36話 虚しい宴
「おいディアボロ!ちゃんと聞いてるのか!?」
「聞いてるぞ」
現在俺は普段から血色が良い顔をさらに真っ赤にしたレドにヘッドロックをかけられている。
この店に入ってからもうかなりの時間が経ち、彼女は完全に出来上がっていた。
結論から言うと彼女はめちゃくちゃ酒に弱かった。
最初の乾杯で巨大なジョッキを一気飲みで空にした時は本当に酒に強いんだななどと思っていたのだが、やたらと左右に座るアーネやラビスにボディタッチを始めたあたりから雲行きが怪しくなり始めた。
合同探索の際は気がつかなかったが、あの時は場所が『境界の森』内だったこともあって弱い酒しか飲んでいなかったのかもしれない。
最初は仕方なくといった感じでそれに付き合っていた2人だったがいい加減めんどくさくなってきたようでレドを俺のほうによこしてきた。
可哀想に、そのせいで本日の主役であるはずのバランは既に端へ追いやられてしまった。
ふざけんな、自分のパーティーのリーダーの面倒くらい自分たちで見ろ。
「だからな!私たちは一時的なものとはいえパーティメンバーだったんだ。なら何か行動をする前に一言あってもいいんじゃないかって事!!」
「そうだな」
あの時は緊急事態だったため迷わず行動に出たが、彼女の言いたい事も分かる。
臨時とはいえあの時俺は『暁の傭兵』のいちメンバーであり、あのパーティのリーダーはレドだ。
仮に彼女が俺の単独行動に難色を示していたとしても俺の行動は変わらなかっただろうが、やはり一声かけるぐらいした方が良かったのかもしれない。
「わたしはりーだーなんだぞお?」
「わかったわかった」
だんだん彼女の呂律が本格的に怪しくなってきた。
というか痛い痛い痛い。
さきほどから俺の頭蓋骨が悲鳴を上げている。
こいつ、もしかしてどさくさに紛れて俺のこと殺そうとしてないか?
英雄2人を相手にやっとのことで生き残ったというのに、酒の席で味方(仮)に殺されてしまってはさすがに笑えない。
「はーいそこまでー」
「く、かは……」
レドのうめき声と共に俺の頭を締め付けていた力が緩む。
痛む頭を抑えながら声がしたほうを見ると、レドがラビスに締め落とされていた。
「ごめんねー?レドってお酒好きなんだけどお酒に弱いのー」
「なら飲ませるなよ…」
最悪なパターンじゃねえか。
非難する俺に対してラビスは悪びれもせずケラケラ笑っている。
「しかも酔いつぶれたときの記憶が無いから自分がお酒に弱い事知らないんだよねー」
「えぇ……」
もうドン引きである。
一番酒飲ませちゃ駄目な奴だろこいつ。
「まぁ、1度眠るとなかなか起きないからもう安心していいよー」
そう言い残して、彼女はまた自分の席に戻っていった。
一応助けてもらったので礼を言っておくべきかとも思ったが、そもそもレドをこちらに押し付けてきたのも彼女なのですぐに思い直した。
マッチポンプかよ。
ふと視線を横に移すと、眠りこけているレドの目から光る物が零れ落ちるのが見えた。
「そんなに、あたしは、頼りにならねぇのかよ…」
「……」
彼女の寝言を俺は否定できない。
実際エメラルダとの戦闘に『暁の傭兵』のメンバーも巻き込んでいればほぼ間違いなく彼女らは殺されていただろう。
俺が今回生き残れたのだって、エメラルダの目的が俺の『殺害』ではなく『保護』だったからだ。
前回の戦闘で分かったことがある。
俺にはまだ覚悟が足りない。
相手を殺してでも自分は生き残るという覚悟が。
その点、俺より前にこの世界に召喚されているあちらの六英雄は違う。
彼女の話しぶりからして、自分たちと同じ言語を使う魔族を殺す事に何の躊躇いも感じていない事が嫌でも伝わってきた。
彼女らは殺ろうと思えばいつでも殺れる状態なのだ。
同じ六英雄の俺でさえ荷が重い相手だ。
とはいえ『暁の傭兵』がもっと強かったとしても同じ行動をとったと思う。
彼女らが一緒に来たところで俺の警戒対象が増えるだけだからだ。
あの時俺は、二重の意味で彼女たちを頼る事ができなかった。
自分以外を味方と考えられないのは負担が大きいが仕方ない。
大丈夫だ、俺はまだ頑張れる。
「……おい」
そんな事を考えていたら後ろから声をかけられた。
振り返るとそこには神妙な面持ちのバランが居た。
「何か?」
「……ちょっと表に出ろ」
これは多分蹴り飛ばした件ですね。
まあ殺されないレベルなら殴られようが、蹴られようが、斬りかかられようが甘んじて受け入れよう。
感情とは厄介な物で頭では理解できても感情では納得できない事がよく起こりうる。
バランは決して阿呆ではない。
それは合同探索での彼女の様子を見れば分かる。
なので今回もそのパターンなのだろう。
気は進まないが、俺は先に向かった彼女に続いて個室を出た。
「……ここでいいだろう」
着いていった先は店の屋上であった。どうやらここでも食事が楽しめるらしく、テーブルや椅子が並べられていたが客はおろか給仕すら居ない。
店に入った時はまだ朝方だったのにも関わらず、今空はすっかり闇におおわれている。
随分長いこと飲み食いしていた自覚はあったが、まさか夜になっていたとは。
「……人払いは済ませてある」
「随分準備がいいんだな」
殺る気満々だな。
吹き付ける夜風にバランの髪が揺れた。
その表情は窺い知れない。
「……今回の食事会は私が最初に提案した。とは言っても、皆最初からやるつもりだったみたいだが」
「……」
自分の誕生日祝いの席を自分で提案したのか?
一瞬頭の中が疑問符で溢れそうになったが、この世界特有の文化なのかもしれないと納得する事にした。
とりあえずあの時の報復をされてもいいように準備だけはしておく。
するとバランは突然俺に向かって頭を下げた。
「……私はお前に蹴り飛ばされた時、『やはり裏切ったか』と思ってしまった。私は、ずっとお前のことを疑っていたんだ。魔王様が魔族にとっての切り札として召喚したとはいえ所詮は人族だとッ……」
「……あの時は私を、皆を助けてくれてありがとう」
そこまで言ってバランは顔を上げた。
照明の光に照らされ彼女の顔には苦悶の表情が浮かんでいた。
「……そしてすまない。あれだけのことをしてもらってなお、私はお前のことを完全には信用できない」
「あぁ……」
なんだ、そんなことか。
いまさら何を言っているのか。
俺は別に信じてもらいたくてやった訳では無いし、なんなら彼女を助けたつもりも無い。
今後のことを考えて、自分のために第五段階冒険者である彼女を失わないように動いただけだ。
「それだけか?」
「……本当にすまない、私は」
「謝罪はいらない。全部俺のためにやった事だから気にするな。あと、蹴り飛ばして悪かったな」
俺はそうやって半ば強引に会話を終わらせると彼女の返事を待たずに屋上から離れた。
結局、酒に酔うこともできなければ運ばれてきた豪勢な料理の数々の味も何一つ分からなかった。
とにかく今は、いずれ来るであろうファンタズムの六英雄についての対策を考えなくてはならない。
立ち止まってなどいられない。
この世界は俺に歩調を合わせてくれるほど、優しくはないのだから。




