもバスケットボールは好きだったし、何より今まで自分が積み重ねてきた物を自分自身の手で無意味な物にしたくなかったからだ。
時が過ぎると共に身長が伸び、それと比例するかのように結果が出始めた。
競技の特性上身長の高さは非常に大きなアドバンテージになるため、必ずしも自分が今までやってきたことがそのまま結果に結びつき始めたかと言えば微妙なところではあったが俺は安堵していた。
俺が今までやってきたことは無駄ではなかったのだ、と。
それからは比較的順調な道のりだった。
試合で結果を出し始めてからは大学のスカウトとも何度か話す機会ができ、ようやく夢への道筋が見えて来たところで。
高校生活最後の試合、俺の全てが崩れ去った。
何年もかけて積み重ねてきたものが、まるで最初からそこには何も無かったかのように消えてしまった。
病院で診断結果を聞いた時、生きる意味を見失い未来の自分の姿すら想像できなくなったが涙は出なかった。
俺よりも、お袋が泣いていたからだ。
ここで俺まで泣いたらお袋はもっと悲しんでしまう。
親父も俺の怪我の詳細を聞いて、眉間の皺をよりいっそう深くした。
直情的で穏やかなお袋とは違い、親父は気難しい上にプライドが高く、俺が言えた事ではないが不器用な人であった。
そんな親父が医者に何度も頭を下げていた。
なんとか息子の足を治してください。
どれだけ高額な治療でも構いません。
やっとここまで来たんです。
息子の今までの努力を、無かった事にしないでください。
そんな親父の姿は初めて見た。
『結果が伴わない努力は努力とは呼べない』
そう俺に教えたのは、親父であった。
そんな両親の姿を見て、逆に俺は冷静になる事ができた。
家に帰り、自分の部屋に戻ってから自分の最後の試合動画を見返した。
最後のあのプレーはいただけなかったが、相手の高校は今まで対戦した相手の中でダントツで強かった。
特に四番を着けていたキャプテンの神咲至。
あいつは本当に上手かった。
俺が出会った中で一人、周囲とは明らかに別次元。
彼のようなプレイヤーが世界レベルなんだろうと本能で感じとることができた。
本当は俺がマークしたかったが、監督は俺の体力を温存させるためにそれを許さなかった。
逆に俺のディフェンスは彼がついていたのでその事も考えての指示だったのだろう。
嗚呼。
「……待ってくれよ」
頬を生暖かいものが伝う。
両親の前では何とか耐えたが、もう限界だ。
「俺はまだ、まだ何も、何も成していないッ…」
馬鹿だな俺は。
今の俺には後悔しかない。
監督に反対してでも彼と勝負すればよかったのに。
身長は同程度だが、実力差は明らかにあちらの方が上。
あれほどのプレイヤーとの対戦機会をふいにするなんて。
画面の向こうの彼は俺のチームメイトを嘲笑うかのように抜き去り淡々とシュートを沈めていく。
俺もカバーに入ることで何度か止めることはできたが、それ以上にシュートを決められた。
オフェンスでは何とか食い下がったものの、トータルで見れば完敗だろう。
しかし、リベンジのチャンスが訪れることは二度とない。
せめて負けるなら真っ向勝負で負けたかった。
そうすれば、夢への道筋が断たれたとしてもこれほどまで未練を感じることも無かったのに。
過去を悔やんでも何にもならない、そんなことは分かっている。
でも
「本当に、終わったんだな……」
零れ落ちる涙に比例し、俺の中から熱が失われていく。
諦めが、心を侵食していく。
熱が完全に吐き出されると俺は、夢の終わりを受け入れた。
いや、違う。
夢に自ら蓋をしたのだ。
受け入れることはできないが、これ以上この事について考えることにも耐えられないと。
それからは、ただ『自分が死んだら両親が悲しむかもしれない』という理由だけで生きていた。
夢を追うにはそれ相応のリスクを背負う事になる。
夢への道が絶たれたときに味わう絶望の大きさは、追っていた夢の大きさと比例するのだ。
「……どうかなさいましたか?」
いつまでも答えない俺に痺れを切らし、サーシャが俺を尻尾で軽く突く。
英雄様などと呼んでおきながらこの扱いである。
「何でもありません。夢の話でしたね?」
「はい!」
「しいて挙げるなら、『身の危険を感じずに穏やかに暮らす事』です」
今の俺には以前までのような生きる理由は無いが、死ぬ理由も無い。
なんとも消極的な理由で生きている。
お金持ちのお嬢様からしたら理解できないかもしれないが、今の俺にとってこれ以上の望みは無い。
なぜなら、恐らくこの夢は叶う事が無いからだ。
俺に安息の地など現れない、だがそこに近づく努力はしよう。
俺の答えを聞いて彼女はしばらくキョトンとしていたが、何かに気づいたかのように頷いた。
「確かに一見簡単に叶いそうな夢にも聞こえますが、今の英雄様のおかれている環境を考えるとかなり厳しそうですね」
察しが良過ぎて怖い。
これなら『やっぱり庶民の夢は小さくてつまらないですね』とか言って鼻で笑われたほうがマシだ。
「……サーシャ様、そろそろ目的の村に着きます」
前を歩いていたロボが振り返り、声をかけてきた。
心なしか耳が垂れているような気がする。
まさか先ほどのサーシャと俺の会話を気にしているのか?
別にお前が監視役じゃなくても今と状況はそれほど変わらないと思うが。
そもそも俺は、そこまで周りに期待などしていない。




