37話 ヴェノム商会
「バランは?」
個室に戻ると、アーネが声をかけてきた。
彼女も結構飲んでいたような気がするが、この様子だともう酔いも冷めているようだ。
「屋上だ」
「何の話を?」
「たいしたことじゃない。こないだの礼を言われた」
「そうか……」
嘘は言っていない。
彼女はまだ何か言いたげではあったが、それ以上追求してくるような事はなかった。
そして何を思ったのか、俺が自分の席に着くと隣に座ってくる。
何で?
「グラスを出せ。酒を注いでやる」
「あぁ、ありがとう」
アーネは追加で頼んだのであろう、ビンに入った酒を俺のグラスに注ぐ。
酔えもしない、味もしない酒などただの水同然だがとりあえずそれを飲み干した。
林檎の香りが鼻腔をくすぐる。
味覚は死んでいても嗅覚は健在のようで不思議な感覚だ。
そんな俺を見てアーネは口角を吊り上げた。
「お前、もしかしてなかなか行ける口か?」
「水みたいな物だ」
「ほう……」
彼女は俺の答えにこれは面白い物を見たといった感じの表情を浮かべる。
比喩などではなく、本当に香りつきの水のようにしか感じないだけなのだが。
「この酒『黄金林檎酒』は、私が懇意にしている『ヴェノム商会』が取り扱っている物だ」
「『ヴェノム商会』?」
「あぁ、この町どころかヘルへヴンでも有数の商会だぞ。この店の大元もその『ヴェノム商会』だ。あそこは飲食関係、装備の販売製造、建設、アイテムや魔道具の販売など手広く商売をしている」
「それで、その『ヴェノム商会』がどうかしたのか?」
彼女には悪いが、俺は別に酒が好きという訳では無い。
なので今飲んだ酒の出所がどこだといった話をされても正直対応に困る。
「基本的に素材の換金は冒険者ギルドで行う。ここまでは知っているな?」
「確かレドから聞いたはずだ」
「なら話は早い。『ヴェノム商会』は素材の売買も行っている」
「冒険者ギルドと『ヴェノム商会』とでは、利用する上で何か違いがあるのか?」
「『ヴェノム商会』に限らず、民間で素材の売買を行っている店はそれほど珍しくは無い。ただ、国が運営する冒険者ギルドとは違い、その質はピンきりだ。当たりを引ければ良いが、はずれを引いた場合は詐欺まがいの店で売買を行う羽目になる」
なるほど。
一定の水準が保証された冒険者ギルドとは違ってギャンブル要素があるというわけか。
「だが『ヴェノム商会』ほどの大規模な商会になると話が変わってくる」
「下手な商売をすればその店だけではなく、大元の『ヴェノム商会』自体の信用問題に関わるからか?」
「そうだ。店は規模が大きくなれば大きくなるほど末端からの小さな綻びにより一気に瓦解する可能性が出てくる。だから商売相手との信頼関係には特に敏感だ」
「……それだけ大きな組織なら末端の不祥事くらい揉み消せるんじゃないか?」
「確かに『ヴェノム商会』ほどの商会ならそれも可能だろう。だが100%確実に揉み消せるとは限らないし、何より代表がそれを決して許さない」
「代表?」
あまり経済には詳しくないので分からないが、代表と言う事はその商会のトップという事だろうか。
「『ヴェノム』商会の創設者にして現代表、ヴェリル。彼女は露天商から一代にしてヘルへヴン有数の商会を立ち上げた商売の天才だ」
「それで?」
まるで漫画の世界のような成り上がりっぷりには多少なりとも感心したが、アーネがその話を俺にした理由が分からない。
もしかして商会に俺のことを紹介してくれるのか?
「あそこの代表とはそれなりに長い付き合いでな。お前、まだ高危険度モンスターの素材とか持ってるか?」
「それなりには」
以前の合同探索で採取した物がそれなりにアイテムボックスの中で眠っている。
『暁の傭兵』に分配してもかなりの量が俺の手元に残った。
「ならそれを手土産に代表に面会する。さすがに前回手に入れたレベルの物では彼女を満足させる事はできないだろうが、手ぶらで向かうよりはよっぽどいい。まずは目に見える形でお前の有用性を彼女に示せ」
「つまり、アーネが俺を『ヴェノム商会』に紹介してくれるって事か?」
「そういうことだ。やっと理解したか」
若干呆れた様子のアーネだが、そもそも何故彼女がこんな話を持ちかけてきたのかが俺にはまだ分からない。
恩でも売るつもりか?
「何のために?」
「……前から思っていた事だが、お前結構めんどくさい奴だな」
「それは自分でも分かっているつもりだ」
「まぁ、いい。合同探索の後、ヴェリルさんと話す機会があってな。その時にしたお前の話に随分と興味を惹かれたらしくてな。耳ざとい彼女は以前から魔王様が召喚したお前の事も調べていたが、私と顔見知りだと聞いて会ってみたくなったそうだ」
会いたがっているのは相手なのにこちらが手土産を用意するのか?と思わず聞きそうになったが、相手はこの国有数の商会の代表だ。
俺みたいな奴とは立場がまるで違うのだ。
「……それに、この機会にお前の印象を良くしておけば何かと今後のためにもなるだろう」
「それは別に良いんだが、先方は人族に悪感情を持っていないのか?」
「いや?人族自体は反吐が出るほど嫌いだって言ってたぞ?」
「……」
やばいじゃん。
これ、のこのこ向かって行ったら殺されるやつじゃん。
「安心しろ。彼女は仕事に私情を持ち込んだりはしない。いくらお前が彼女の嫌うゴミ虫以下の人族でも自分に利があるなら露骨に嫌悪感や憎しみを表に出してきたりはしない」
「何一つ安心できる要素が無いんだが」
断ろう。
俺にとってのメリットがまるで無いし、もし彼女のお眼鏡にかなわなかったら何をされるのか分ったものじゃない。
流石に真正面からぶつかって負けるとは思えないが、相手はこの国の有力者である。
現在、俺の活動拠点がこの国である以上、絡め手で何か手を打たれても厄介だ。
余計な負担は負いたくない。
「明日の朝10時にこの店の前に集合だ。分っていると思うが、絶対に遅れるなよ?もしそんなことしたら紹介する私の信用問題にも関わる」
「……ロボから許可が出ればな」
言い方が卑怯過ぎる。
脅しだろこれ。
流石に今回は俺悪くないだろ。
しっかり断れない自分が情けない。
俺はとにかく、ロボがアーネの申し出を断ってくれる事だけを祈った。




