44話 濁った空気
「……様子がおかしいですわ」
目的の村についたサーシャは開口一番、そう呟いた。
村の中は静まり返っており、人の気配も無い。
「今日行商のためにこの村を訪れること、先方はご存知なのですか?」
「もちろんです。一週間前に使いの者に文を持たせてあります」
であれば何かの事情で入れ違いになった、という可能性は薄いか。
それにもしそうだったとしても村に誰も居ないのはさすがにおかしい。
周囲を観察する。
建物は所々崩れており、地面がえぐられたような箇所も目立つ。
俺の【帝王の縄張り】に反応は、無い。
「誰かいませんの!?『ヴェノム商会』のサーシャですわ!」
サーシャが倒壊した建物の中を覗きながら叫ぶ。
一応護衛対象なのだからあまり不測の事態にウロウロしないで欲しいんだが。
彼女を呼び戻そうと一歩踏み出した瞬間、地面が僅かに揺れた。
「サーシャ!逃げて!!」
どこからか声が聞こえた。
地響きと共にサーシャの背後の地面が割れ、下から黒い巨大なトカゲのようなモンスターが姿を現した。
ほんっとうに役に立たないなこのスキル。
俺は即座に彼女とモンスターの間に体を割り込ませ、その横っ面に蹴りを入れる。
「何が……」
「こっちを見るな!できるだけ息をせずに目を瞑れ!!」
キシャァァァッ
耳障りな金切り声に内心顔を顰める。
恐れるな。
弱みを見せた瞬間、目の前のモンスターは俺のことを『敵』ではなく『餌』だと認識するだろう。
「こいつ、タイラントバジリスクじゃねえか……」
第六危険度タイラントバジリスク。
凶暴、残虐、そのうえ悪食。
周囲に悪臭と毒を撒き散らし、その魔眼には見た者を石化の状態にする能力がある。
その頭頂部には、『暴君』の所以たる禍々しい冠を携えていた。
ギョロリとした無機質な魔眼が俺を睨み付けるが、俺に石化現象は起きない。
六英雄の加護の一つには状態異常に対する強力な耐性がある。
また六英雄の加護に助けられたか。
背後でロボがサーシャを避難させようとしているが、なかなか動く気配が無い。
もしかしたら腰でも抜かしてしまったのかもしれないが、さすがに尻尾を含めるとロボの数倍は体重があるであろうサーシャを抱えては動けないか。
そんな事を思案していると、タイラントバジリスクが口から黄色い液体をロボとサーシャに向かって吐き出した。
鉄をも溶かす強酸性の唾液だ。
「そりゃ当然足手まといが居るほうを狙うよな」
「こちらはお任せを」
再度間に割り込もうとした俺にロボが静止をかける。
その両手には鈍く輝く銀色のガントレットが装着されていた。
「サーシャ様、できるだけ体を丸めて伏せていてください」
「はいっ」
サーシャを背後に庇いながら彼女は前方に拳を打ち込んだ。
タイラントバジリスクが吐き出された唾液は、2人に到達する前に飛散する。
俺のケルベロスフィストと同じように、空間を殴りつけることによって発生させる空気砲か。
第七段階冒険者たる彼女が使用する装備が酸に溶かされるとは思わないが、後ろにいるサーシャの事も考えての事だろう。
これではどちらがサーシャの護衛か分からない。
「ディアボロ様、気になさらずお好きなように動いてくださいませ」
「すまん、助かる」
そう言って俺はタイラントバジリスクの懐に潜り込んだとき、サーシャが叫んだ。
「英雄様!タイラントバジリスクは貴重な素材の宝庫です!なるべく傷はつけないようにお願いしますわ!!」
「無茶を言ってくれるなよ」
下から心臓を抉り取ろうと思っていたが予定変更だ。
確実性は下がるが、一応今の俺の雇い主である彼女の指示にできるだけ従う。
タイラントバジリスクの下に滑り込み、尻尾の下を潜り抜けたところで背後から頭に飛び乗って両手で顎と頭頂部を固定する。
暴れようとするがその前に地面に引きずり倒し、腕に力をこめる。
ゴギン
嫌な手ごたえと音がした後、タイラントバジリスクが痙攣を始めた。
先ほど吐き出した唾液が泡となって鋭い牙の間から零れ落ちる。
完全に動かなくなったのを確認してから二人の元に向かう。
2人とも怪我はなさそうだが、やはりサーシャは腰が抜けていたようで未だに立ち上がれずにいた。
こんな状況でよくタイラントバジリスクの素材がどうこう言えたな。
さすがはヴェリルの娘、悪く言えばがめつい、良く言えば肝が据わっている。
「お怪我はありませんでしたか?サーシャ様」
「ええ、助かりましたわ。ただ、怪我はありませんけど腰が抜けてしまって…」
そう言う彼女は小刻みに震えていた。
恐らく、ロボがいなくても彼女を守りきる事自体はできたと思うが護衛である事を失念して彼女に対する攻撃を予測できなかったのは明確な俺の落ち度だ。
これ、ヴェリルにどう報告されるんだろう。
先ほどの俺の行動は見方によっては護衛の放棄とも捉えられるんじゃなかろうか。
実際あの時俺は、サーシャの安全よりもタイラントバジリスクの討伐を優先していたわけだし。
一難去ったはずなのにもう気が重い。
「あの……」
振り返るとドワーフの少女が立っていた。
声からしてサーシャに逃げるよう呼びかけてくれた人物だろう。
「さっきは助かった。お嬢さんの声がなければサーシャ様は危なかったかもしれない。ありがとう」
「いや、私は、そんな!あのこちらこそ……」
とりあえずしどろもどろしている目の前の少女を観察する。
歳はサーシャと同じくらいだろうか、身長は170cmほど。
短い茶髪でくせ毛、頭にはバンダナのような物を巻いており、タンクトップから伸びる腕からかなり筋肉質である事が伺える。
ただ頬が若干こけており顔色も悪く、目の下に深い隈が浮かんでいた。
「お嬢さんは」
「ラーバッ!!」
俺が話しかけようとしたところで先ほどまで座り込んでいたはずのサーシャが彼女に抱きついた。
「無事でよかったわ!!この村の状況は何!?何で誰もいないの?それにタイラントバジリスクなんて」
「サーシャ、落ち、着いて……」
尻尾も絡めて抱きついた状態のラーバと呼ばれた少女を揺さぶりながらサーシャは次々に質問をぶつける。
彼女自身も冷静ではないのだろうが、まずは安全な場所に移動するのが先だろう。
「サーシャ様、まずはあなたも落ち着いてください。そう矢継ぎ早に質問をぶつけては、ラーバ様も答えられません。まずは安全な場所に移動し、そこで1つずつ事情を聞きましょう」
「そ、そうでしたわ。ごめんなさいラーバ…」
「うん、大丈夫……。こっちも心配かけてごめんね?」
ロボの言葉を聞いてサーシャは慌てて手と尻尾をラーバから離す。
サーシャが少し冷静さを取り戻したところで、俺たちはまだ比較的状態のいい建物の中で事情を聞くことにした。




