42話 ヴェリルの血筋
「英雄様は、このヘルへヴンで魔族の皆様から御自分がどのような感情を向けられているのかご存知なんですよね?」
「勿論」
「魔族の皆様の中に誰か親しい人物、友人や恋人は居ますか?」
「いません」
「この国は好きですか」
「いえ」
聞きたいこと自体は分かるが、その真意が掴めない。
それを聞いて何になる。
「お母様から、英雄様は魔王様から報酬を受け取りその代わりに労働を提供していると聞きました。失礼ですがその報酬内容をお聞きしても?」
「1年につき白金貨1枚です」
「まぁ……」
サーシャはわざとらしく口に手を当てて驚いて見せた。
「ファンタズム最強戦力である六英雄の一人を、たったそれだけの額で?魔王様もなかなか残酷な方ですわ……。通貨の価値も分からない相手と報酬の交渉をするだなんて」
やかましいわ。
知ってて受けたんだよその条件で。
「サーシャ様、あなたは勘違いをされているようです。俺はこの国の通貨の価値を知ったうえでこの条件を飲んでいます」
「……英雄様、あなた騙されていませんか?白金貨一枚なんて、幼少時に私がお母様からいただいていた一か月分のお小遣いと同じ額ですのよ?」
「俺のような一般人と御自分を一緒にされては困ります」
さすがは『ヴェノム商会』代表の一人娘と言ったところか。
白金貨一枚は『お小遣い』なんて可愛い言い方ができる額ではないと思うのだが、そこは金銭感覚の違いなのだろう。
護衛が居るとはいえ今回のような危険な行商に向かわせるあたり、ただ甘やかされて育ったと言う訳では無いのだろうが。
ただ、自分に対して悪感情を抱いている魔族たちを守るために命がけで働いて得られる報酬が、目の前の少女がもらっていた一か月分のお小遣いと同じ額だと聞くと思うところがある。
俺にとっては金<平穏な生活なのだが、金が無くては平穏な生活を送るために必要な物が揃えられない。
『金がこの世の全て』などと言うつもりは無いが、個人的に『金はこの世の殆ど』だとは思う。
どれだけ綺麗事を言っても金が無くては飢えも凌げないし、安心して眠る事すらままならない。
どうしよう、彼女の話を聞いて少し報酬を安くし過ぎたかもしれないという思いが芽生えてきた。
かと言って今更報酬をもっと上げてくれなど当然言えるわけも無い。
ただでさえ向こう側の俺に対する印象は最悪なのだ。
関係の悪化は何としてでも避けたい。
本当に余計な事を言ってくれたなこの蛇娘は。
これ絶対に知らないほうが幸せだった話だろ。
彼女は先ほどまで悪戯気にチロチロさせていた舌をしまい、真面目な顔で口を開いた。
「英雄様、私はあなたが思っているほど世間知らずではありませんわ。確かに私は裕福な家庭で育てられましたが、一般人の金銭感覚を理解していないわけではありませんのよ?そもそも『ヴェノム商会』は確かに富裕層を相手に商売する事も多いですが、主な取引相手はその富裕層よりも圧倒的に数が多い、あなたが言うところの一般人ですわ。その一般人と呼ばれる人々の金銭感覚を理解せずに商品を売り込む事ができるとお思いですか?」
「返す言葉もございません。失礼いたしました」
「その私が言うのだから間違いありません。あなたが支払われる報酬は到底あなた自身の価値と釣り合いが取れていません」
言い切られてしまった。
あのヴェリルの血を引く一人娘がただの世間知らずだとは思っていなかったが、彼女に対する警戒心をさらに上げたほうが良さそうだ。
俺如きとは頭の出来がまるで違う。
単純な知識量という点でもそうだが、何より駆け引きが巧い。
彼女自身の才能とヴェリルの英才教育の賜物か。
「英雄様には夢はありますか?」
「夢?」
唐突な質問だ。
先ほどの話との関連性が見出せない。
「私にはあります。今はまだまだ未熟ですが、これから様々な知識を得て経験を積み、お母様から『ヴェリル商会代表』の座を譲り受けた暁には、私がこの商会をヘルへヴン有数の商会からヘルへヴン一の商会に成長させる事です」
「大きな夢ですね」
「そして第一線を退いたお母様にはゆっくり休んでいただきたいのです。私は生まれてからまだ一度もお母様がリラックスしている様子を見た事がありません。私が知るお母様はいつだって疲れきった表情を浮かべながら書類の山に埋もれています」
「……」
「私はお母様が何の心配事も無く、ただ自分のことだけを考えて過ごせるようにしたいのです」
これが彼女の本音なのであれば素晴らしい孝行娘だ。
ぜひその夢をかなえて欲しいと思う。
だが、俺は素直に彼女が語る夢を信じる事ができずに居た。
『これはこちらを油断させるために、あえて好感度が上がりそうな事を言っているだけではないか?』
すぐにそんな疑問が浮かんできた。
実際この話を馬鹿正直に信じていれば俺の好感度は多少上がっていただろう。
彼女はとても賢い。
その気になれば俺なんぞ簡単に手玉に取ることができるだろう。
だから疑う事を止められない。
見た目十代前半ぐらいの少女に対して、なんとも情けない話だ。
「次はあなたの夢を聞かせてくださいませんか?」
彼女は探るような瞳でこちらを見つめてくる。
俺の、夢……?




