34話 歪な英雄
ルーナ視点
「やってしまいました……」
自室に戻ってから私、ルーナは頭を抱えていた。
いくら自分が男性恐怖症だからといってあの態度は無いだろう。
自分が検査を任されたのだからその結果は自分が直接本人に伝えると息巻いた結果がこれである。
「仕方ない部分もあったように思われます」
一緒に部屋に入ったロボがコーヒーを淹れてくれた。
彼女に礼を言い、一口飲む。
ほどよい苦味が私に少し冷静さを取り戻させてくれた。
「彼、本当に男性なのですか?」
「……男性器の有無は確認したのでは?」
「そういうことではなくて……」
彼の肉体は間違いなく異常だ。
本来男性は小柄、華奢、中性的な顔というのが常識だが、彼はそのどれにも当てはまらない。
一般的な女性と比べても高めの2mに迫る身長。
オーガ族に匹敵するレベルの鋼のような肉体。
そしておよそ中性的という言葉からはかけ離れた精悍な顔つき。
私が知る男性とはまるで別の生物だ。
「間違いなく男性ですよ。そして同時に一流の戦士でもあります」
「……そのようですね」
彼の肉体からは私を含めた魔王軍幹部と比較してもまるで遜色がないほどの強靭さを感じる。
オーガ族一の戦士である『五本指』のイザベラにこそ及ばないものの、彼が『人族』であり『男性』であることを考えればその異常性には嫌でも気がつく。
さらに彼には六英雄の加護があり、まだ我々には見せていない魔法やスキルも持っていることが予想される。
まさに現在劣勢に立たされているヘルへヴンの救世主に相応しい人物だと言えるだろう。
そう、味方であれば。
「他の『五本指』の様子は聞いていますか?」
「イザベラ様は依然変わりなくディアボロ様を敵視しているようです。エヴァ様は基本不干渉を貫くおつもりだとか。オボロ様は彼に対して非常に興味が湧いたようで、今度二人きりで会ってみたいとおっしゃっていました。フルーレ様の情報はまだ……」
「それだけ分かれば十分ですよ」
彼女は確か今ディアボロさんの監視役を務めており、彼の傍から離れられない状態だったはずだが一体どのようにしてそれらの情報を集めたのだろうか?
さすがは魔王様の懐刀、『孤狼王』ロボといったところだろうか。
それにしても……。
「イザベラとオボロには注意が必要ですね」
「やはりそう思われますか……」
イザベラが魔族の中でも特に人族嫌いが激しい事は誰もが知っている。
彼女の姉、ローズについても非常に残念ではあったが、彼にその憎しみを向けるのは話が違うだろう。
彼女のような立場のある魔族がそのような態度を取っていれば、その下に居る他の魔族たちもそれに同調するだろう。
それが原因で彼が我々魔族を見限るようなことになれば、その責任を彼女はどのようにして取るつもりなのか。
協力を要請しているのはこちら側だというのに、こちら側の彼に対する誠意がまるで見えてこない。
よもや報酬を払っているのだからこちらがどのような態度をとろうと、相手が協力するのは当たり前だと思っているのではないだろうか……。
彼女ならありそうだ。
オボロはイザベラとは別の意味で危険だ。
彼女は何かに興味を示すこと事態が非常に稀なのだが、その反面1度興味を持った物には異常なほどの執着心を見せる。
その時点で既に嫌な予感しかしない。
更に彼女は人族全体を下等種族として見下している節がある。
竜族の頂点に君臨する『竜王』オボロ。
奇人ではあるが決して悪辣な人物という訳では無い。
ただ何の悪意も無くとんでもないことをしでかすので危険人物という事には変わりないが…。
とにかく彼をオボロと二人きりにするのは何としても避けたい。
「ロボ、頼みがあるのですが……」
「オボロ様とディアボロ様が接触する事が無いように尽力いたします」
本当に彼女は察しが良い。
以前ワーウルフはその特性上相手の考えや思考を読む事に長けていると聞いたが、ここまでくればもはや魔法や魔道具、スキルの次元である。
とりあえず彼のことは彼女に任せておけば悪いようにはならないはずだ。
「それではそろそろ本題に入りましょうか」
「彼の体について、ですか?」
「そうです。既に検査の結果自体はお話しましたね?」
「はい」
「その結果から見るに肉体的なダメージという点では大きな問題はありませんが、精神的にはかなり危険な状態だと考えられます」
「……続けてください」
「彼の目の下にある濃い隈は見ましたね?この世界に召喚されてから、彼は毎日欠かさず睡眠はとっていましたか?」
「いえ、何度か眠るように説得してはみたのですが……。恐らくは我々を警戒するあまり眠れない状態が続いているのだと考えられます。今回の件で初めて彼が眠っているところを見ました」
「でしょうね。この魔王城は、いえヘルへヴンは現時点で彼にとって心休める場所ではありませんからね。誰も彼もが自分に身に覚えのない憎しみや怒りの感情を持っているとなれば当然でしょう。更に彼は恐らくあなたが監視役である事にも気がついている、と?」
「……はい」
「先ほども言いましたが彼に肉体的な問題はありません。睡眠もとらず、尋常ではないストレスを抱えているにもかかわらず。これは恐らく六英雄の加護による物なのでしょう。この加護が彼の身体的異常を強制的に取り除いている。しかし内面は彼の精神面は既に常人の限界を超えています」
「そこまでの状態だとは、常に傍にいながら気がつけませんでした……」
「ワーウルフのあなたが気がつけないなら他の誰にも気づけませんよ。彼は必死に弱みを見せまいとしているのでしょう。彼からすれば我々魔族は協力者であっても決して味方ではないでしょうから」
まだ何も解決はしていないが、彼が今どれだけ追い詰められた状態なのか知る事ができただけでも大きな一歩だろう。
彼に使った聴診器型の魔道具、これは対象の精神状態を知るために使用する物だがその効果は決して高い物ではない。
悲しみを抱えた人からは啜り泣きが、怒りを抱いてる人からは怒号が、幸せな人からは笑い声が、といった心の声が聞こえてくるのだがその声量は非常に小さく、扱い慣れた者でなければその声を拾う事すらできない。
私は暗殺部隊として拷問などの技術を身に付ける際にこの魔道具をよく使用していた。
相手の精神状態に探りを入れ、対象を徹底的に追い詰めるためだ。
彼から聞こえたのは悲鳴だった。
必死に堪えながらも漏れ出るような、聞いた者の心を掻き毟るような悲鳴。
とても小さな悲鳴のはずなのに頭の中に響き渡るような悲鳴。
私はとても耐えることができず、すぐに魔道具を外してしまった。
このままでは彼は誰にも気づかれないままどんどん追い詰められていき、やがていつか何の前触れも無く壊れてしまう。
そうなってしまってはもう取り返しがつかない。
「少しずつ、彼の信頼を得ていきましょう。今のままでは、彼は誰にも心中を吐露する事ができません」
「そう、ですね……」
何とかしなくては。
手遅れになる前に。




